第8話 二度寝せざるをえない。瞼の裏に彼女がいるせいで…
朝の爽やかな太陽の陽射しが、瞼という扉をノックしている事に気付いて、僕は目が覚めた。
ベッドに充満する僕の体温の温もりとぽかぽかとした乾いた冬の陽射しがベッドの温度と湿度を絶妙に心地良いものにするせいで、僕の瞼は太陽の陽射しを受けても尚、開く事を拒否する。
一度は開こうと努力はしたものの僕の瞼は言う事を聞かず、開く様子はない。
目覚めかけた意識は眠気によって朦朧としていく。白く柔らかな陽射しが瞼の裏に映り、形の無い形を作っては、姿形を変えてゆく。
日光独特の温かな白い光はやがて純白の肌へと―美しく細やかに靡く長い銀髪へと姿―を変えてゆく。
いつの間にか、瞼の裏の光は昨日、見た少女になっている。
まだ微かにこびりついていた瞼の裏の闇を、彼女の神々しい青い瞳が吸い込んでゆく。
そして、それと同時に僕も彼女の瞳に吸い込まれてゆくような錯覚に陥り、驚きの余り二度寝しかけていた僕は再び眼を開けた。
「はっ!」
再び眼を覚ますと、見慣れた特徴の無い部屋が視界にあった。
昨日に目撃してしまった彼女の姿は一日経った今でも、くっきりとはっきりと記憶に深く刻み込まれていた。
世界の光と闇、表と裏…。そのように相反する事象の中を行き来しているのが機械の彼女のような気がする。
きっと彼女の綺麗な容姿からは想像も付かない程、彼女には複雑で込み入った事情があるのだろう。
僕は彼女の事が気になって仕方がなかった。
一瞬だけでも彼女を見てしまえば忽ちに、どんなに有名で美しいと絶賛されている彫刻や名画―芸術品―を見ても、只の石ころや一枚の紙切れにしか感じられなくなる筈だ。
そして何よりも日々の風景が酷く陳腐に感じてしまうようになるのだろう。
強いて彼女の欠点を挙げるとするならば、彼女が美し過ぎる余り、他のあらゆる物が平凡で凡庸に見えてしまう事だろう。
誰かを猛烈に求めれば求める程、あらゆる他のものに価値が無くなり、やがては報われなく虚しい毎日を過ごす羽目になるのだ。
どうやら誰かを求める―愛する?―事は人生の歯車を大きく狂わせるようだ。
なので僕はできる限り他人の事について考えたり、誰に対しても―何に対しても―情を抱かないようにしている。
それなのに僕の脳裏には、滑らかで清らかな彼女の姿が火傷跡みたいに張り付いている。
きっと機械仕掛けの少女は、僕の人生の歯車を狂わせる。
僕は心の何処かで、そう確信していた。