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凄いぞ、また次の魔物も倒してしまった。
彼女は本物だ!
何が本物かって? ごめんなさい言ってみたかっただけです。
「これは驚きだ! 魔王様が推薦されるだけのことはあ──」
「おい魔王! これで九回勝ったよね! あと一回勝ったら約束通り元の世界に帰してもらうから!」
司会者の口上を遮るように大声を張り上げるリングの女闘技者。
なるほど、そういう取り決めをしてるんか。まあコイツらがほんとに約束を守るかどうかは怪しいもんだけどな。
でも、それなら帰る手立てはあるってことかな? いやそれすら嘘かもしれないか……。
疑いの眼を向けつつ聞き入っていると、女闘技者に応える声が一つ。
「もちろんだ! あと一回勝てれば帰らせてやろう! あと一回勝てればな!」
うん、聞き覚えのある声だ。
声の方へ目をやると、一際高い所に設けられた特別席と思われる場所からそいつはリングを見下ろしている。
その顔を見て確信した、魔王とはあのイケオジで間違い無さそうだ。
だがその姿はやはり人間ではない。
二本の角が生え、目は四つ、肌の色も濃い灰色。
それでも面影は残っているし、赤い頭髪とよく通るイケボはそのままだ。
などと考えているうちに、とうとう最後の試合が始まるらしい。
「魔王様のご尊顔、とくと拝んで死んでいけよ異世界人! さあラストの相手は彼女だ! 皆さん御存知、魔王様の寵姫にして最強の右腕、孤独の大魔女ルサーリア!」
司会者の煽り、観客の大歓声、それと共にリングへ入ってきたのはあの人だった。
バルコニーで夜空を見上げていた銀髪の彼女だ。
「サリー、ほどほどに生かして観客を楽しませろよ。それとやり過ぎるな、美女は貴重だ、あんまりぐちゃぐちゃにされると楽しみが減るからな」
「……………………」
魔王が高台から魔女へと言葉を投げ掛けて奥のソファーへと下がっていく。
「ククク、『勝ったら帰す』か……。たかが人間がサリーに勝とうなどと、愚かな娘だ。まあ勝とうが負けようがどのみち元の世界になど帰す訳もないが……」
おっと、聞き捨てならんことをサラッと呟いたな魔王の奴。
強化された聴覚のお陰で、これだけの大歓声の中でも集中すれば離れた所にいる魔王の囁き声すらも余裕で聞き取れる。
サリーってのはルサーリアの愛称だろうか。
それにしても彼女、相変わらず無口だな。
魔王の言葉にすら振り向くだけで、返事を一切しないんだから。
いや、そんなことより問題発覚だな。
魔王の奴、やっぱり最初から約束など守るつもりはないって訳だ。クソ野郎め……。
だが俺の憤りなどお構い無しに、ドーン──と低い音が場内に鳴り響く。
開戦を告げる銅鑼だ。
キャットファイトの火蓋が切って落とされた。
先に仕掛けたのは魔女ルサーリアだった。
魔女が伸ばした手の指先から、光の雫が滴りその足元へと落ちる。
すると彼女を中心に床へ魔方陣が展開された。
魔方陣から涌き出てきたのは紫色のヘドロのような何かだ。
それは蠢く鼠の群れのように、うねりを見せながら外へ外へと広がり、瞬く間にリング全体を浸食してしまった。
彼女が解体屋の言ってた毒スキルを持った魔女なのだろうか。まあ、その情報の通りならあの紫は毒系の何かだろうな。
うわぁ、リングはもはや毒の沼状態だ。
だが闘技者の女性もやはりただ者ではないらしい。
操血スキルで小さな足場をいくつか作って宙へと逃げている。
そこから血のファンネ○を駆使した多彩な反撃。
しかしその全ては床から飛び上がった毒ヘドロの球体が迎撃、ことごとく阻止される。
「クソッ! こんなんじゃダメみたいね……」
まばらな攻撃では埒が明かないと、業を煮やした女闘技者は無数の血球を魔女の周囲に配置。
彼女の合図でそれら全ては鋭い棘となって全方位から一斉に魔女へと襲いかかる。
技名を付けるなら『どこでも鋼鉄の処女』といったところか。
しかしその攻撃すらもどうやら魔女には届かなかったようだ。
足元から飛び上がった毒ヘドロの薄い幕が魔女を囲いながら血の棘を溶解し、彼女を守っている。
さっきから見て解る通り、魔女の方も毒ヘドロを精密自在に操れるらしい。
くそっ、ならもう勝負は決まっているようなものかもしれないぞ。
今の事象で解る通り操血より毒ヘドロの方が強い。その優劣が決まった時点で、どっちが強いかなんて明らかだ。
女闘技者に余程の奥の手があれば話は別だけど……。
嫌な予想の通り彼女の攻撃は魔女に全く通用しない。一通り相手の手の内を晒させた魔女はそろそろかと言った仕草で、床の毒沼を細かい粒子に変え紫の霧を造りだし、それを空中へと散布し始めた。
「がっ! げほっげほっ!」
毒の粒子を吸い込んだ女闘技者は咳と共に吐血。
操血の足場も溶解されそのまま毒の沼へと落下した。
あとは見るも無惨だった。
「あぁぁぁぁ! 痛い! 痛い! きゃああああぁぁぁぁ! ……た、助け……て……」
毒に浸食された彼女の身体は次第に皮膚が腐り爛れ、美しかった肢体が見る影を無くすと、暫くもがき苦しんだ後に、絶命した。
「まったくサリーめ、やり過ぎるなと言ったのに……。おい、あれはもういらんから他のと同じように処理施設に捨てとけ」
「はっ、かしこまりました」
魔王は額に手を当てわざとらしく残念そうに振る舞ってはいるが顔はニヤついている。
異世界人の生死など些末な事なんだろう。
だがこっちの気分は最悪だ。
強化された視覚によって鮮明に捉えてしまった女闘技者の死に様は、吐き気を催すには十分過ぎる残酷さだった。
それでも口の中に逆流してきた胃の内容物は、なんとか堪えて飲み込んだ。
こんなところで魔族達に見つかる訳にはいかない────────。
『救世の翼スキル、“未来視”を停止』




