筋肉の流儀に従うしかない
「はぁ……はぁ……歩くだけで地響きするんですけど……」
泣きそうになりながら草原を進む彩花。
だがその先に――木造の家々が並ぶ小さな村が見えてきた。
「……あ、あれは……人間!? 人がいる……!」
ようやく人里にたどり着いた安堵で、胸がいっぱいになる。
「これで助かるかも……!」と希望を抱きながら、足早に村の入口へと向かった。
しかし――。
「…………え?」
近づいてきた村人の姿を見て、彩花は言葉を失った。
若者も、老人も、女性ですらも……全員マッチョ。
腕は丸太のように太く、胸板は鎧を突き破りそうなほど盛り上がっている。
「ちょ、ちょっと待って……おばあちゃんまで腹筋割れてるんだけど!?
なにこの村、フィットネス大会でも開催中!?」
普通の人間社会を期待したはずが、目の前に広がるのは筋肉が支配する異様な光景だった。
村の入口に立ちすくむ彩花に、にこやかに近づいてくる村人が一人。
日焼けした肌に光る汗、分厚い胸板、そして爽やかな笑顔。
「筋肉、調子どう?」
「…………は?」
耳を疑う彩花。
今、この人、普通に挨拶みたいなノリで「筋肉」って言ったよね!?
「え、え、今……“筋肉”って……挨拶した?
“おはよう”とか“こんにちは”じゃなくて……筋肉!? なにその生活密着ワード!!」
パニックに陥る彩花の背後に、さらに別の村人がやってきた。
彼は彩花の背中を覗き込み、目をキラキラと輝かせる。
「うおっ、その広背筋! 神々しい……!」
「ひ、広背筋で褒められたの初めてなんですけど!?!?
ていうか背中見ないで! 私、元女子高生だから広背筋とか意識したことないからぁぁ!!」
彩花の叫びは、マッチョだらけの村のざわめきにかき消されていった。
お腹がグゥと鳴り、彩花は村の中心にある食堂らしき建物へ足を踏み入れた。
木の扉を押し開けると、漂ってくるのは香ばしい肉の匂い。
「おお……ごはん……!」
期待に胸を膨らませ、壁にかかったメニュー表へ視線をやる。
・鶏胸肉ステーキ
・ゆで卵てんこ盛り
・プロテインスープ(ホエイ/ソイ選択可)
「…………いや、肉と卵と粉しかないんですけど」
甘党女子高生としての本能がざわめいた。
「いや、せめて……スイーツ、甘いもの……」
勇気を振り絞り、カウンターの店主に恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……パンケーキとかって……ありますか?」
次の瞬間。
「パンケーキだとぉぉ!?」
ドンッ!と拳でカウンターを叩き、店主の顔が真っ赤に染まる。
店内のマッチョ客たちが一斉に振り返り、ざわめきが広がった。
「筋肉に悪いに決まってるだろうが!」
「なんて異端な女だ!」
「糖質の魔女か!?」
「えぇぇぇぇ!? ただのスイーツ女子なのにぃぃぃ!!」
涙目で抗議する彩花の声は、筋肉信仰に燃える村人たちの怒号にかき消されていった。
食堂で心が折れかけた彩花は、村の広場を歩いていた。
そこでは子供たちが元気いっぱいに走り回っている。
「おお……子供は無邪気でいいなぁ……」
ようやく癒しに出会えた気がして、思わず微笑む彩花。
だが次の瞬間――。
「いーち! にー! もっと上げろー!」
「あと5回! 頑張れぇぇぇ!」
視線の先では、子供たちが木の棒に石をくくりつけた“手作りバーベル”を担ぎ、地面に寝そべってベンチプレスごっこに夢中だった。
まるで公園の砂場遊び感覚で、筋トレを楽しんでいるのだ。
「ちょ、ちょっと待って……遊びっていうか……これ完全にジムじゃん!?!?
鬼ごっことかかくれんぼじゃなくて……ガチで筋トレしてるぅぅぅ!!」
無邪気に筋肉を鍛える子供たちの笑顔に、彩花は頭を抱えるしかなかった。
村を一回りした彩花の心は、もはや限界に近かった。
挨拶は「筋肉、調子どう?」、食堂には肉とプロテインしかなく、子供たちの遊びですらベンチプレスごっこ。
「ここ……スイーツの存在価値、ゼロの世界なんじゃ……」
プリンもパンケーキもない現実に、彩花はガクッと肩を落とす。
――いや、肩じゃない。隆々とした僧帽筋が勝手に盛り上がって、まるで岩のように震えていた。
(うぅぅ……なんで私の筋肉、こんなに主張強いの!?)
絶望に泣きそうになりながらも、彩花は気づいてしまう。
この村だけじゃない。この世界全体が……“筋肉”を中心に回っている。
「つまり……この世界では筋肉がすべて。
学歴も、家柄も、オシャレも、スイーツの流行も関係なくて……。
強靭な筋肉こそが正義……!」
胸の奥でごくりと唾を飲む。
そして彩花は、ようやく理解した。
「……やばい。この世界で生きるためには……私も筋肉の流儀に従うしかないのかも」
その瞬間、異世界筋肉ライフへの覚悟が、彼女の中に少しずつ芽生え始めていた。




