第5話 デイ・ドリーム・ビリーバー
「もう今は彼女は何処にもいない。朝早く目覚ましが鳴っても…」
彼にしては珍しく陽気な歌を唄っていた。
今、ほどきが唄っている歌は「The・Monkees」の名曲「Daydream Believer」だ。いや、正確に言うと「The・Monkees」の名曲「Daydream Believer」を忌野清志郎が日本語に変えてカバーした名曲「デイ・ドリーム・ビリーバー」といったところだ。
今日のほどきは、まるで夢を追い続ける少年のようだった。
「そう、いつも彼女と暮らしてきたよ。喧嘩したり、仲直りしたり…」
確か、忌野清志郎が亡き母に捧げた歌だと何処かで聞いた事がある。
何となく愛する人を失った僕と彼にはピッタリな歌だった。
「ずっと夢を見て、今も見てる。僕はデイ・ドリーム・ビリーバー、そんで彼女はクイーン…」
ほどきの歌声が徐々にフェードアウトしてゆき、そして…。
「今の俺とオマエにピッタリな曲だと思わないか?」
と歌い終えた彼が僕に、そう言った。最後に会ったあの時は精神的に、かなり病んでいたほどきだったが、久しぶりに会ってみると彼はすっかり落ち着きを取り戻していて、彼が精神的な苦痛を乗り越えた跡が研究室のあちらこちらに刻み込まれていた。
「それにしても、こんな湿っぽいところじゃあれだし、それにせっかくの晴れなんだから、ちょっと外で話さないか?」
突然、彼は今までの彼を知っている者ならば到底、考えられないような明るい声で、そう僕に促した。
「あれから色々と考えたんだ。いなくなったアイツの為に何ができるんだろうって…」
ほどきは優しく澄んだ声で、脱皮したかのような心持ちでいる僕にそう言った。
僕の行きつけの喫茶店―つなぎとの美しくも悲しみの孕んだ思い出のある喫茶店の窓際の席で、珍しく、そして何処か、ぎこちなく僕とほどきは向かい合って話をしていた。
午前の都市部を照らす白銀色の陽の光は僕等をそっと優しく、温かく抱き締めるかのように照らしている。
「そんな事を考えているうちにさ、やっと思い出せたんだ。昔、二人で話し合った俺とアイツの夢を…」
「夢って?」
殆ど夢の詳細は知ってはいたけれど、敢えて僕は尋ねてみる事にした。
「『人類とアンドロイドが幸せに共存していける世界』」
捻れて絡まり、ぶつかり合った僕とほどきの理想は、いつの間にか一緒になっていた。
「だから止めたんだ。風俗産業関連のアンドロイドを造るのは…」
これで僕達みたいに、残酷な世界に愛を殺される人やモノは少しは減る事だろう。
「これからはさ、一人でも多くの人を幸せにする為にアンドロイドを造っていこうと思ってる」
ほどきの瞳は、もう過去の残像に囚われてはなく、まるで未来を見守るような温かい眼で世界を見ていた。
「それにしても失敗作だと思ってたものが、意外と最高傑作だったりするもんだな…」
彼の言う意外な最高傑作とは、紛れも無くつなぎの事だと僕は堂々と胸を張って言える。
「オマエ等、二人がいたから、俺も俺の中のアイツも前に進む事ができた気がする」
この世界で最もアンドロイドを憎んでいた彼だが、それと同時に世界で初めて人間の僕と機械のつなぎの愛を認めてくれた人間でもあった。
「ありがとうって俺が言っていたと、あの子に伝えておいてくれ」
と彼は清々しい程に澄んだ声で、僕にそう言った。
この彼の言葉は生きている僕を通して、いなくなってしまったつなぎに届く。
「人間には分からない事でも、アンドロイドには分かる事もあるのかもしれないな」
それは、二人で共に過ごした日々の中で、つなぎが教えてくれた事だった。
「逆に機械には分からない事でも、人間には分かる事もあるのかもしれない」
僕が、つなぎと共に過ごした日々の中で、それをつなぎに教える事が果たしてできていたのだろうか?
「だからこそ、人間と機械が互いに寄り添い合えば、素晴らしい世界になるんじゃないか?」
彼と僕の鬱屈とした夜が明けて、朝が来て、悲しみそのもののような雨が上がって晴れ空が来る。
「だからさ、色々とやってみようと思ってる」
僕は希望の兆しを彼の瞳から観測した。
生き物は悲劇を、悲劇のままでは終わらせない。




