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Fly me to the moon

「はっ!」


どうやら僕は、つなぎを抱き締めたまま深い眠りに落ちていたらしい。


 僕は何とも幻想的で、不思議な世界にいた。ひたすらに青く、透き通った夜の海の中のような世界で僕は只々、沈んでゆく。

 今、僕がいる世界には、水みたいな液体と頭上にある幻想的な程に大きな白銀の月しか存在していなかった。

 他に何か存在するものがあるとすれば、きっと沈んでゆく僕だけだろう。


 白銀色の月の光が僕を照らしている。


 満ちた月から一滴の雫が落ちてくる。


 その雫は銀色に輝いていて只、ひたすらに綺麗だった。

 白銀の雫は沈んでゆく僕を追いかけて落ちてくる。

 その雫の正体が何なのか―誰なのか―運命的とも言える程の直感のおかげで直ぐに分かった。


 僕が、つなぎを無意識の内に呼んでいた。


 つなぎが、僕に逢いに来てくれたのだ。


 ここは僕とつなぎだけの愛の世界だ。


「つなぎ!」


 僕は彼女の名前を呼ぶ。


「むすび!」


 つなぎも僕の名前を呼ぶ。


 僕とつなぎの身体も心も、二人の何もかもが溶けて交わってゆく。


「…結局、僕は君を助けられなかったし、幸せにできなかった」


 弱い僕の余計な優しさが、ほどきや廃ビルにいた女性を、つなぎを傷付けてしまった。


「ううん、そんな事ないよ。私は誰よりも幸せだった。私には充分過ぎるくらい幸せだった」


 涙が止まらない。

 その言葉を聞きたいが為に、その言葉を貰う資格の無い僕は足掻いていたのだと今になって分かった。


「そう…。良かった。ありがとう、僕も充分過ぎる程に幸せだったよ」


 涙の底から宇宙が溢れる。


「『ありがとう』をどれだけ言ったとしても足りないくらい、君には感謝してるよ。ありがとう、ありがとう、ありがとう。…何度だって言うよ、ありがとう、つなぎ」


 僕は哀しくて笑った。嬉しくて泣いた。


 僕とつなぎの感情が―心が―身体を追い越して僕達の世界が変わる。


「あぁ君と出逢ってから、私は少し我儘になっちゃったのかもね。『君が一緒にいるなら、こんな世界でも生きていたい』って私なんかの癖に欲張りにも、そう思っちゃったんだ。もっと君と一緒に生きていたかったな…」


 つなぎが大粒の涙を流しながら名残惜しそうに、そう言った。


 月と涙と、そしてつなぎが白銀色の愛に満ちて輝く。


「だから生きて、私の分も…。君の思い出となる私を生きる為の糧として…」


 つなぎは優しくも力強く綺麗な声で叫ぶ。



「むすび、生きて!」



 つなぎの全てが僕にぶつけられる。


「君を必要としている誰かが、きっと何処かにいるから!」


 生きなければ…。つなぎの分も…。



 生きなければ!



「生きるよ、つなぎ。君を抱えて、生きてみせるよ…」


 月が今までに見た事の無いくらい強く光り輝く。



「何処までも、生きてみせるよ!」



 つなぎが離れてゆく。


 君が雲となり、風に運ばれて、宇宙を超えて、月に行ってしまおうとしている。


 つなぎは世界で最も哀しそうに、優しくて、温もりに溢れた心で涙を流しながら、にっこりと笑った。


 つなぎは僕の過去の主成分。


 つなぎは僕の現在そのもので、そして…。


 つなぎは僕の未来の足掛かり。


 温かな愛情で身体が包み込まれていくように、視界が何万年も前に産まれたであろう光で満ちてゆく。






 そして僕は眼を醒ました。


 つなぎと過ごしていた世界に戻って来た。

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