四話
ひょっとしたらそのうち手直しするかも……
王女様、出したはいいけど予想以上に動かしにくいorz
振り向いた先にいたのは、固く掌を握り締めて恐怖を見せないようにと必死なこの国の王女だった。怖いなら声をかけてこなけりゃいいと思うんだが、何か思うところがあって声をかけてきたんだろうと展開していた魔法陣を消す。
「何か御用でしょうか?お嬢さん」
「ま……魔王を名乗る者を、討伐して、くださるのですか?」
「えぇ。流石に、目に余りますのでね。陛下の足元にも及ばぬくせに魔王を名乗るなど、おこがましいにも程がある」
アディス達も無言で頷いて同意を示す中、イデアの穏やかな対応に少し恐怖が薄らいだのか強張っていた王女様の表情が少し柔らかくなった。
基本的に、魔族の態度はあまり信用しちゃいけないんだけどなぁ。特にイデアは悪魔だし。人間騙すのはお手のものだ。
見事に騙されて安心した王女様は、自称魔王の本拠地に乗り込む前に、奴等が支配している村や街を解放して欲しいとかのたまった。端からひとつずつ潰していって最後に本拠地を潰せって事らしいが……あぁ、イデアがいい笑顔だ。
「お言葉ですがお嬢さん、先に頭を潰した方が確実なのですよ。元々魔族は弱肉強食。大半の連中は自分達の中で一番の強者が自称魔王だから奴に従っているのであって、忠義を持って仕えている者は一握り以下です。だからこそ早々に頭を潰し、忠義で側に控える者等を屠れば残るのは烏合の衆。叩き潰すのはとても容易です」
「けれど、支配下に置かれている村や街には住民がいるのです。ひとつずつ解放していけば、魔族の中でも噂になり、捕らわれている彼らも希望が持てるのではないでしょうか」
相手が魔族でなければ、王女様の言うようにひとつずつ解放して進むのも良かっただろう。しかし、相手は魔族だ。
そこら辺を全然わかってない彼女の言葉に米神を若干引き攣らせながらイデアが言葉を返すべく口を開いた瞬間、大気が震えた。スピーカーやマイクの調整時に超音波が起きたような、そんな甲高いキーンとした音が耳の奥に響く。
「……結界か」
「転移防止の結界ですか。しかも支配地域全域に張るとは……」
「そうですね。お嬢さん、あなたの願いどおりにひとつずつ端から解放していかなければならなくなりました。お喋りをしている間に、連中が転移魔法を阻む結界を張ってしまったのでね」
イデアの言葉を右から左に聞き流しながら、感覚を広げて世界を探る。見事にすっぽりと、自称魔王率いるはぐれ共が支配下に置いた町村が結界で覆われていた。
いくら俺の魔力と知識がチートでも、転移防止の結界をすり抜けて全員を転移させるのは無理だ。俺一人ならどうにでもなるんだが、そうすると残した四人が本性丸出しで追いかけてきそうだから止めておこうと思う。
しかし、転移防止の結界は専用の呪具か特殊な祭具もしくは相応の対価がなければ発動しない特殊な結界だ。そうそう呪具や祭具が転がってる訳もなし、自分本位で地上に飛び出した連中が人間を生かす理由もない。生き物、特に魔力を持った人間の血肉は、下手な呪具や祭具を上回る事がある。支配地域全域をすっぽり覆うほどの結界を展開する為に、何人殺されたことやら。
イデアから聞かされた王女様や場の人間が蒼白になっているが、訳も分からず生贄にされた人間の方が気の毒だから同情してやる気にもなれない。生贄にされた人間にしても、元は同じだった筈なのに「災難だな」としか思えないというのに……。
こんな形で自分が人間から遠ざかってるって言うのを自覚するはめになるとは思わなかったな。
「ちんたらやってる場合じゃなくなったな」
「えぇ、そうですね。あの結界は徐々に効力が薄まります。強める為には再び生贄が必要になる。専門の呪具や特殊な祭具があれば生贄など必要ありませんが、そんなもの早々転がってませんからね」
「これが人間同士の争いならば勝手にやっていろと言うところだが、情けない事に同族だからな。これ以上恥をさらされては情けなくて陛下に顔向けできん」
「まったく、結界ぐらい自分の血肉で張ればいいものを。魔族の血肉なら三人もいれば人間の命を取る必要もないだろうに」
非常に思うところがあるようで、レジフ、イデア、アースラ、アディスの順に物凄く嫌そうな顔で呟いている。元は俺が好意的だからだったんだろうけど、迷い込んできたり逃げてきたりした人間や亜人、ハーフに接してるうちに随分丸くなったもんだ。
特にイデアはエレノアと言うハーフエルフの妻がいる分、生贄を使って結界を張った馬鹿共の行為に嫌悪を感じているらしい。背後に再び大魔神が見える。
それを背負ったままにっこりと笑みを向けたものだから、気の毒な若い神官二人が気絶した。かなり痛そうな音を立てて石畳の床に倒れたんだが、大丈夫なんだろうか、あれ。
「と、言う事ですので端からひとつずつ潰していくことにします。あぁ、ちゃんと自称魔王の首級は持ち帰りますのでご安心を。陛下、申し訳ありませんが結界の手前まで転移をお願いいたします」
「……あぁ」
流石の魔大公でも複数人を一度に転移させるのは相応の手段を踏まないと無理らしい。やっぱり俺の設定はチートなんだなと再認識した。
しかし、この魔法陣の発動に再び待ったを王女様がかけてきた。一分一秒でも惜しいってわかんないかね、このお姫様は。
「……今度は何です?まさかと思いますが、勇者として宣誓した後、華々しくこの国を出立しろとか言うんじゃないでしょうね?もしそうなら即刻父親諸共王座を返上する事をお勧めしますよ。先ほど申し上げたとおり、現在自称魔王の一派が張った結界は時と共に効果を薄れさせ、その都度補強の為に人間が殺されます。呑気にとことこ移動してる暇がないと言うのはお解かりいただけたと思ったのですが?」
物凄く少ない息継ぎでイデアが言い切った。こっちからは見えないが、絶対に目が笑ってない表面だけの笑顔だっただろう。王女様、引き攣ってるし。あ、騎士服の男が倒れた。
「本来であれば、この国の民の明日は我が身かと言う思いを払拭する為にもそうしていただくところです。ですが、一刻の猶予もならないと言う事は理解いたしました」
「では、何故止めたのです。こうして言葉を交わす時間すら、本来なら惜しいと言うのに」
「申し訳ありません。ですが、勇者様……いえ、魔王陛下にお願いがあるのです」
必然的に魔大公全員を視界に入れなければならない位置に立っている俺を、王女様は真っ直ぐに見つめてきた。この短時間で四人と俺への耐性をある程度つけたらしい。意外と順応力の高いお姫様だ。
強い意志を感じさせる眼差しで俺を見ていた王女様は、自分を連れて行ってくれとのたまった。順応力が高いんじゃなくて現実を理解出来てないの間違いだろうか。
「現実が理解できていないわけでも、安っぽい英雄譚に酔っている訳でもございません。拙くはありますが、治癒と防御の魔法の心得がございます。解放した町村で、治癒が必要になる場合もある筈。無理に出しゃばる事は致しません。足手纏いにもならぬよう精一杯努めます。なにとぞ共にお連れ下さいませ」
さっきのイデアに負けず劣らず、短い息継ぎで土下座せんばかりの勢いで王女様は願い出る。君の背後で父親兼王様が死にそうな顔になってんだけど、いいのか?あれ、放っといて。
別に連れて行く事に問題はない。何人だろうが俺の魔力なら運べる。ただ、面倒をきっちり見れるかと言われると微妙なところだ。俺も相当感性が人間のそれから遠ざかってるし、イデア達は見下したり否定的でこそないものの、基本的に自分達に直接関わってくる地上の生き物以外に関心が薄い。
馬鹿共討伐に乗り気なのは、連中が俺の命令を堂々無視した挙句に魔王を名乗ってる事が腹に据えかねたのと、魔界に定住している元地上の住人がかつての友人や隣人、国の行く末を案じたり嘆いたりしているからだ。
「…………確かに魔族の私達よりも、人間でしかも王族のあなたがいれば色々と些細な問題が片付きそうですね。しかし、本当に自衛できますか?先に言っておきますが、私達にあなたを護衛する義務はこれっぽっちもありませんよ?」
「存じております。短時間ではありますが、絶対防御の結界も発動が可能です」
「では、不用意な単独行動は控えてください。もし別行動の必要があるならその都度報告を。場合によっては私達四人のうちの誰かと別行動してもらう事もあるかもしれません」
「承知いたしました」
「それと、確率は限りなく低いと思いますが仮に乱戦に巻き込まれた場合は陛下のお側にいてください。陛下は優しく強いお方ですから、余程無作法をしない限り守ってくださるでしょう」
決意に満ちた顔で頷いた王女様に、イデアが言い添える。いやまぁ守る事に異論はないけどな。元々多重結界が常時展開されてるからその範囲をちょっと広げればいいだけだし。
だから、確認するのは別の事。じっと真っ直ぐに王女様を見据えて、問いかけた。
「覚悟はあるか?」
「…………ございます」
「……ならいい」
きちんと覚悟を決めての行動なら、俺がとやかく言う事じゃない。
少々魔王としての気迫を乗せた問いかけに、彼女は少し詰まったもののきちんと返事を返してきた。生半可な覚悟では、答えることはおろか意識すら保てなかっただろう気迫に、耐えてみせた。
その姿勢に笑みが浮かぶ。魔大公四人も感心したような顔をする中、無言で展開させた転移の魔法陣を発動させる直前、一名の飛び入りがあった。
色気もそっけもなく旅立ち
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