村人の感謝と複雑な心境
森から戻ってきた瞬間だった。
村人たちが一斉に駆け寄り、拍手と歓声が彩花たちを包み込む。
「おお、あの魔獣を倒してくださったのか!」
「村が救われたぞ!」
……そこまでは、いい。
だが次に飛び出してきた言葉に、彩花は思わず固まった。
「なんという上腕二頭筋の隆起! 村を守ってくださった!」
「広背筋が光り輝いていたぞ!」
「彼女の僧帽筋に神の御加護あれ!」
彩花「……え、ちょ、ちょっと待って!? 今の褒めポイントそこ!??」
頬を赤らめながら必死に否定するが、村人たちは本気で目を輝かせている。
子どもまで駆け寄ってきて「お姉ちゃんの筋肉、すごーい!」と触ろうとする始末。
彩花「いやいやいやいや! 女子高生に“筋肉すごい”って言うシチュエーション、普通ないからぁぁぁ!!!」
だが村人たちはさらに熱狂し、彩花の背中の筋肉談義を始める。
バルドは誇らしげに腕を組み、
「見たか! これぞ筋肉の勝利だ!」と満足げ。
セラは目を閉じて祈りを捧げ、
「神はその僧帽筋を通じて人を救ったのです……」と神妙に語る。
――そして彩花は思った。
(なんで……なんでこの世界、私を“女子”じゃなくて“筋肉”としてしか見てくれないのよぉぉぉ!!)
村人たちの歓声の中で、彩花はひとり取り残されたような気分だった。
「いやいやいや! 私、ただの女子高生だから! 放課後にコンビニでスイーツ買って帰るのが楽しみだっただけの、普通の女子だからぁぁ!!」
心の中で必死に叫ぶ。けれど、その声は誰にも届かない。
バルドは「英雄の筋肉だ」と断言し、セラは「神の奇跡」だと信じ込み、ジャックでさえ「すげぇパワーだな」と感嘆している。
――誰も、“普通の彩花”を見てくれない。
彩花の視線は自然と地面へと落ちる。
歓声は嬉しいはずなのに、胸の奥に広がるのは、どうしようもない孤独感だった。
(なんで……? 私はただ、甘いもの食べたいって言ったり、普通に暮らしたいだけなのに。どうして“筋肉戦士”っていう役割しか与えられないの……?)
拳を見つめれば、そこにあるのは女子高生の細い手じゃなく、魔物を吹き飛ばした規格外の筋力。
自分でも信じられない現実が、重く肩にのしかかる。
「……私、ほんとにこの世界で生きていけるのかな」
小さくこぼしたそのつぶやきは、村人たちの歓声にかき消されていった。
「彩花、お前はすでに村の英雄だ!」
豪快に笑うバルドの声は、周囲の歓声に負けないほど力強かった。大きな手で彩花の肩を叩くと、骨が軋むほどの衝撃が走る。
「ぐえっ……! だから英雄とかじゃなくて女子高生だからぁ……!」
彩花の抗議など、聞く耳持たぬとばかりにバルドは満足げに頷く。
続いてセラが胸の前で両手を合わせ、真剣な眼差しを向けてきた。
「神はその筋肉を通じて人を救ったのです。まさに奇跡……あなたは選ばれし存在なのかもしれません」
「選ばれてない! 選ばれてないから! 私が選んでほしいのはスイーツ食べ放題のカフェだから!」
絶叫する彩花の背中で、ひそひそと声がした。
「……まあ、みんな筋肉しか見えてないからな」
振り返ると、ジャックが気まずそうに肩をすくめていた。
その一言が、不思議と彩花の胸を少し軽くする。
「……ジャック……。あんた、わかってくれるの……?」
「いや、オレも甘いもん食いたいってだけなんだけどな」
「仲間いたぁぁぁ!!!」
村の広場に、彩花の情けない叫びが響き渡った。
「違うの……!」
広場のど真ん中で、村人たちが上腕二頭筋だの広背筋だのと絶賛しているのを聞きながら、彩花は心の中で必死に叫んでいた。
「私は2年B組の、ただの甘党女子高生なの! 筋肉といえば体育の持久走でビリ確定だった、あの私なのに!」
しかし――村人たちは、もう彼女を“普通の女子”とは見ていない。
誰もが「筋肉の化身」として、憧れと畏怖を込めた視線を注いでくる。
(……この世界では、“筋肉”でしか見てもらえないのか)
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
甘いスイーツを頬張って「幸せ〜!」と笑っていた、あの日常が遠く感じられた。
(……この世界で生きるには、筋肉の称賛を受け入れるしかないのかな)
ほんの一瞬。
筋肉社会に適応しなければ――という考えが、彼女の中に芽生えた。
だが同時に、女子高生としての“自分”を手放したくない気持ちも強く残っている。
「うう……私、どうしたらいいの……? 筋肉の道か、スイーツの道か……どっちかなんて選べないよぉ……!」
彩花の葛藤は、誰にも届かないまま夜空に消えていった。
「お姉ちゃーん!」
村の広場で歓声に包まれていた彩花のもとに、小さな子供が駆け寄ってきた。
無邪気な瞳をキラキラさせながら、彼女の腹部にぺたりと手を当てる。
「すごい腹筋だね! カッチカチだぁ!」
「ぎゃああああああ!!!」
彩花は顔を真っ赤にして飛び退いた。
「や、やめて! 女子高生のお腹にそんな触り方しないでぇぇぇ!!!」
だが、周囲の村人たちは一斉に感嘆の声を上げる。
「恥ずかしがるとは……なんという謙虚な筋肉!」
「まさに筋肉聖女! 控えめさも神の御心だ!」
「いやいやいやいや! なんで“羞恥心”が筋肉の美徳扱いされてんのよおおお!!!」
彩花の心の中の絶叫は、またしても草原の風にかき消されていった。




