五話
気をつけないと話が駆け足になってしまう今日この頃です。
現在地は魔族が支配しているせいか、どことなく鬱蒼としている森の真っ只中。
同族の気配がすると嬉々としてアースラは居場所を探っている。おろおろしている王女様と俺の視線の先には懇々と説教をかましている魔獣王。ちなみにアディスの目の前には騎士服の女性がちょこんと正座して縮こまっている。
「転移の発動直前に飛び込んでくるなど、無茶にも程がある。たまたま陛下が展開されていた魔法陣の定員が満員でなかったから無事だったものの、一歩間違えば挽肉でこの場に落ちた可能性もある。最悪の場合、我等全員、異界に飛ばされたり時空の狭間に閉じ込められていてもおかしくはない」
詳しく聞けばこの女性騎士、王女様の護衛騎士らしい。剣を捧げた主人を単身敵地へ乗り込ませるわけにはいかないと言う思いで転移の魔法陣(発動直前)に飛び込んできたんだとか。
そして現在、気概は認めるが無茶をするんじゃない、と常識人アディスによる説教が行われているのである。イデアは自分がやろうと思っていた事をアディスにやられてしまっているので手持ち無沙汰に周囲を観察しているし、レジフは完全に傍観を決め込んでいる。
「あ、あの……」
「……アディス」
「以後、発動直前の魔法陣に迂闊に飛び込む真似はするな。捨て身の敵対行動と取られても文句は言えぬ行いだ」
「はい、軽率でした。……申し訳ございません」
王女様の何とかしてくださいと言う眼差しを受けて、アディスを呼ぶと溜息ひとつで説教を締め括ってくれた。流石にそろそろ移動しながら現状を把握していかないと、いきなり襲われたら俺達はともかく王女様がパニックになりかねないしなぁ。
説教されてた騎士の方も、アディスが理不尽な事を言っているわけじゃないとわかっているようで神妙な顔で頭を下げている。
「陛下、東の方から同族の気配がします」
「……行くか」
「恐れながら陛下、先行をお許しいただけますでしょうか?」
「血の匂いがするな。陛下、私も先行許可を頂きたく」
「許す、行って来い」
『はっ!』
一礼した後、二人の姿が一瞬で消えた。
転移は無理でも、個々の移動方法まで封じられたわけじゃないから、きっと1分もしないうちにアディスとアースラは馬鹿共の一部がいる村につくだろう。
アディスは四足獣の姿で力強く大地を蹴り、アースラは無数の蝙蝠もしくは薄い霧となって空を舞う。間違いなく、俺達がつくまでに制圧は終了する筈だ。何せ魔大公が二人も向かったんだから。
「お二人は大丈夫でしょうか?」
「問題ありませんよ。むしろ負けた方が大問題です」
「三下の同族程度に不覚を取るようでは魔大公は名乗れん」
「その通り。あなた方にも分かりやすく例えるなら、現役で名の知れた騎士団長が入隊したばかりの一兵卒に負けるようなものです」
「しかし、その一兵卒が実力を隠していた……と言う事もあるのでは?」
「地上でならあり得るかもしれませんが、魔界では、特に同族間ではまずありません。何故なら、一族の王はあなた方と違って世襲制ではなく実力制ですから」
イデアの説明に、レジフが無言で頷く。
王女様と女性騎士(いまだに名前がわかってない)は、不思議そうな顔をしていたが、二人とも即座に理解したようだ。頭の回転も悪くないらしい、とイデアがなんだか満足そうに口元を緩めている。連れては帰れないけど地上にも理解者増やしたいって所だろう。今のままじゃエレノアや他の元地上の住人に里帰りもさせてやれないからな。エレノアはいらんと言いそうだけど。
「ご理解いただけたようですね。そうです、一族の王を倒す実力があるのなら、魔族は迷いなくそれを示します。何故なら、王を倒した者が次の王ですからね。例外は陛下だけです」
「では……あのお二人も、王でいらっしゃるのですか?」
「そうですよ。アディスは魔獣王、アースラは吸血鬼王です。二人とも自分の一族の者の暴挙に怒っていましたから、今ごろ容赦の欠片もなく暴れている事でしょう」
「自業自得だ」
敵地に踏み入っている筈なのに遊山でもしているかのような、ゆっくりとした歩調で歩きながらの会話だ。先行した二人が随分張り切っているらしく、進行方向から感じる魔族の気配が次々減っているし、周囲にも魔族の気配はない。
転移を阻む結界の支点――連中の本拠地を中心に張られている結界を支え、広げる役目を持った道具が破壊されるのを待って転移しても良いのだが、突っ立っているだけなのは王女様達が納得しなさそうだからゆっくり歩いている。
木の根に足をとられて転びそうになった王女様を咄嗟に支えて、改めて飛び入りでついて来た二人の服装を眺める。イデアとレジフも同じ事を考えたようで、特に男女問わず戦いの心得がある魔竜のレジフはあっさりそれを口にした。
「今更だが、戦いには不向きな服装だな」
「そうですね。時間がなかったとは言え王女様はドレスのままですから、こんな森を歩くのに適した服ではありませんね」
「騎士服も儀礼祭典用の見目重視のものだ。実用品ではないな」
ばっさりと言い切られた二人は小さくなっている。確かに王女様のドレスも騎士の礼服も戦闘には不向きだ。不向きって言うか確実に汚したらマズイ服だと思う。
今更帰す訳にもいかないし、本人達は汚れてもかまわないと言い張っているが、国王以下お偉いさん方は非常にかまうと思う。ふむ……女神様が移してきた力を一摘みって所か。やりすぎませんように。
出来うる限りの注意を払ってパチンと指を鳴らす。光の風が王女様と騎士を包み、風が消えた後にはすっかり服装の変わった二人がいた。よし、成功。
王女様の服は、裾を持ち上げないと地面に引き摺ってた華やかなドレスとハイヒールから、動きやすいズボンと上着と靴に。所々に施された刺繍が見た目の質素さを打ち消している。柄の長い杖はサービスだ。
騎士の服は、礼服から実用性のある衣服に。と言っても、重い金属鎧は人間より素早く力も強い魔族を相手取る時は不利だから、上下どちらも布と革と細い鎖を編んで作られたもの。こっちも王女様のと同じく、控えめな刺繍が入っている。腰の剣は使い慣れた物が一番だろうから、変えてない。
変わっていようといまいと、武器も防具も女神の加護つきだ。確認してから魔王の守護も上乗せしておいたから、中級魔族の攻撃や魔法は油断しなければ無傷ですむだろうし、騎士の腕前次第では中級魔族を倒す事も出来るかもしれない。
「随分奮発されましたね、陛下。女神の加護の上に陛下の守護ですか」
「……人の身は脆い」
「確かに、自己防衛に徹する分には十分すぎる装備だな」
上から下まで二人の新しい装備を見たイデアとレジフの感想だった。突然の装備変更に目が点だった当事者二名も、即座に自分の装いを確認して驚愕した後、物凄く丁寧に礼を言ってきた。純度100%の善意じゃないから、そんなに感動されると居心地が悪い。
「……終わったみたいだな。チッ、手抜かりなしか」
「流れてこられても困りますよ、レジフ。戦えなくてつまらないのはわかりますが、あからさまな舌打ちはやめなさい」
不意に、進行方向から常に感じていた闘争の気配がなくなった。ほぼ同時に、周辺の転移を阻む結界も消える。どうやら支点を壊したらしい。これで転移で村まで行けるようになった。
無駄に体力消費させる必要はないから、村までの距離を確認してから転移の魔法陣を展開する。不思議そうに首を傾げる二人には、イデアが説明してくれた。納得が得られた所で、発動。
ちゃんと村の入り口に到着した俺達を待っていたのは、苦虫を大量に噛み潰したような顔のアースラだった。
一つ目の村、解放。
魔王様は部下が優秀すぎるので転移係になってます(笑)
そのうちちゃんと活躍させたいなぁ。瞬殺だろうけど(苦笑)




