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さあ、そろそろ現実逃避はやめて元の思考に戻さないとな……。
「じゃあ、次どうするか考えようかクロ君」
俺の様子に気づいたのか、牌谷さんの声には緊張感が戻り、晴れやかだった表情も硬くなっている。
彼女が星を見て殊更明るく振る舞っていたのは多分、気晴らしや息抜きがしたかっただけなのだろう。
連られた形ではあるが、俺もいい気分転換になった。
帰る方法とか、魔王をどうするとか、他の生存者はいるのかとか、そもそも救助したとしてその後何ができるのだろうとか、考えることは山程あるけど、ずっと張り詰めていたら精神が持たない。
なんていうか、自分で思っているよりも神経が磨り減っていたんだなと、夜空に感動して解れた心が教えてくれたようだった。
「そうですね。ちなみに、闘技場には生き残っている人はいましたか?」
「うーん正確には解らないけど、ウチがメインイベンターでトリだってあいつらが言ってたからね。ウチが知ってる限りならあそこにはもう誰もいなかったよ……」
「トリですか……。もう一つ、ちょっと聞きにくいんですが…………闘技場に白スキルの所持者が何人いたか、もしくは何人死んだか解りますか?」
少し俯いて、後ろめたそうな瞳で牌谷さんは口を開いた。
酷な質問かもしれないけどこの先の計画を立てるためには必要な情報だ。
「はっきり死んだとこは見てないけど、初日に三人が出場して、今日はウチを含めて四人だよ……多分、全員死んでると思う」
つまり牌谷さんを含めて七人か、これは初日に確認した白スキル保持者の人数と同じだ。
と言うことは、もう戦力になりそうな人はこの城の中にはいないか。
いや一人いたな、星澪奏紗。紫スキル保持者だ。
だけどあいつは魔王に近すぎて今のところ仲間に引き入れる策は思い付かないな。
となると第一目標は救助活動か。
しかし、こうなると明日の『贄の夜』最終日は、闘技場での戦いはないのかもしれない。
じゃあなにをするんだろうか、最後の日に何もせず静かに終わるとは考えにくい。
その辺りの情報を集めてみるか……?
「クロ君、動かないでね……!」
「えっ──?」
その言葉と共に牌谷さんの血球が放たれる。
『接触により潜影が解除』
球体から変形した操血の刃が俺の背後で何かを切り裂くと、生ぬるい鮮血が頬と髪を濡らしてくる。
うわっ、ちょっ、なんだ……!?
慌てて後ろを見ればそこにいたのは首のない人型の化物だった。
ひいぃぃぃっ!
どうやら先の彼女の一撃で首を飛ばされたらしい。たけどその割りには出血量は多くない、ゾンビの類いかなにかだろうか。
そしてコイツら、一匹じゃないらしい。設置されている処刑用具の影から何匹も出て来る。
肌は壊死したように黒ずみ、爪は鋭く、牙は鋭利。目は腐り落ちたのか、何もない眼窩には深い闇が見えるのみ。
顔こわっ……。
処刑場の地面に染み付いた怨念や血の臭いに呼び寄せられたのだろうか。
知性があるやつは屍人と呼ばれるらしいけど、コイツらにそれは感じられない。
せいぜい屍鬼や、生ける屍といったところだろうか。まあ牙と爪があるし屍鬼でいいな。
それにしても知性のなさそうな奴らで良かった、魔王の手先や差し金って感じじゃ無さそうだから俺達を狙ったのも偶然か……、そうだといいけど。
しかしコイツらなんで俺達の居場所がわかったんだろう、見えてるのか? いや目は無いから視覚ではない。知能がないから認識阻害もくそもないんだろうか。
それともう一つ、何で俺は気づけなかったのか。こんな、いかにも死臭を撒き散らしてそうな奴らなら強化嗅覚ですぐに気づいたはずだ。
こっちは割りと簡単に答えが出た。
どうも下層の臭気にやられて嗅覚が麻痺しているようだ。
それに牌谷さんとの天体観測で浮かれていたのも要因の一つだと思う。
いやもうそれはいい、戦闘に頭を切り替えろ俺。
「牌谷さん、コイツら潜影が効きません。一旦手を離します」
「わかった、なるべくウチの後ろから離れないでね」
その台詞、できれば俺が言いたかったな……。




