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殆んどの魔族は意識を失い、大講堂の床は倒れた者達で埋め尽くされている。意識がありそうな者もいるが、朦朧としていてとても戦えそうには見えない。
ひとまず作戦は成功だ。
ルサーリアさんならこの場に猛毒を撒き散らす植物も召喚できただろうけど、敢えて眠らせるだけに留めたのは牌谷さんと星澪奏紗がいるからだ。
まあ仮にその問題が無かったとしてもだ、相手がいくら魔族とは言え他人に大量虐殺をお願いする訳にはいかないというのもあった。
その方が合理的であったとしても、殺るなら自分の手で殺るべきだと俺は考える。
さあ、あとは残った大物狩りだ。おっとその前に……。
『エルどうだ?』
『サリーはノクスに乗って城の敷地外に出たんダヨ。こっちはモウ大丈夫サ』
なるほど変身したノクスか。それはちょっと乗ってみたいな、さぞ速かろう。
『了解。すまん、できたらこっちにこれるか?』
『なんだ、やっぱりマダ僕の力が必要なんダナ。解った、戻るだけナラすぐなんダヨ。使い魔召喚をすればイイ』
『おお、なるほど』
そりゃそうか、元々は召喚スキルだもんな。
『“使い魔召喚”を発動』
発動と同時に刻印からエルが飛び出てきた。
「エル!」
「エルちゃん!」
「ホラまた会えたダロ、キヅナちゃん!」
くっ、俺を素通りして牌谷さんに纏わりついてやがる……。
「う……うん、これでいつものパーティーが揃ったな」
「いつものって言っテモ、組んでマダ四十八時間も経ってないんダヨ」
「……て言うかエル、先に牌谷さんのとこに行くなよ。まずは契約者の俺に声を掛けるべきだろ」
「クロとは散々交信シテたダロ」
「ま、まあ…」
エル。こういうところは相変わらずだ。まあこれもある意味可愛くなってきた……ような気がしないでもない。
「隠れるスキルに……スキルを消去するスキル、そして召喚か。なかなか器用な奴だな」
その声に視線を向ければ、魔王は右手に持った獲物の大段平を肩に担ぎこちらへと歩み寄ってくる。
そして数メートル先で立ち止まると、下の惨状に目をやり、呆れた様に肩を竦めながら嘆息をした。
「眠りゴケか、小賢しい。はぁ、まったくだらしない奴らだ。この程度のことで」
魔王は吐き捨てるとその場に屈み、左の掌を床に押し当てた。
「ふん、この場なら毒の効かない奴がいいか。お誂え向きなのがいるな。出てこい」
そして何かのスキルを発動、床に広がる大きな黒い時空の亀裂からして召喚スキルか……。
そこから這い出てきたのは女性だ。
「女性のゾンビ……?」
それが牌谷さんの初見の感想だ。
傷み乱れた長い銀髪、肌は土気色で艶は無く、目はどこか虚ろ。ホラー物に出てくるゾンビほど汚ならしくはないけどその全身からは生気がまるで感じられない。極めつけは井戸から這い出て来る貞○のような挙動だろうな。
だけどただの人型ゾンビじゃない、女性の上半身に続いて出てきたのは蛇の下半身だったからだ。
蛇の部分はうねりを見せている為その長さを正確に計ることはできないけど、長さも太さもアナコンダとかの比ではない。
地球のファンタジーで例えるならエキドナやラミア、メリュジーヌといったところだろうか。
「ゾンビなどと嘆かわしい、下賎なアンデッドとこいつを一緒にするなよ。こいつはお手製のレヴナントだ、身体は死んでいるがまだ多少生前の意識は残っているし身体能力も損なわれてはいない。ちなみにこれはヴェネムの神獣の一匹でな、生きたまま使い魔にしたかったが魔獣使役スキルでも言うことを聞かんから殺して屍霊操術で強制的に使役してやったのよ。今は召喚スキルでいつでも呼び出せるようにした自慢のコレクションだ。可愛がってやってくれ……いや可愛がられるのはお前らか」
自慢気に多弁を弄するのは余程お気に入りだからだろうか、てか何個スキル持ってんだこいつ……。
それにしても、でけぇ……。
ノクスの迫力にも負けてない。同じ神獣だからそりゃそうか……。
いや、人間部分は決して大きくはない。しかし自身を包み、囲むように蜷局を巻いたその姿はちょっとした要塞のような堅牢さだ。
でもスピードはノクスほど速くはない、これなら戦えないこともなさそう……ってそんなわけねぇ、こんなちっちゃい鉈じゃダメージ通らねえわ……。
「コイツは……」
俺の横でエルが呟く。
「知ってるのか?」
「サリーが呪毒湿原の主にナル前の主ダ。名前はたしかアヌギスなんダヨ」
なるほど、要するに先代か。
「なんか弱点とかないのか?」
「コイツの情報は断片的なモノしか集積できてナイからサ。詳しい事は解らナイんダヨ」
ふむふむ。そういやエルのやつ、ノクスの情報も少なかったな。神獣ってのは情報セキュリティ厳しめなのか?
しかし、こいつはどうしたもんかな……。
「こいつはウチが相手するから、クロ君は魔王の方に行って!」
怯む俺の横で声を上げた牌谷さん。
どうやら戦闘準備万端のようだ、既に操血スキルで赤く巨大な太刀を造り出しいる。それは野太刀や大太刀といった大型の刀よりもさらに大きく長い刀だ。
彼女はそれを両手に握るとその場で車に構えた。
うねる柔軟な蛇の身体は打撃や重い攻撃をいなしてしまいそうである。それならば速さ、切れ味、リーチを重視した方が良いと判断した形状だろうか。
確かに大きさ的にもこいつの相手は俺じゃないか。
牌谷さんなら大型の武器を自在に造り出せる上に、それを持った状態でも素早く動ける。
ノクスとの大立ち回りを見た限り、大型モンスターの相手は彼女の領分と言えるかもしれない。
だけど神獣ということはランクで言えばノクスと同格。
「牌谷さん、エルの情報から考えるならコイツはノクスに匹敵する可能性があります……くれぐれも気をつけてください」
「えっ……マジ? まあいいや、クロ君ならまた何か考えてくれるよね! ってゴメンね……いつも丸投げで」
「お互い様です。すみませんけど、念のためもう一回俺の血を飲んどいてください」
そう告げて首筋を差し出す。
最後の紫スキルポーションは今しがた飲み干した。これが彼女を強化する最後のタイミングかも知れないから迷いはない。
牌谷さんもまた、迷うことなく俺の首に牙を立て血を啜る。
「ふん、そう言えば小娘はブラッドイーターの先祖返りだったな。これはなんとも古典的な奴らだ」
魔王は物珍しそうにこちらを観察している。もしかして牙を刺して直飲みって今どきのやり方じゃないんだろうか……。
まあそんなことはどうでもいい。これで俺も牌谷さんも全開で戦える。
よし、やるか。




