筋肉の申し子が現れた
村の中央広場。集まった人々の前に立つ村長は、筋肉でピチピチに張り裂けそうな法衣をまとい、真剣な面持ちで告げた。
「最近、森に“プロテインベア”が現れて畑を荒らしておる。
筋肉の栄養源である鶏胸肉畑が危険なんじゃ……!」
その言葉に村人たちは一斉にざわめく。
「鶏胸肉が……!?」「あれがなくなったら、明日からのトレーニングに支障が……!」
「神よ、どうか我らの筋肉をお守りください!」
バルドは一歩前に出ると、胸を張って拳を握りしめた。
「よし、これは我らの筋肉で解決する!」
その熱い眼差しに、セラがうやうやしくダンベルを掲げ祈りを捧げる。
「筋肉に仇なす者は、神の敵……我らの腕で討ち払うべきです」
周囲は拍手と歓声に包まれた。
――が、その中で一人だけ冷めきった目をしている女子高生(中身)がいた。
(いやいやいや……普通に“熊退治”でいいじゃん! なんで筋肉のためって限定するのよ!? 鶏胸肉ってただの食材でしょ!?)
彩花は頭を抱えた。
だが、仲間のやる気は筋肉マックス。
こうして、彼女の 異世界初任務=プロテインベア退治 が幕を開けるのだった。
木漏れ日が差し込む森の中。
鳥のさえずりが響き、木々のざわめきが不穏な空気を漂わせていた。
――まさにRPGなら、敵が出てくるフラグの立ちまくりポイント。
彩花はゴクリと唾を飲み込む。
(うわ……絶対なんか出るやつじゃん。ホラーゲームならここで「うぎゃー!」だし、RPGなら「戦闘開始!」って出るやつ……!)
しかし、彼女の仲間は違った。
緊張感を漂わせるどころか、平然と雑談を始めるのである。
バルドは堂々とした声で語った。
「俺はな、大胸筋をどう鍛えるかで人生を決めてきた。
フラットベンチか、インクラインか……それが最大の選択だ」
セラはダンベルを握りしめながら、恍惚とした顔で言葉を重ねる。
「筋肉とは神の御業……。収縮と弛緩、そのリズムにこそ神意が宿るのです……」
その横で、ジャックが木陰を歩きながら、ぽそりと呟いた。
「……オレ、ちょっと甘い物食べたい」
「いやいやいやいやぁぁぁぁ!!」
彩花は両手を振り回しながら叫んだ。
「森入ってすぐ雑談する!? ここ、RPG的に“敵出るとこ”でしょ!? なんで筋肉論とスイーツ欲で和やかモード入ってんのよぉぉぉ!!」
しかし誰も気にしない。
バルドとセラはさらに筋肉談義を続け、ジャックは「シュークリーム……」と夢見るように呟く。
彩花のツッコミだけが、森の奥へと虚しく響いていった。
その時だった。
森の奥から、地鳴りのような振動が伝わってきた。
木々がざわめき、小鳥たちが一斉に飛び立つ。
ドシン……ドシン……!
現れたのは――背丈三メートルの巨体。
黄金色の毛並みが陽光を反射して眩しく輝き、その背にはまるで刺青のように「巨大なバーベル模様」が浮かび上がっている。
バルドが目を細め、低く呟いた。
「……出たな、プロテインベア」
熊が咆哮する。
「グオオオォォォォッ!!」
その声と共に、森の中に奇妙な匂いが立ち込めた。
それは……タンパク質特有の、粉末プロテインをシェイカーで開けた時のような香り。
彩花は目をむいた。
「はぁ!? なんで熊からプロテインの匂いがするのよぉ!!」
ジャックが鼻をひくつかせて小声で呟く。
「……チョコ味だな」
セラは真剣な表情でダンベルを掲げる。
「なんという神聖な香り……これは試練です!」
「試練じゃなくてツッコミどころだってばぁぁぁ!!」
彩花の絶叫が森に響き渡る。
黄金の毛並みを逆立て、プロテインベアが唸り声をあげる。
「グオオオォォォ!!」
その咆哮に応じるように、バルドが拳を突き上げた。
「筋肉を信じろ! 筋肉こそ我らの武器だ!」
その全身の大胸筋が震えるたび、鎧がギシギシと鳴る。
セラも負けじと前へ進み出て、銀のダンベルを高く掲げた。
「神よ! この僧帽筋に、どうか加護をお与えください!」
光がダンベルに宿り、まるで神殿そのものがここに降臨したかのような荘厳さが漂う。
一方、ジャックは木陰に素早く滑り込み、短剣を構えた。
「オレだって……ちょっとは役に立つからな!」
その動きは軽快だが、どこか必死に自分の存在価値を証明しようとしているように見える。
そして――彩花。
「えっ、えっ、どうすればいいの!? ちょ、ちょっと待って!?
体育の50m走でもいつもビリだった私が! 熊と殴り合うとか無理でしょぉぉ!!」
額に冷や汗を浮かべ、慌てふためく彼女の腕は、しかし金属鎧の下であり得ないほど膨張していた。
一歩踏み出すたびに、地面がビリビリと震える。
「……いや、なにこれ、私ほんとに動いたら地震になるんだけど!?!?」
その叫びに、熊も仲間も一瞬フリーズするのだった。
「グオオオォォッ!!」
プロテインベアが牙を剥き、巨木をなぎ倒しながら突進してきた。
黄金の毛並みが稲光のように輝き、その咆哮はまさに大地を震わせる。
「ひぃぃっ!? ちょ、ちょっと待って! 来るなぁぁぁっ!!」
思わず彩花は、反射的に拳を突き出していた。
――次の瞬間。
ドォォォォォンッ!!!!
耳をつんざく轟音が森に響き渡り、光景が一変する。
彩花の拳から放たれた衝撃が、前方の木々を根こそぎ吹き飛ばし、地面をえぐり取って巨大なクレーターを生み出した。
その中心で、プロテインベアは空高く舞い上がり――点になって消えていった。
静寂。
風さえ止まり、仲間たちも声を失っている。
彩花は呆然と自分の拳を見つめた。
「ちょ……え……なにこれ……私、やりすぎじゃない!?!? え、熊退治ってレベルじゃなく森ごと更地にしちゃったんだけどぉぉ!!」
仲間たちはぽかんと口を開け、やがて――
バルド「……すごい。あれが、真の筋肉か」
セラ「これは神の御業……!」
ジャック「や、やっぱり普通じゃないな……」
だが、当の本人は頭を抱えて絶叫するのだった。
轟音を聞きつけ、村人たちが次々と駆けつけてきた。
巨大なクレーターを目にした瞬間、その場はどよめきに包まれる。
「な、なんという上腕二頭筋の爆発力だ……!」
「見ろ、あの広背筋! まさに神が編み上げた奇跡!」
「筋肉の申し子が現れたぞぉぉぉ!!」
村人たちの目は、恐怖ではなく純粋な崇拝の色で輝いていた。
バルドは誇らしげに腕を組み、胸を張って叫ぶ。
「見たか! これぞ筋肉の勝利だ!」
セラは胸に手を当て、真剣なまなざしで頷く。
「……神は、彼女を選んだのだ。筋肉を通じて、世界を救う存在として」
彩花は、両手をぶんぶん振って必死に否定する。
「ちょっと待って! 褒めるとこそこじゃないからぁぁぁ!!
私、昨日までただの女子高生だったんだからぁぁぁぁ!!!」
だが村人たちは耳を貸さず、さらに歓声を上げるのだった。




