表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/70

第2話 Reach for the moon, even if we can't②

 あの日から、僕は長らく自室に引き籠って一歩も外に出なかった。


 朝日が澄んでいて、きらきらしていて鬱陶しかった。

 毎日、鳴り止む事の無い街の喧騒に、今まで以上に不快感を覚えた。

 ネットニュースの記事や報道が、別世界の出来事のように感じられてならなかった。


 何故、つなぎがいなくなったというのに都市機構は―この世界は―簡単そうに回っているのかが分からなくて、不思議で堪らなかった。


 地球の自転によって、あっという間に涙は乾いた。


 地球の公転に心が付いていけなかった。


 この社会が僕達の前からいなくなって、僕とつなぎだけの世界になれば、一体どれだけ嬉しい事だろうか。


 二十六日? 二十七日? 四週間? 一ヶ月? 果たして、どれくらいの月日が流れたのだろうか?


 あの日から、僕は清々しい程の絶望感に打ちひしがれて只々、自室の天井をぼーっと眺めている事しか出来なかった。


 愛する人を失った。


 それと同時に、愛してくれる人も失った。


 だけど、つなぎがくれた愛は、しっかりと僕の心に生きている。







 あの日の月夜からの澄んだ朝。

 僕はつなぎから引き剥がされた。


 あの後、僕は警察に連行された。無情な警察官が、僕の腕を暴力的に力強く引っ張った時の痛みが、まだ僕の腕に残っている。

 いつもなら、すぐに忘れてしまうような出来事でさえも、あの日に起きた出来事は鮮明に記憶に残っている。


 処理場を出ると、数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら、犯罪者とみなされた僕を待っていた。

 刑事は半ば無理矢理、強引に僕をパトカーに乗せた。そして僕を乗せたパトカーは廃棄物処理場から走り去っていった。

 移動中の車内で刑事が何か聞き出そうと探りを入れてきたが、僕は冴え切った眠気という不可解で不思議な感覚に襲われて只ひたすらに、ぼーっとしていた。


 その後、僕は警察署まで連行されて取り調べ室で事情聴取を受けた。

 つなぎに逢おうと只、がむしゃらに足掻いた。


 只、それだけの事をしただけなのに、僕は多くの罪にかけられていた。

 車道の真ん中を走った事は道路交通法七十六条四項に違反。つなぎに逢う為に勝手に廃棄物処理場に入った事は住居侵入罪に違反。そして警察の制止を振り切って走り続けた事や全体的に反抗的だった事から公務執行妨害に違反。つなぎと一緒にいた事が窃盗罪として裁かれる可能性があると刑事に言われた時には、意気消沈して余り頭が回っていなかったものの流石に驚いた。


 結果、僕は少年鑑別所に一時的に送致される事となった。

 公認心理士というカウンセラーの無意味で陳腐なカウンセリングを、僕は何度も受けさせられた。

 僕は只、その公認心理士にありのままの出来事を―ありのままの心情を―話した。

 そのカウンセラーの僕の全てを分かり切ったような態度が、僕には物凄く鬱陶しくて腹立たしくてならなかった。

 そのカウンセラーにつなぎの事を―つなぎへの思いを―話した結果、僕は「アンドロイドに(つなぎに)恋愛感情を覚えた精神異常者」だと見做された。

 そのカウンセラーは始終、顔に笑顔を貼り付けていた。

 まるで僕とつなぎの美しかったあの日々を嘲笑うかのように…。

 少年鑑別所側も僕程度の人間を長く置いておける程、余裕は無かったらしい。まるで半ば、追い出されるような形で僕は十日程で解放された。


 その後、自宅に帰された僕は何日も、何週も自分の部屋に閉じ籠り続けた。

 そして只ずっと、ひたすら、つなぎの事を考え続けた。


 つなぎと過ごした日々を思い出し続けた。


 こうして今に至る。






 警察が、つなぎの住んでいた古びたアパートを調べていると、ある小説を見つけたらしい。

 もしかすると僕の精神を安定させる為に必要な大切な物かもしれないと思ったらしく警察が、その小説を僕に渡して来た。


 それは以前、彼女が僕に楽しそうに語ってくれたシェイクスピアの代表作である「ロミオとジュリエット」だった。


 つなぎの面影が残った彼女の愛読書にそっと触れると、自室の天井が映画のスクリーンになって彼女と過ごした日々の思い出を鮮明に映した。


 今、思えばつなぎは、無意識に僕と彼女自身をロミオとジュリエットに見立てていたのかもしれない。


 モンタギュー家のロミオは人間である僕のように見えない事もなく、キャピュレット家のジュリエットはアンドロイドであるつなぎという風に思えた。


 そんなロミオとジュリエットの関係性は、何処となく僕達の関係性と似通っていた。

 二人の愛の間に巨大な壁が立ち塞がっているところや、その壁を乗り越えようとするところ…。

 愛していた相手を失ってしまう事までも、そっくりだった。でも異なっているところもある。


 ロミオは勘違いを起こして自身でジュリエットの後を追って自ら命を断つ事を選んだが、僕はつなぎがこの世界から居なくなっても、こうして足掻きながら生き続ける事を選んだ。

 僕は生き続けるのだ。


 君が僕に温もりをくれたから…。


 君が僕に愛を教えてくれたから…。


 君が僕に「生きる事」を教えてくれたから…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ