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悠々と歩み寄って来る魔王とアヌギス、こちらも気迫だけは負けていない……つもりだ。
状況は二対二、この対戦カードなら牌谷さんの言うように魔王は俺が惹き付けた方がいいのは確かだ。
回避での翻弄はノクスとの戦いを経験して、以前よりは確かな技術が身に付いた。人型が相手なら、アヌギスのような異形を相手取るより余程上手く立ち回れる自信はある。
牌谷さんと目配せをして、お互い目当ての相手と一対一になるように散開する。
「タイマンが希望か。やれやれ乗ってやるとするか」
魔王はこちらの意思を汲み取ると、こちらの方へと身体を向け近づいてくる。
俺が時間を稼ぎ、その間に強化牌谷さんがアヌギスを撃破。残った魔王を二対一でフルボッコ。
これが理想の流れだけど作戦としては実に心許ない……。希望的観測が多すぎて勝ち筋があまりに不明瞭だ。
それに魔王があとどれくらい手札を持っているのかも大きな懸念材料だし。
逡巡している間に、あと数歩で魔王の間合いに入る距離まで近づいていた。
ハッとして鉈を抜く。
構えは逆手だ、こっちのほうが突き刺す時に力が入るし防御もしやすい。
その分リーチは短くなるけど互いの獲物の長さは元々比べるまでもない、こっちの利点を押し付けるなら小回りの利かなそうなあの大段平の懐に入り込む接近戦が理想的だ。
そんな訳で素人考えではあるけど持ち方はこれで良いはず。
「小僧、やるか」
「そうっすね」
いざ、開戦。の前にここで小細工をやっておく。挟み撃ちの形になるこの位置取りでやりたかったことが一つあるのだ。
「でもその前に、悪いけど大事なコレクションはお釈迦にさせてもらうっすよ」
『闇の手スキル、“死体処理班”を発動』
「ほう、また別の召喚か。何を呼ぶつもりだ」
黒い亀裂を見た魔王は、何が出てくるのか興味をそそられているらしい。その余裕どこまで保てるかな。
さっきの台詞、聞き逃さなかったぞ。魔王は「身体は死んでいる」そう言っていた。つまりはアヌギスは死体。
動いていようが死体であるならこのスキルが有効なのはグールとの戦いで証明されている。
そしてこれだけ食いでのありそうな巨体。
たっぷりご飯は用意しました。出てきてくれるか巨大ニャンコ……。
相手がグールとは比較にならないから一口で食べてしまうことは不可能かもしれないけど、出てきて一緒に戦ってくれるなら牌谷さんのサポートとしてこれほど心強い存在は他にはいないだろう。
そう考え期待値高めに呼び出してみたけど、出てきたのは大きな舌だけだった。
舌はアヌギス目掛けてもの凄い勢いで伸びていく。
ま、まあこれでも効果は抜群のはず。あのヤバそうなのを闇の魔獣が単体で片付けてくれるのならそれが一番いい。
そう期待したけど、どうやらそれも無理なようだ。
バシン!──と響き渡る耳を劈くような衝撃音。
アヌギスを絡め取ろうとした舌は彼女の強靭な蛇の尾の一撃によって薙ぎ払われ、弾き返されてしまった。
めっちゃ痛そう……。
魔獣の舌は勢いを失くし、シュンとなって黒い亀裂に戻って行く。
「イタイ……」
半泣きの子供のような声で一言だけ残して、亀裂はあっという間に閉じてしまった。
や、やっぱり痛かったんだ……ゴメン……。
「…………………………」
「…………………………」
沈黙の睨み合いの中、今の事象を分析する俺と魔王。だがこの隙を見逃さなかった者が一人。
「ナイス、クロ君」
もちろん牌谷さんだ。
俺の考えとは裏腹に、彼女にとっては今の一瞬でも十分なサポート効果はあったらしい。
何故ならアヌギスに尾の一撃を繰り出させた事により、強固に守っていた人間部分が顕になったからだ。
牌谷さんは力比べでみせたあの強烈な踏み込みで、アヌギスが防御体制に戻るよりも速くその距離を一瞬で詰める。
そして地を這うような低い姿勢から車に構えた大刀を振り上げ、凄まじい切り上げを放つ。
すげぇ、相変わらず現状把握から行動に移るまでの度胸と早さが異常過ぎる。
もはや戦士っていうか戦闘民族だ。
「やるなぁ、あの小娘」
向こうの二人を目の端で追っていた魔王も、これには感嘆するしかないらしい。
しかし、反面その余裕ぶりはアヌギスへの揺るぎない信頼を感じさせてくる。
でもそんな俺の僅かな憂慮を吹き飛ばすように、牌谷さんの一撃はアヌギスの上半身を一閃。腹から胸にかけて決して浅くは無い傷を刻んだ。




