筋肉魔法の習得
セラの提案 ― 筋肉魔法の真実
「彩花さん」
夕暮れの森の中、セラが真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「え、なに?また筋肉のありがたみ講座?」
「いえ……そろそろ、あなたも“筋肉魔法”を学ぶべきです」
その一言に、彩花の胸が少しだけ高鳴った。
(き、来た!ついに異世界ファンタジーでよくあるアレ! 魔法習得イベント!)
「魔法って……ほら、呪文とか詠唱して、火の玉ドーン!とかでしょ? ちょっとカッコイイかも!」
目を輝かせる彩花に、セラは深くうなずき――そして恐ろしく真剣な顔で言い放った。
「詠唱はこうです。――『筋肉を収縮させろ! うおおおぉぉ!』」
森にセラの雄叫びがこだまする。鳥たちがバサバサと飛び立つ。
……沈黙。
「…………え?」
彩花は硬直した。
「いやいやいやいや!それ絶対ヤバいやつじゃん!?
ぜんっぜん“呪文”じゃない! ただの雄叫びじゃん!!」
セラはむしろ神聖な顔で頷いていた。
「声に魂を込め、筋肉を収縮させる――それこそが真の魔法なのです」
「……私、異世界で羞恥プレイ強制されてるぅぅぅ!!」
森の奥、誰もいない広場。
セラが腕を組み、真剣な顔で見守る。
「さあ、彩花さん。心を込めて叫んでください」
「えぇぇぇ……やっぱやるの……?」
彩花は顔を真っ赤にしながら、胸いっぱいに息を吸い込む。
「……筋肉を収縮させろ! うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
その瞬間、全身の筋肉がギシギシと唸り、空気が振動する。
次の刹那――
ドォン!!!
彩花の拳の前で地面が爆ぜ、猛烈な熱波が火球となって木々を薙ぎ払った。
「ぎゃああああああ!!? なにこれぇぇぇ!!?」
炎に照らされ、彩花は目を白黒させる。
「……火の玉が……出た?」
セラは神妙に頷き、両手を合わせて祈るように言った。
「ええ。筋肉の摩擦熱が臨界に達し、火炎を生じさせたのです。これが筋肉魔法……」
「いやいやいや! 理科の実験でマッチ擦るみたいなノリじゃん!?
まさか異世界で“人体発火装置”にされるとは思わなかったんですけどぉぉぉ!!」
セラが厳かに頷いた。
「では次に、“ヒール”を試しましょう」
その場に座っていたジャックが、ちょうど枝に引っかけてできた擦り傷を見せる。
「俺、実験台かよ……まあいいけど」
彩花は手をかざし、深呼吸して――叫ぶ。
「筋肉を……分け与えろ! うおおぉぉぉ!!」
ドクンッ、と全身の筋肉が震え、温かな力がジャックへと流れ込んでいく。
次の瞬間、彼の擦り傷がスッと消えた。
「おお……! 痛みが消えた……!」
ジャックが驚きの声をあげる。
だが――彩花はそれどころではなかった。
ジャックの腕に、一瞬だけ彼女そっくりの筋肉の線が浮かび上がったのだ。
「ちょ、ちょっと待って!? これって……私の筋肉のありがたみをシェアしてるだけじゃん!?!?」
彩花は慌てて自分の二の腕を触る。
「え、なに!? 私の筋肉、ポイントカードみたいに分配されてんの!?
やだそんなシステム!! 誰がマッスルPayなのよぉぉぉ!!!」
セラは神妙な面持ちで祈りを捧げる。
「……筋肉とは分かち合うもの。素晴らしい奇跡です」
「奇跡じゃなくて資産流出だってばぁぁぁ!!」
炎のような練習を終えた彩花に、仲間たちは口々に反応を示した。
バルドは感動で瞳を輝かせ、両腕を組みしめる。
「見事だ! 筋肉を仲間に与えるとは……まさに英雄の器!!」
セラは両手を胸の前で組み、神妙な表情で頷いた。
「ええ……これは正しく神の奇跡を体現しているのです。
筋肉を分かち合うことで、人は神と繋がるのです」
彩花はその場で頭を抱えて叫んだ。
「いやだそんなシェアの仕方ぁぁ!!!」
必死に手を振り回しながら、顔を真っ赤にする。
「プロテインなら分けるけど! 筋肉は貸し出したくないのぉぉ!!!」
だが、バルドとセラはむしろ満足げに微笑むばかり。
ジャックだけが小声で呟いた。
「……まあ、筋肉ポイント制ってのはちょっと笑えるけどな」
彩花は涙目で絶叫した。
「笑いごとじゃないからぁぁぁぁ!!!」
魔法を習得したその夜、焚き火を囲みながら彩花はぐったりと座り込んでいた。
「……はぁぁぁ……」
バルドは満面の笑みで彼女を見つめ、親指を突き上げる。
「よくやったな! 彩花、お前は筋肉の未来を担う存在だ!」
セラも神妙に頷く。
「ええ……あなたの雄叫びに、神の御力を感じました」
彩花は両手で顔を覆い、椅子から転げ落ちそうになった。
「いやいやいや!! え、これ人前で毎回『うおおおぉぉ!』って叫ぶの!?
羞恥プレイにも程があるでしょ!?!?」
心の中では必死に抵抗していた。
(魔法ってもっとこう……“ファイア!”とか“ヒール!”とか、
スタイリッシュに言うもんでしょ!? なんで全力絶叫型なのぉぉ!?)
だが仲間の視線は希望と信頼に満ちていた。
バルドの厚い手が肩に置かれる。
「彩花、お前は必ず英雄になる」
セラは祈るように呟く。
「神が選んだ方……」
彩花は青ざめながら、空を仰いで叫んだ。
「後戻りできないじゃんこれぇぇぇぇ!!!」




