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第11話 これが現実、そして真実

 気が付けば辺りは暗くなっており、繁華街には灯りが燈り初めていた。


 僕は夜のオフィス街を一人歩いた。

 先程の繁華街の賑やかさと相反するように夜のオフィス街は静寂に包まれていた。

 夜のオフィス街が僕の心を暗くさせているのか、それとも僕の心が夜のオフィス街を暗くさせているのか、僕もオフィス街のどちらも良く分かっていなかった。


 僕は、もう一度ほどきに助けを求める為に再び彼の研究室に向かっていた。

 しばらく歩き続けた末に僕は高層ビルの森を潜り抜けて、やっとの事でほどきの研究所に辿り着いた。


 僕は研究室のあるビルの中に足を踏み入れて、寂れた廊下をひとり歩いていた。

 真冬だというのに暖房も点けられていない廊下は冷気の大通りとなっていて、身体中は勿論の事だが、特に足元が寒くて堪らなかった。


 僕は彼の研究室の入り口に着いたものの、直ぐには入らずに扉の前で立ち止まってしまった。

 ほどきと彼の愛した人の残酷且つ哀れな姿を見る事がとても怖かったのだ。

 僕は覚悟を決めると同時に、扉に向かって手を伸ばそうとしたが、自動扉だった事を忘れており、また僕の手が扉に届くよりも先に扉が開いた。


 扉の先にあった光景は、まるで異質そのものだった。


 ほどきの研究室は荒れ果てており、ぼろぼろになっていた。

 机上に置かれてあったと思われる資料は彼方此方に散らばっていたり破れていたりしていた。

 アンドロイドの肌の品質を保つ為にアンドロイドを保管し、更にコーティング剤の溶液で満たされていた容器は割れており、床には容器の中に入っていた緑色の液体が零れていたりしていて、散らばった資料を濡らしていた。

 そして、その容器の中に入っていたであろう製造段階のアンドロイド達がぼろぼろになって彼方此方に転がっている光景が、妙に僕の感情をおかしくさせた。


 昨日、僕が間違って入った奥の部屋の扉が、ほんの少し開いている事に気付いた。


 僕は恐る恐る奥の部屋に近付いて、その扉を開けた。

 すると、いきなり見ているだけでも心が痛くなる光景が眼に飛び込んできた。


 そこでは死んだ筈のほどきが愛した人の形をしたアンドロイドをほどきが抱えていた。

 だけど何故か、そのアンドロイドは凄惨過ぎると直ぐに思える程に壊れていた。


「何しに来た?」


 眼を真っ赤に腫らしたほどきが、そう僕に訊いてきた。


「そっちこそ、何がどうなってるんですか? 来てみたら、こんな事になってますし…。訳が分かりませんよ」


 と僕はこんがらがった頭を整理しながら聞き返す。


「…壊した」


 そう、ほどきが一言だけ呟いた。


「えっ?」


 彼が何を言っているのかが僕には分からなかった。


「壊れたんだ、何もかも…」


 ほどきは可笑しそうに、虚しそうに、こうなってしまった経緯を話し始めた。






「これでやっと、また君に、君の笑顔に逢える」


 そう思いながら俺は、彼女の形をしたアンドロイドを起動させた。


 また、あの幸せな日々が戻ってくると思っていた。いや戻ってくると自分に無理矢理、言い聞かせていた。


 だが俺が思っているよりも遥かに現実は過酷で、冷酷で、残酷だった。


 彼女の形をしたアンドロイドが眼を開けて、ゆっくりと俺を―俺の目を―見た。


 この世界からいなくなった彼女の名前を俺はそのアンドロイドに呼んでみた。すると…


「アナタは誰ですか?」


 と彼女の形をした機械は無表情な顔で、他人行儀にそう言った。


「誰って…。変な事、言うなよ」


 と苦し紛れに笑いながら俺は言った。


「俺だよ、ほどきだよ…」


 彼女の形をしたアンドロイドに向かって弱々しく―優しく―話しかけてみた。自身の正体を明かしてみた。


「知らない」


 彼女の形をしたアンドロイドが、そう呟いた。無表情な瞳で俺を見つめながら…。


「じゃあ二人が初めて出逢った日の事、覚えてる? ほら、大学の研究室の飲み会で二人、熱く語り合ったじゃねぇか!? なぁっ?」


 心の中で芽生えた不安を掻き消す為に俺は何度も、ひたすら、この機械にあの輝いていた日々の記憶の有無を尋ねた。


「知らない」


 また彼女が無機質な声で、そう呟いた。返って俺は必死になって彼女の形をした機械に話しかけた。


「じゃあ、二人で研究所を設立した日の事、覚えてるか? 俺達、二人で明るい未来を創ろうって約束したじゃねぇか…」


 非力な俺は弱々しく、縋り付くような声で彼女に訊く事しかできなかった。



「知らない」



 その一言が理解したくない事を、敢えて有耶無耶にしていた事を理解させてしまった。


 愛した人の形をした機械を造っても、あの幸せな日々は戻って来ないという事を…。

 アンドロイドをどれだけ死んだ彼女に似せたとしても、彼女(本人)では無いという事も…。

 だから彼女の人格と異なるのは必然であり、二人で過ごした記憶はこの機械の中には欠片も無いという事を…。


 俺は自身にとって不都合な真実を一気に痛感した。


 その全てを身体と心が理解した瞬間、今まで必死に抑えていた何かが壊れた。


「あぁあぁああっ!!」


 声が枯れるまで叫んだ。喉が潰れるまで嘆いた。

 錯乱状態に陥った俺は、死んでしまって今はもういない彼女の形をした只の機械を殴打して壊した。

 荒れに荒れた心が暴走して、彼女との想い出が詰まった研究所を手当たり次第に壊した。

 残酷な現実に駄々を捏ねるように暴れて、疲れて、辺りを見渡して、ようやく今の自分が見えてきた。


 俺が独りで足掻いた末に残ったものは自分自身の醜さと想い出の亡骸だけだった。


 万物が流されるがままに未来に向かって進んでゆく中で、俺はたった独り、流れに逆らって過去にしがみついていたのだった。


「俺はただ幸せを取り戻したかっただけなんだ。…なのに、それにしても報われねぇな、全く…」


 と言いながらほどきは哀しそうに、嬉しい事なんか微塵も無い筈なのに笑っていた。

 彼は自身を皮肉して戒めていなければ、会話ができなくなってしまう程に精神が弱っているように僕には思えた。


「そうだ…。オマエに伝え忘れてた事があるんだった」


 ほどきが同類の人間を憐れむような眼で僕を見ながら話し始めた。


「オマエさ、ここに置いてあったバッテリー盗んだだろ?」


 突然、ほどきは、まるでどうでも良いかのように僕に詰問してきた。

 それを聞いた僕は心臓を貫かれたような感覚に陥り、瞼の下の方に言いようのない不安定が現れた。


「あれは実はアンドロイドを絶対に壊す為に造った物なんだ…。俺たち人間にとっての脳のような役割を持つアンドロイドのメインコンピュータ、謂わゆる人工知能を上手いこと熱で攻撃して故障させるんだ。しかも安価でエネルギー効率が良くて、直ぐには故障の症状が現れない。要は俺の復讐の為に造られたアンドロイド専用虐殺兵器ってとこさ…」


 希望のあった未来が今、完全に閉ざされた。


「それを使ってるんだったらオマエが昨日、連れて来たアンドロイドは多分、持ち堪えたとしても、せいぜい今日が限界だろうな」


「えっ?」


 現実が、いきなり不意を突いてきた。

 言葉通り僕は突然、後ろから背中を刺されたような感覚に陥った。


「なんで…」


 僕はそっと呟く。

 燃え盛る怒りの前触れだと未だ正気を余り保てていない彼にでも、それは一目瞭然だったであろう。


「何で、今になって、そんなこと言うんですか!? せめて昨日にでも言ってくれたら、助けてくれたら良かったじゃないか!」


 僕は大声で、敬語も忘れてほどきを責め立てた。


「…アンドロイドが憎かった。だから昨日は言わなかったし、助けなかった」


 ほどきの言っている事が僕には分からなかった。

 だけど全く分からないという訳でも無かった。


「ふざけるな! そんな自分勝手な事のためにつなぎは、つなぎは…」


 僕はほどきの右肩を力一杯に掴んで振り向かせた。


「オマエを見ていると何故だか昔の俺を見ているような錯覚に陥るんだ。不思議と蔑ろにできないんだよ。だから今日、俺はオマエにこうして伝えたんだ」


 とほどきは身勝手な主張を真剣に、僕に伝えてきた。


「まだ、つなぎが助かる可能性はありますか?」


 僕は煮え滾る感情を必死に抑えながら、ほどきに尋ねた。

 つなぎを助ける為に、迸る憎悪を一瞬だけ捩じ伏せた。


「昨日なら、まだ間に合っただろうが、もう今となっては何をしても助かる見込みは無いだろう…」


 ぴきりと僕の心に亀裂が入る。


「何だよ、それ…。そんなのって無いよ…」


 抑えていた感情が抑えきれなくなって暴れ出す。だけど僕の感情の中に僕と同族であるほどきの憐れなる感情が紛れ込んできたような気がしたので、僕は黙って突っ立っている事しかできなかった。


「くそっ!」


 僕はほどきの胸倉を掴んで、思いっ切り殴った。


 べきりと生々しい音が痛々しく二人の身体に響いた。


 ほどきの左頬が真っ赤に腫れ、彼の歯が一つ吹き飛んだ。

 彼は流石は理系の人間といったところか冷静に口内に溜まった血を吐き出していた。

 歯が一つ吹き飛ぶくらい力いっぱい殴られたというのに、ほどきは全く怒らず只、黙っているだけだった。


 また沈黙が訪れた。


「早く行け…」


 先に沈黙を破ったのは、ほどきの方だった。


「俺がオマエに言えるような立場じゃないが、大切な人と共に過ごせるっていう事は当たり前の事じゃないんだ」


 とほどきは哀しそうに僕に話す。


「分かってるだろうが、それは俺が身を持って痛感してる」


 僕に殴られて真っ赤に腫れていた彼の左頬は、もう青紫になっていた。


「だから、せめてオマエには報われて欲しいんだ…」


 ほどきは現在の僕に過去の自分自身を重ねていた。


「むすび、早くあのアンドロイドのところへ行ってやれ!」


 まるで、ほどきは昔の自分の背中を押すかのように、檄という手段で僕の背中を押した。


 彼の眼はもう醒めていた。


 僕はほどきの言っている事を薄らと理解してはいたけれど、やっぱり未だつなぎがいなくなってしまうなんて事を認めたくなかった。信じたくなかった。


 でも、やっぱりつなぎの事が心配で仕方なかったので、取り敢えず彼の言う通りにして僕は小走りでつなぎの元へと向かった。

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