六話
ずいぶん間が空いてしまい、すみません。
ご無沙汰しております。
ざっと見た限り、家や畑などに被害はなさそうだった。人的被害は流石に住人に聞かないとわからないが、血の匂いが現在進行形で濃く漂っているから多分怪我人がいるだろう。
「……被害は?」
「怪我人は村で一番大きなあの建物に。王女と、治癒魔法の心得があれば騎士にも応援を頼みたいとアディスが。イデアは我等の説明を頼む」
「わかりました。その様子では、陛下でなければ解決できない問題があったようですね」
「あぁ。全く、吸血鬼族の恥さらしもいいところだ、あの痴れ者め。最初にわかっておれば楽になぞ殺してやらなんだものを……」
アースラが冷気を大放出する前に、卒なくイデアとレジフが王女様と騎士を連れてってくれた。いくら女神の加護と俺の守護がかかってる装備をつけてるとは言え、吸血鬼王の放出する冷気を直接くらうのはマズイ。特に王女様。
俺は若干ひんやりする程度にしか感じないが、咄嗟に遮断はしたから拡散はしなかったもののアースラ周辺の植物には霜が降りていた。相手によっては心臓発作とか起こしかねないからなぁ、魔大公の気迫は。
中てられて妙なもんになられても困るから、女神様から与えられた力で焼却しておく。
「何があった?」
「こちらへ」
先導するアースラについて行った先にはこじんまりとした木造の家。一見普通だが、魔力の流れを注視すると家を取り囲むように封じの魔法陣が隠蔽つきで敷いてあった。この形式は……吸血鬼が同族を拘束する時に使用する、施した本人以外の出入りを防ぐ物じゃなかったか?
視線を向けた先でアースラが非常に渋い顔で頷いている。どうやら俺の見立ては正しいらしい。
「な、何しに来たんだよ!?」
「喚くな、小僧。貴様の姉が取り返しがつかなくなる前に治せるやもしれぬお方をお連れしたのだ。尊きお方への無礼は許さぬ」
「……アースラ、脅すな」
結界で覆われた家に入ると、小さな少年がアースラにくってかかってきた。勇気ある少年だな、おい。って、こらこらこら、威嚇するとか大人気ないにも程があるぞ、アースラ。気の毒な少年が今にも気絶しそうじゃないか。
固まってしまった少年を無視して、アースラが近くのドアを開ける。同族を封じる意味を持つ呪文を魔力で具現化した鎖に覆われて、一人の女性が力なくベッドに横たわっていた。
カーテンの締め切られた室内と、青褪めて血の気の感じられない顔。そして、微かに感じる吸血鬼特有の魔力の波動。
「仮契約か」
「はい。恥知らずが一名、己の血を分け与えた上に術をかけ、隷属させようとしていたようです。術はまだかけられてはいませんが、血は与えられてしまっていて、私では手の施しようがありませんでした」
面目次第もございません、と悔しげにアースラが頭を下げる。
吸血鬼一族は、他の魔族と違って自身の血を分け与える事でも同族を増やす事が出来る。元々他の三種族に比べたら生殖能力が低いから、種の数を保つ為に得た能力らしい。血に含まれる魔力の濃度を意図的に上げて、与えた相手を同族に変質させるんだそうだ。
だから、吸血した相手に血を飲ませる事。たったこれだけで、吸血鬼は数を増やす事が出来る。血中の魔力濃度を上げるのは何気に気力と魔力を大量消費するから、ある程度の実力がないとそうほいほい出来ることじゃないらしい。
ちなみに吸血されただけじゃ吸血鬼にはならない。貧血を起こさない程度に留めるのが普通で、吸い尽くして死なせるのはただの馬鹿だそうだ。アースラ曰く。
ともかく、吸血され血を飲まされた人間は、血を与えた吸血鬼と同等もしくはちょっと弱いぐらいの吸血鬼になる。同族間での扱いは伴侶もしくは子供。一度に大量の魔力を含んだ血を与えて一気に同族にする方法と、少量ずつ何度かに分けて与えてゆっくり変化させる方法があるらしい。
血を分け与える途中で長い吸血鬼一族の歴史の中でも最低の禁じ手といわれる術をかけ、同等の存在ではなく自分の奴隷にしてしまうのが隷属の術だ。隷属させた人間をどれだけ連れてるかが吸血鬼の格を現す、とか言われた時代も遥か昔にあったらしいが、アースラの二代前の吸血鬼王が禁じ手としたらしい。アースラも隷属の術反対派だ。
「二代も前の吸血鬼王が破棄したからと、油断しておりました。よもやこの術を使用しようとする愚か者が出るとは……」
「年嵩の者か?」
「いえ、若輩も良い所の若造でした。陛下が御着きになる前に、禁忌となった術の現在の扱いと同族への閲覧状況がどうなっているのか調べるよう部下に通達をだしました」
「そうか」
若いけど術を扱うだけの実力があったのか……それともたまたま術の事を知って、好奇心の赴くまま試そうとした大馬鹿野郎か……後者な気がするなぁ。まぁ、どっちでもいいけど。
しかし、四種族それぞれに禁じ手とされた術とか色々あるんだよな、確か。魔界の歴史も長いから黒歴史もそれなりに積み重なってた筈。地上でのごたごたが片付いたらイデア達と相談してそう言う禁忌系集めた建物でも作ってみるかね。城の敷地内で、鍵は俺の魔力で構成するようにしとけば俺の許可がなけりゃ誰も入れないし。ま、戻ったら提案してみるか。
「術はまだ、と言ったな?」
「はい。魔力濃度の引き上げも満足に出来ぬ若輩だったようです」
アースラがこの女性の弟だと言う少年から聞いた話では、最低の術を使おうとしていた馬鹿は二週間も前からちまちま血を飲ませに通っていたらしい。
身の程知らずの若造が、とボソッと呟いたアースラの言葉はばっちり聞こえた。気持ちはわかるが落ち着け、アースラ。
苦笑しつつ、アースラが張っていったらしい封じの結界を解除する。魔大公の魔力は強いから、封じられている彼女の中の吸血鬼の魔力が隠されてしまって読み取り難い。
解除した事で女性がカッ!と目を開いたけど、俺とアースラと言う遥かに格上の魔族がいるから動けずにいる。
遺伝子や細胞に影響を与えている魔力の流れを読み取って、魔王の知識からどうすれば穏便に彼女を元に戻せるかを引っ張り出す。完全に変化していたら流石に戻せないが、実行犯が実力不足で変化途中だったのが幸いした。これなら魔王の魔力と女神様に押し付けられた力で元に戻せる。
「……戻せますか?」
「あぁ」
横たわる女性の上に手を翳して魔力で包む。体内で変異を促している吸血鬼の魔力を俺の魔力で覆って圧縮、更に変異させられた箇所を女神様から押し付けられた力で元に戻しつつ翳した手を顔の方へ移動させていく。
仰け反って大きく開かれた女性の口から、親指の爪ぐらいの大きさの赤い球体が出てきた。翳していた掌の上に浮かぶそれは燃やしておく。とっといても使い道なんぞない。
「目覚めれば元に戻っているだろう。……アースラ、入れてやれ。姉を心配している」
「陛下のお邪魔になるやもしれぬと思いましたので……小僧、お前の姉は治った。目覚めれば元の姉であろうよ」
ちゃっかりドアの前に陣取って、少年が入ってくるのを妨害していたアースラがしれっとしながらドアを開けると、転がるように少年が飛び込んできた。どこまでも上から目線なアースラの言葉に信じられないと言った風に目を見開き、血色の良くなった自分の姉に恐る恐る手を伸ばす。
容赦のないアースラが閉め切られていたカーテンを一気に開くのと、少年の手が姉の頬に触れるのはほぼ同時だった。狙ってやったな、アースラ。
「姉ちゃん……治ったの?」
「そう言っているだろうが」
「そ、か……姉ちゃん、治ったんだ。あいつの仲間に、ならずに済んだんだ」
力が抜けたように姉の眠るベッドの傍らに少年が座り込む。うわ言の様に呟かれた言葉に不快そうに眉を寄せていたアースラは、次の瞬間火がついたように泣き出した少年にぎょっとした顔になった。あぁ、吸血鬼一族には少年ぐらいの子供いないし、こんな風に感情露に泣き出したりしないもんなぁ。どう対処したらいいのかわからず、オロオロしているアースラは非常に面白い。
緩い眠りの魔法で、恐らく姉の身を案じてこの二週間ろくに寝てないだろう少年を強制的に寝かせて家を後にする。流石に家主二人が眠っている家に居座るわけにもいかない。
イデア達がいる村で一番大きな建物に行くと、きちんと説明が為されていたらしく、村長だと言う初老の女性がやや硬い表情ながら真っ直ぐに俺とアースラを見て頭を下げてきた。他の村人が遠巻きにしてるのは、まぁしょうがないだろう。幾ら村の恩人とは言え、こっちも魔族なのだから。
最強メンバーなので本当に一瞬で終わってます。
今回は魔王様が働ける場面がありました!(ぉ)
見えない所で王女様も頑張ってます。




