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第7話 アンドロイド・ガールの独白

 見られてはいけないものを見られてしまった。


 と自宅のベッドに仰向けに寝転び、天井を見ながら私は考えていた。


 私の身体には右肩から胸にかけて大きな傷があり、その傷口からは電気回路や人工筋肉が露出している。

 この傷が誰かに見られてしまえば、私の正体が悟られてしまう。


 私の正体がアンドロイドだという事が…。


 この右肩に刻まれた傷は、いつも見る度に私に冷酷な現実を突きつけてくる。

 辛くて苦しくて、今にも泣き出してしまいそうになり、誰でも構わないから自分の全てを打ち明かしたくなる衝動に駆られる時が時々ある。

 そういう衝動に駆られた時は決まって右肩の傷が「機械である我々には他者の情けなど不必要なうえに、機械である我々には貴女が大切だと思っている感情という物は不必要だ」と私の耳元で囁いて、私の心を滅茶苦茶にするのだ。


 もしも私がアンドロイドという存在じゃなかったならば、私は今よりも数百倍、いや数千倍は幸せになっていたに違いない。

 もし私が人間として生まれていたならば、きっと右肩のぎらぎらと鋭く光る傷も肌に薄らと傷跡が残る程度に治まっていた事だろう。

 現在の生活とは180度、異なった幸福な生活が、そこにはあったのだろう。

 少なくとも自身が機械であるという事が、誰かに勘付かれてはいないかという不安で心が押し潰されそうになる毎日は無くなる。


 毎晩、哀しまずに苦しまずに済む生活をひたすら望んでいる。

 人間達を深層心理では恨み、人間達の日常を妬む事にも疲れてきた。

 そんな事を考えているうちに虚しくなってきて、徐々に暗闇に取り残されているような感覚に陥ってしまう。

 誰が決めたのかは今となっては分からないが、私達アンドロイドが人間の生活に憧れたり、人間と同じ社会的地位を求めたりしてはいけないらしい。

 私も昔は今以上に人間に憧れ、アンドロイドの社会的地位の向上を夢見ていた。


 だけど私は、この世界が残酷で冷酷なものだという事を思い知った。

 この世界の仕組み―からくり―は私のような発言権すら無い弱者が、どれだけ足掻いたとしても変えられる事は無いのだ。


 私の夢や憧れは容易く打ち砕かれてしまった。

 諦めた、諦めたつもりだった。


 今も心の何処かで諦められない自分がいて、虚しく足掻いている。

 諦めきれなかった私の一部を押し殺しながら、私は残酷な世界で生き続けている。

 それは死者のような感覚と心で、又は故障品と自覚しながらも生き続ける惨めな暮らしだった。


 人間のようになりたいなんて想いは、とうの昔に捨てたつもりだった。


 だけど、悲劇は起きた。


 そもそも、今の私の暮らしは法律を破らないと成り立たない暮らしなのだ。


「人型機械行動基準法第二条」には「アンドロイドは人間の容姿や言動を再現した機械である。よってアンドロイドの人権及び権利は保障されない」と記述されている。

 本来ならばアンドロイドには行動制御プログラムが施されているものなのだが、私のように個人開発者によって造られたアンドロイドの一部には行動制御プログラムが施されていない場合があるのだ。


 しかも私を造った開発者は、どうやら私を造った事を政府に報告していないらしく、故に私がアンドロイドだという事は政府にも周囲の人間にも誰にも知られていない。

 だから私はアンドロイドであるという足枷があろうが構う事なく、私は密かにアンドロイドであるにも関わらず人間として過ごす事ができた。

 しかし、そんな日々も今日で終わるのかもしれない。


 今日、私は偶然にも体育の居残り授業に参加した。殆どの人が普段の体育の授業なんかには真剣に向き合わない事だろう。

 だがアンドロイドの私にとっては、普段の体育の授業さえも特別なものなのだ。

 人間の学生が普段、どのような授業を受けているのか興味があった私は可能な限りの事を体験しておきたかったのだ。

 それに本当に社会的地位が向上した訳ではないが、同じ社会的地位の存在として扱われる事が嬉しくもあった。

 それと同時に、アンドロイドである私は構造上、汗を流す事が不可能なので、体育の授業の時は汗を流す事ができる人間を羨ましくも思った。

 そんな体育の授業は私の心を少しだけ痛めた。心が痛むと右肩の傷が痛むのは何故だろう? 


 体育の居残り授業を終えた私は生徒達が校舎から出るのを待った。

 私は自身の正体がアンドロイドだという事を誰かに知られないようにする為に、着替えるのは周りに人がいなくなってからか、もしくは人が簡単には立ち入れない場所で着替えるという事を徹底している。


 そもそも教室で着替えなければ回避できた事だが、今日はトイレで着替える事がどうしても嫌だった。

 こそこそと人間が用を足す場所で着替えるのは、もううんざりだと思ったのだ。

 それで今日だけは教室で着替える事を自分自身で許した。


 不覚にも生徒が全員、校舎から出たと思い込んで油断していた私は、何処か主体性の無さげなリズムを刻む少年の足音に気付かなかった。

 磨りガラス越しに、ぼんやりと彼の姿が見えた時にはもう遅かった。


 まるで悲劇の幕開けみたいに教室のドアが開いた。


 ドアの隙間から冷たい風が漏れて、そして「何か」が欠落している少年が、私の身体を驚嘆の眼差しで見つめていた。


 私の裸体を見た彼は、私を憐れみの眼で見た。だが、それと同時に彼は切なそうな表情を浮かべながらも、何処となく凄く嬉しそうな表情も浮かべていた。


 私は右肩に刻まれた傷―私がアンドロイドである決定的証拠―を彼に見られてしまった。


 彼が哀しそうな眼で私の右肩の傷を見てくるので、それに釣られて私も猛烈に哀しくなった。

 何かに失望すると同時に、何かを切望せずにはいられなかった。

 ちらりと銀色の光が刺すように光る。右肩に深く刻まれた傷が視界の片隅に映っている。


「我ながら醜い傷だな…」


 と誰にも聞こえないような声で呟いた直後に、温かく無垢な言葉が脳裏に浮かんだ。


「すごく綺麗だと思う」


「貴方は何も思わないの?」という私の問いに対して、彼は私と真逆の感想を述べた。

 それは不気味にも思えたし、同時に切なくも思えた。そして何より心の奥底では嬉しかった。


 彼の言葉は温かったのだ。例えその言葉が嘘だったとしても、心に染みるものに変わりは無かった。


 その言葉は私の端末が―身体が―心が―熱くなるには充分なものだった。

 まるで熱い湯船に浸かった時のように身体の奥がぼうっと煮えた。

 彼が何気なく放った言葉は温もりに飢えた冷たさに傷付いた私を無垢な優しさで癒してくれた。

 でも、その優しさは時に人を傷付けてしまうという事を彼に伝えなければならない。


 私の背後には黒く濁った影がどっしりと寝そべっている。

 だが、その影の奥の方では、真っ暗な闇の中で一筋の光が強く―清く―美しく温かな光を放っていた。

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