第6話 「愛してる」
君と、眼と眼が合った。月による導きのような直感を信じて良かった。
僕達を信じて良かった。
月の下に、君はいた。地球の上に僕はいた。
「つなぎ!」
僕は潜在意識の底から、君の名前をありったけに叫ぶ。
「…むすび!」
僕とつなぎは余力を振り絞って、お互いの名前を呼び合った。僕達の愛の叫びがごみ溜め中に―世界中に―響き渡る。
体力の限界からなのか、それとも愛する気持ちが身体を超えたからなのか僕はつなぎ目掛けて倒れ込んでしまった。つなぎの胸に飛び込んだ。
つなぎに抱きつく。
僕の溢れる思いに呼応して、つなぎも今にも壊れてしまいそうな身体を必死に動かして僕を抱き締めてくれる。
離れないようにぎゅっと、優しく、力強く…。
「逢えた、逢えた! やっと逢えた!」
「むすび、どうして…」
僕は嬉しくて―哀しくて―思うがままに叫んだ。一方でつなぎは、ひたすら僕の事を思って心配してくれていた。
「…只、君に、つなぎに逢いたかったから来たんだ」
複雑な僕の純心をそのまま吐露した。
「そう…」
つなぎは明るく優しくも、そして何処か物哀しそうな声でそう言った。
「『ごめんなさい』と『ありがとう』をちゃんとつなぎに伝えたかったから来たんだ」
たった一つしかない筈の僕の心が、欲求的な一面と大義的な一面に別れて、異なった二つの意志を生み出していた。
それらは矛盾しているのだけれど、どちらの意志も強くて、綺麗な物には変わりはなかった。
そのうえに結局のところ、二つの意志の最終的な目的は一緒だったのだ。
「だから、その…。ごめん」
と僕は、つなぎに心から謝罪をした。
「君に甘えてばかりで、なのにいざという時に君を助けられなくて、終いには君を傷付けて、君から逃げて…。僕は身体も心も色々と弱かった。弱過ぎだよね。僕は最低だった」
僕はつなぎを通して、初めて本当の自分自身と向き合った。
「ごめん、つなぎ」
僕が謝ると、つなぎは言葉で返事をする前に、僅かに残っている温かな体温で返事をした。
「謝らなきゃいけないのは私の方だよ。ごめんね、むすび」
つなぎは今にも、涙が溢れんばかりの瞳と優しさで滲んだ声でそう言った。
「結局、私はむすびを傷付けてばかりで、守りたかった君の『これから』さえも守れなかった」
確かに、この世界は、これから先もずっと僕の事を異端者や罪人だと言って嘲り続ける事だろう。
だけど例え世界が、僕がつなぎを愛する事を異端だと―罪だと―責め立てたとしても、僕はつなぎを愛する事を何処迄も止めない。
「違う。そんな事ないよ、つなぎ」
つなぎの温もりを確かめる為に、もっと、ぎゅっとつなぎの震える身体を抱き締める。胸が熱い。
僕は光の無い世界で、ようやく君という光に出逢えたんだ。
「君は優し過ぎるよ…。寧ろ僕は、そういう君の優しさに何度も救われてきたんだ」
僕は君がいてくれたから、こんな残酷な世界でも生きていけたんだ。
そして、この夜の先にあるであろう世界でも僕は生きていくのだろう。
「だから、つなぎ、ありがとう」
つなぎへの数え切れない程の思いや喜びや哀しみが心から溢れて、それが涙となって現実に現れる。
「そう言って貰えるなんて嬉しい限りだよ。こちらこそ、ありがとう。むすび」
つなぎの眼から大粒の涙が溢れ出す。それは彼女の頬を伝って地球に落ちる。
「私ね…。君の言動が時々、怖く思えて仕方なかった」
光り輝く満ちた月と優しさに満ち溢れたつなぎが今、僕の胸の中にいる。
「君は機械の私にも愛を注いでくれた。最初の方は私は遊ばれてるんだなって思ってた。だけど違った。君は本気だった。だからこそ尚更、君が怖かった。しかも君は権威も名声も何も持ってないのに、この世界に真正面から立ち向かおうとするでしょ? だから、もっと怖かった。でも、恐怖よりも何よりも君が愛おしかった」
つなぎは僕と話をしながらも遠くにある月を見ていた。
「まぁ、何よりも君の『これから』が心配だな」
やっぱり、つなぎは僕の予想していた優しさを遥かに超えてくる。
「…大丈夫。大丈夫だよ、つなぎ」
僕は大粒の涙を流しながら、これから先もずっと続いていくこの世界で、つなぎという存在を抱えて生きてゆく決意をした。
「頭の片隅に入れて置いて…。むすびが大丈夫な限り、私は大丈夫だから…」
つなぎの言葉ひとつひとつが、僕とつなぎが共に生きてきたという事を―つなぎがこれから先の未来にはいないという事を感じさせた。
溢れ続ける涙のせいで人間とか、機械とか、そういった僕とつなぎの世界の輪郭が無くなってゆく。
凍えそうなくらい、只ひたすらに冷たい宇宙の中で地球と月は互いに身体と心を温め合って、愛し合って乗り越えて行く。
「愛してる、つなぎ」
「私もだよ、むすび」
僕とつなぎの二人の声が―心が重なる。
「愛してる」




