7話
地下鉄の階段を上がったとき、ふいに目を細めた。
地上の光が、思ったよりも眩しかった。ビルのガラスに反射した陽射しが、真一の頬をかすめた。思わず立ち止まり、空を見上げた。雲の切れ間から、白い光が差し込んでいた。
それだけのことだった。けれど、胸の奥が、少しだけ温かくなった。
建物を出るとき、ガラス扉に映る自分の姿が、光に縁取られていた。朝、カーテンを開けたとき、部屋の床に落ちる光の角度が、少し変わっていた。季節が、静かに進んでいた。
光は、まだそこにあった。
ある夜、真一は、スマホのアルバムを開いた。削除せずに残していた写真がいくつかあった。滑り台の影、スケートボードの軌跡、誰もいないベンチに差し込む光。どれも、うまく撮れたとは言えなかった。だが、そこには確かに、自分の目があった。
リビングにいたゆかりが、ふと声をかけてきた。
「それ、撮ったやつ?」
「うん。前に撮ったやつ。……見てみる?」
タブレットに転送して、いくつかの写真をスライドショーにした。画面に映る光が、部屋の照明と重なって揺れた。
「……なんか、きれいだね」
ゆかりがぽつりと言った。陽斗も、少しだけ顔を上げた。
「これ、スマホで撮ったの?」
「うん。でも、そろそろ限界かも。ちゃんとしたカメラがあれば、もっと……」
言いかけて、口をつぐんだ。押しつけがましく聞こえたかもしれない。だが、ゆかりはしばらく黙ったあと、言った。
「……買えば?ちゃんと使うなら」
真一は、驚いて顔を上げた。
「ほんとに?」
「うん。なんか、前より楽しそうだし。……変わったよね、最近」
変わったのかもしれない。何かを失って、何かを見つけた。それが何かは、まだ言葉にならなかったが。
数日後、真一はカメラを手に入れた。中古のミラーレス一眼。手にした瞬間、重さが心地よかった。スマホとは違う、確かな存在感があった。
休日の朝、駒沢公園を歩いた。光は、変わらずそこにあった。だが、見え方が違っていた。レンズを通すと、影の輪郭が際立ち、風の流れまで写りそうな気がした。
撮るたびに、何かが削ぎ落とされていくようだった。余計な言葉、過剰な期待、届かない思い──それらが、シャッターの音とともに消えていった。
写真は、少しずつ研ぎ澄まされていった。構図も、光の捉え方も、以前とは違っていた。誰かに見せるためではなく、自分の中に残すために撮っていた。
ある日、区のフォトコンテストに応募してみた。テーマは「日常の光」。選んだのは、朝のカーテン越しに差し込む光を撮った一枚だった。何の変哲もない写真だったが、自分にとっては特別だった。
数週間後、通知が届いた。
「佳作に選ばれました。おめでとうございます」
真一は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。嬉しさよりも、静かな実感があった。あの光が、誰かに届いたのだと思うと、それだけで十分だった。
その夜、カメラを手に、再び駒沢公園を歩いた。光は、変わらずそこにあった。だが、もうそれを追いかけるだけではなかった。
これからは、自分の足で、光を探しに行こうと思った。




