第5話 一人きりの放課後
あの後、僕は教室から逃げた後、都会の中にある隠れ家的な喫茶店で一時間ほど暇を潰して夜を待った。
街の光によって晒された街の喧騒や霞の向こうの月だけしか見る事が出来ない靄だらけの夜空は、まるで疲れている僕の心を表現した心象風景みたいに見えたので、僕は物凄く不快な気分になった。
相変わらず三日月だけが夜空の中、孤独に輝いている。
自分自身からも、そして彼女の面影からも離れられるような場所へ逃げ込みたくて堪らなくなった僕は、とにかく歩きたい衝動に駆られて、帰宅ラッシュが沈静化したと感じた瞬間に喫茶店から立ち去った。
それから駅へ辿り着く迄は都会の複雑な夜景で疲れないようにする為に、敢えてアスファルトの地面を見ながら歩いた。
ずっと下を向き続けたせいか首が疲れてきて、少しずつ首に疲労が蓄積して、やがてその疲労は痛みへと変わっていった。
冷え切った都会の夜の空気と騒がしい都会の雑音が同時に混在しているが、どちらも寂しさや虚しさが主軸となって構成されていた。
自然現象が運んでくる孤独感と社会が煽ってくる事によって生じる孤独感が、僕の世界を覆い尽くす。
寒風が吹き抜け、僕の脛辺りを冷やしては去って行く。こんなにもこの街は様々な人達で満ち溢れ、様々な人達が行き交っているというのに誰一人、知り合いは見当たらない。
それにしても現代の少年少女は何故こんな場所に憧れを抱くのだろうか?
その事が僕には不可解で堪らなかった。人は新しい出会いや場所に憧れを抱き、胸をときめかせてしまうものだ。
しかし現実というものは想像よりも艶やかな事は殆ど無く、一週間の内に夢や憧れ、希望といったものは非情な現実にあっという間に押し潰されてしまうものだ。
世界は非情なのだ。
それ故に人々の心は冷たくなり、温もりを求め始める。
仮に人は温もりを手に入れたとしても、その温もりは直ぐに冷たくなってしまう。
温もりに飢え凍える人が、温もりを持つ人と心を寄せ合うと凍えている人の心は温まっていくが、温もりを持っていた人は凍えていた人に温もりを奪われてしまい、やがてその、かつては温かった心は冷え切ってしまい、最終的には両者共に冷え切ってしまうのだ。
心の熱伝導と言えば分かりやすいかもしれない。結局、誰一人として恒久的に温もりを持ち続ける事なんて出来ないのだ。
僕は、そんな冷酷な世界の隅で、たった独り寂しく怯えている。
僕は心が凍え痛むような原因になるものは全て身の回りから排除したが、それと同時に恐らく愛や温もり(愛とか温もりというものが、どんなものなのか僕は理解していないが)といったものまで僕は身の回りから排除してしまった。
愛や温もりも心の痛みの原因になるかもしれないから捨ててしまったのだ。
その結果、頻繁に孤独を感じたりはするものの結局のところ、これが僕にとっての最善策だった。
そんな事を考える事が嫌になって来たので、僕は考える事を止めて現実から眼を背ける事にした。
何も考えずに冷えたアスファルトを眺めて歩いていると、いつの間にか駅に着いていた。
今朝の青く澄んだ空と現在、頭上にある冷たい黒い空が同じ空だとは到底、思えなかった。
今朝、僕のスマートフォンを拾ってくれた駅員モデルのアンドロイドがポツンと駅の端で佇んでいた。
その光景を見た僕は何となく驚いてしまった。そして数秒後には、複雑な感情が渦巻いていた。
彼は優しい働き者なのに、そんな勤勉な彼が空の色が青から橙に、そして橙から暗闇になるまで働き続けている。
平日の朝でも、休日の深夜でも彼を見かけない事は無いのだ。機械である彼は休養というものを知らないのだ。
そう考えると、僕のほぼ虚無に等しかった感情は、人間に対する憤怒と失望の念で一杯になった。
人類は愛や平等とか平和とかを尊重しようと働き掛けたり、連呼したりする割には惨めで、醜く、薄情な生き物なのだ。
あのアンドロイドの駅員からは人間特有の醜さや薄情を感じる事は無かった。
いつも通り改札を抜け人が殆ど居ない駅のホームへ向かって歩いた。
その足取りは冷たく、そして重かった。
そして現在に至る訳で、そうして教室を去った後の僕が何をしていたかを思い返していると、つい先程まで隣にいたカップルはいつの間にか姿を消していた。
そこまで気にする事でも無いので、彼等の事は数秒後には忘れてしまっていた。
次の電車が、いつ来るのかが気になったので、僕は電光時刻表の方を見た。
電光時刻表の斜め上の夜空では、眩い白色の星が発光ダイオードみたいに輝いている。
確か数分前までは月以外の星は一つとして姿を見せていなかった筈だ。
星は清い光で僕の心を和ませて肩の力を抜いてくれた。
それに対して電光時刻表の発光ダイオードの光は僕を何とも不快な気持ちにさせる。
僕が電光時刻表を見る時は大抵、憂鬱な登下校時等の無理に外出をさせられる時だから、そう思ってしまうのかもしれない。
電光時刻表で次の電車の来る時間を確認した後、再び斜め上の夜空の方を見ると、いつの間にかあの白い星は姿を消していた。
喪失感を感じた僕は、訳も分からない衝動に駆られて夜空に手を伸ばそうとした。
だが次の瞬間に突然、電車が駅のホームに現れたので、僕は驚きの余り手を伸ばす事を止めてしまっていた。
僕は駅のアナウンスに気付いていなかったのだ。彼女の白銀の髪とは似ても似つかない燻銀の電車が僕の前に立ち塞がっていて、夜空を見ようと上を方を向いても、駅の屋根と電車の車体が邪魔をして夜空を拝む事は出来なくなっていた。
僕は何故か電車の車体に気負けして、伸ばしかけた手を元に戻した。
僕は大きな絶望感に苛まれて、押し潰されて、抗えずに屈服する事しか出来なかった。
どれだけ手を伸ばそうとも僕には届かない。そういった虚しい思いで心を打ちのめされる事が堪らなくなった僕は手を伸ばす事を完全に止めた。
様々な人々が入り交じる都会では様々な苦悩や葛藤が至るところで生まれては消え、時には冷やされ、熱く燃える。
そんな都会の夜空の下で、僕は考える事を恐れて何も考えない様にした。
電車は走り、静かに揺れる。車窓の景色も移り変わりながら揺れ動く。
車窓から見える街は朝と夜で全く異なった景色を僕に見せる。
朝は太陽の眩しい光を反射して輝き、一方で夜は闇の中で自ら悍ましいネオンライトを放つ。
朝の眩しく爽やかな景色は彼女に相応しく、そして逆に夜の暗く騒がしい景色は僕に打ってつけのものだった。
朝も夜も空という概念で括ると同じものなのに、朝と夜という存在は常に対照的になっており、追いかけっこを続けている。
朝が夜に辿り着く事が無ければ、夜が朝に辿り着く事も無い。
この世界は、このような不可思議な事に満ち溢れている。
例えば「美」の対義語は「醜」であり、この概念はどちらも物事を見たり聞いたりする事によって発生するという点においては同じなのだが、意味は180度異なっている為、決して交わる事は無いのである。
このように対立関係にある概念や存在は、大きな大きな別の概念や存在によって結び付けられているのである。
そして人間とアンドロイドも様々な意味(有機物と無機物という相違点や主人と従者という相違点)で対の関係にあるが、アンドロイドも人間と同じ知的思考や感情を持つ存在であると言える。
僕を乗せた電車は高架線の上を走っている。高架線の下では沢山の人々が色々な方向に、各々の速度で進んでいて、こうして今だけは同じ場所にいるが、それぞれ違う人生を歩んでいる。
日本人の黒い髪は黒く光る昆虫のようであり、まるで大量の蟻の行列が入り乱れながら行進しているみたいに思えて、虫酸が走る。
人類は弱肉強食の世界の中で生きている蟻や蜚蠊等の昆虫よりも醜く無情な生き物だと僕は思っている。
僕は眼下の姦しい光景から眼を背けて、代わりに夜の色―紺が少し混じった黒の様な色合い―に染まる高層ビル群の上の方をぼんやりと眺める事にした。
もう一度、何となく高架線の下を見ると黒くて醜い人々の群れの中で、一つだけ白銀の一筋の光が、か細く輝いていた。
僕は車窓の中を流れゆく人々の黒い髪から、白い一筋の光の方へと焦点を合わせ直した。
僕だけは高架線の下の街中で輝く一筋の光の正体を直ぐに理解する事が出来た。
暗闇の中で独り輝く光の正体は彼女―機械仕掛けの少女―だった。
彼女の肉体や存在感は人混みの中では、かなり異質に感じられた。
特に彼女の銀のたなびく髪は人々の邪念で満ち溢れた風景を反射すると同時に、僕だけに希望の概念を布教した。
何故か僕は彼女に淡い期待を抱かずにはいられなかった。
それは本能的なものであり、抗う事は不可能だった。
そんな僕は、まるで光に群がる虫のようだった。
出来る事ならば僕は彼女のみを知覚していたいと思った。
彼女以外の物を知覚する事は、僕には凄く憂鬱だった。
車窓が車内と外界を隔てているが為に、どれだけ僕が手を伸ばしたとしても、僕の手が彼女や夜空の月に届く事は無いのだろう。
そんな事を考えている時、僕はどうしようもなく無力感に襲われてしまうのだ。
プラチナに輝く麗しき彼女は移りゆく車窓の外の景色に流されてゆき、彼女がいたあの景色は消え失せ、まるでそれに取って代わるように冷えた都会の夜景が車窓の風景として現れた。
夜の街がどれだけ僕を粗雑な光で照らしてくれたとしても、電車の暖房がどれだけ僕に温かい空気を送ってくれたとしても、僕の心は温まる事は無く、寧ろ膨大な虚無感が僕の心に伸し掛かるだけだった。
騒音を立てながら揺れる車内には僕だけしか居なかった。電車は光り輝いていた街から離れて行き、暗い静まった住宅街へと近付いて行く。
車窓から見える景色が大人しく寂しくなるに連れて、僕の孤独感や虚無感は一層強くなってゆく。
最寄り駅の辺りまで行ってしまうと、もうそこには都会の面影は無くなっていて、都会の面影の代わりに愉しげな家庭の温かそうな雰囲気があちらこちらで感じられた。
各家庭がそれぞれ違う場所で多種多様かつ何処か共通した温もりを放っている。僕にも、その温もりを分けて貰いたいものだ。
嗚呼、温もりが欲しい。いや、やっぱり要らない。僕には似合わないだろうから…。
だけど似合わなくても良いから僕は温もりが欲しい。欲しくて堪らない。
例え理性が優しさという心地良い甘美な蜜を拒んだとしても、人間として生まれて来てしまった以上、我々は構造的に甘美な蜜を求めてしまうものだ。
どうしようもなく僕も人並みに温もりを求めずにはいられなくて、様々な思考や感情等を操り、拒み続けてはいるものの、結局は抗えずに僕は温もりを探し続けてしまうのである。
僕は自分自身も醜き求愛のサイクルの中に居る事に今、初めて気が付いた。
僕は温もりと温もりとの隙間に存在している孤独の中に居た為に、ずっと寒さに震えていた。