第3話 僕が不利な世界
久しぶりに、この世界と向き合った。
一ヶ月ぶりに外に出て、外の空気に触れた。
凍ったように冷たい外気は、まるでこの世界の無情さそのものみたいで、寂寥感と失望感が僕の心全域に何処となく、そしてはかとなく広がっていった。
相変わらず、この街は―この世界は―平穏に、慌ただしく、かつ無情に動き続けていた。
平常通りに運行する交通機関、動く事を止めない街々、休校にならない学校、働き続ける人々、雲一つない澄んだ青空、絶え間無く進み続ける時間…。
つなぎがいなくなったというのに、まるで何事も無かったかのように、いつも通りに回り続ける世界に僕はひっそりと激怒した。
一体、この世界は何を―誰を―中心に回っているのだろうか?
僕でも無ければ勿論、つなぎでも無い。では、ほどきや廃ビルにいた彼女が世界の中心なのだろうか?
もしも、この世界がそんな悲しい構造なのであれば、とてもじゃないが耐え切れない。
所詮、僕達はこの世界に置いていかれないように「未来」という名の絶望的な希望的観測に必死にしがみついているだけなのかもしれない。
そういえば、ほどきや廃ビルから落ちてしまった彼女はどうしているのだろうか? どうなってしまったのだろうか?
とにかく今の僕にできる事をやっていこう。
今日もまた多種多様な人々が、ビルとビルの間を行き交っている。彼等に合わせて僕もビル群の中を潜り抜けていく。
つなぎとの会話を心の中で何度も何度も反芻しながら…。
「君を必要としている誰かが、きっと何処かにいるから!」
そう彼女は僕に言ったけれど、果たして本当に僕を必要としている人なんて居るのだろうか?
そんな事は幾ら考えても僕だけでは分からない。
だけど「僕が必要としている誰か」という逆の事例なら結構ある。
僕には、もう一度、会いたい人達がいる。
少なくとも今の僕には彼等が必要だ。そうだ、彼女達に会いに行こう。
僕は、僕にとって世界の全てであったつなぎを失ってしまったが、だからといって完全に全てを失った訳では無かった。
真冬の陽射しは妙に温かくて、この世界で僕だけが陽の光に照らされているような気がした。
狂った街は、いつもと変わる事無く回り続けていた。
まるで僕は近未来のSF小説の世界に取り残された明治、大正時代の恋愛小説の主人公みたいだった。要するに、この現代社会において僕は場違いな存在なのだ。
僕が愛を求めると、この世界は効率性の良い文明の利器や何の解決にもならない精神安定剤を渡してくる。
この世界には心というものが無いのだろうか?
仮に、この世界に心があったとしても、僕とこの世界の生きている―感じている世界観は正反対に違いない。
だから、きっとこのまま僕とこの世界は交わる事は無いのだろう。
殆どが交わる事の無い世界で、僕達は浮きながら生きている。
日常風景のように裏路地の方から今にも消えてしまいそうな悲鳴が聞こえてきた。
人混みの人と人との隙間から、僕は悲鳴のした方を見ると寂れた通りの裏路地で、少女が数人の移民と思われる不良者達に囲まれていた。
どうやら、この男達は必死に抵抗する少女を車に連れ込もうとしているらしく、必死に抵抗する少女の腕には、男達に力強く、そして心無く掴まれた跡が深く刻み込まれていた。
この絶望という言葉を具現化したような出来事に気付いている人は、僕の他に数人程いた。なのに全員が自分に危険が降りかかる事を―傷付く事を恐れて、傍観を決め込んでいた。
悩んで苦しんだ末に、僕も傍観を決め込んだ。
そうしているうちに少女は不良者の車の中に連れ込まれてしまった。
愚劣極まりない男達に、この世界に、そして何よりも僕自身に計り知れない怒りを覚えた。
悔しかった。情けなかった。見て見ぬ振りをして、連れていかれる少女を見殺しにした弱い自分自身を憎んだ。
もしかしたら、この世界も鬱病を発症して気が狂ってしまったどうしようもない奴なのかもしれない。




