決裂と火種
村人たちが「胸筋を見せろ!」「筋肉なき者に発言権なし!」と騒ぎ立て、会場は半ばカオスに包まれていた。
しかし、その喧騒の中でただ一人、スキニーウィズダム教授は冷静さを取り戻し、じっと彩花を見据えていた。
「……君だ」
静かに、だが強い意志を込めて教授は口を開いた。
指先を彩花に突きつけ、声を高める。
「その肉体は確かに美しい。しかし、それは社会に押しつけられた呪いに過ぎん! 本当の君は“筋肉”ではなく――知識の探求者だ!
さあ、我がウィズダム帝国へ来い。ありのままの君を受け入れよう!」
その言葉は、騒がしい群衆の声をすり抜け、まっすぐに彩花の胸へ突き刺さった。
(彩花の心の声)
「……え? 私を“女子高生”じゃなく、“筋肉戦士”じゃなく……ちゃんと本当の私として見てくれるの……?」
胸の奥が一瞬ざわつき、彼女は自分でもわからない動揺に飲み込まれていった。
教授の言葉に心が揺れかけた彩花。
だが、次の瞬間、彼女は力強く首を振った。
「……でも私は――2年B組の女子高生だから!」
焚き火の残り香を思い出すように、自分の中にある日常を掴み取る。
「ここで筋肉社会から逃げたら……私、もっと迷子になっちゃう!」
その宣言に、会場全体が一瞬静まり返る。
村人も冒険者も、マッチョも仲間も息を呑む。
そして――スキニー教授の目が、明らかに理解不能の色に染まった。
「……に、二年……B組……?」
痩せた顔がピクピクとひきつり、彼の頭の中で「知識」と「筋肉」と「学級」という要素が混線しているのが見て取れる。
「そんな……それは……学術的にも、論理的にも、理解不能……!」
教授はフリーズしたまま言葉を失っていた。
一瞬フリーズしていたスキニーウィズダム教授。
だがすぐに、冷徹な光を宿した目で彩花を睨みつけた。
「やはり……君も筋肉の呪縛から逃れられぬか。哀れだな」
マントを大きく翻し、彼は高らかに宣言する。
「ならばいい。近い未来、我がウィズダム帝国が、この筋肉至上国家マッチョルディアを叩き潰す!
その時まで――せいぜい筋肉を鍛えておくがいい!」
彼の足元に、眩い光の魔法陣が展開する。
複雑な術式が絡み合い、空気がビリビリと震えた。
「さらばだ、筋肉の亡者ども!」
光が弾け、スキニー教授の姿は掻き消える。
残されたのは、呆然とする村人と冒険者たち、そして――頭を抱える彩花。
「いやいやいや! なんで私、筋肉と知識の全面戦争の板挟みになってんのよぉぉぉ!!!」
彩花の絶叫が、村の空へ虚しく響いた。
教授が転移魔法で姿を消したあと、村の広場には重苦しい空気が残った。
村人たちは顔を真っ赤にし、拳を突き上げて叫ぶ。
「裏切り者め!」
「胸筋もないくせに偉そうに!」
「筋肉を否定するなど、人間やめたも同然だ!」
怒号と罵声が飛び交う中――。
彩花だけがぽつんと立ち尽くしていた。
「筋肉と知識の全面戦争……」
小さく呟き、頭を抱える。
「……なんで私が板挟みになってんのよぉぉぉ!!!」
その絶叫に、村人のひとりが感嘆の声をあげた。
「おお! 彼女は戦争の“板”すら持ち上げる筋肉を持っているのか!」
「筋肉の比喩表現すら現実にしてしまうとは……まさに筋肉の神子!」
「いやだからそういう意味じゃないからぁぁぁ!!!」
彩花のツッコミが空に木霊し、シリアスな空気はまたも一瞬で吹き飛んだ。
ウィズダム教授が去り、広場にはまだ騒然とした空気が漂っていた。
村人たちは「筋肉を否定するとは!」「知識など筋繊維の前に無力!」と口々に叫び続ける。
そんな中、バルドが腕を組み、真剣な眼差しで彩花を見つめた。
焚き火の残り火のように、静かな決意を込めた声で言う。
「……知識とか理屈はどうでもいい。だが、ひとつだけ確かなことがある」
彩花は思わず息を呑む。
「なに……?」
バルドは大きく胸を張り、堂々と宣言した。
「筋肉は裏切らない」
一瞬、沈黙。
次の瞬間――。
彩花は頭を抱え、絶叫した。
「それ何回目ぇぇぇぇぇ!!!」
村人たちは「さすがだ!」「真理を突いた!」と感動の声をあげ、
場の空気はまたも「筋肉称賛モード」に戻っていった。
彩花のツッコミだけが虚しく響き渡るのだった。




