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第6話 対立

 僕達は彼のいる研究室のビルの前まで、何とか辿り着く事ができた。


 ビルの玄関に取り付けられている鉄製の看板には「源研究室」と彫られている。

 この看板を見てしまった事で、一気に僕の心の何処かにあった微かな希望と一握りの勇気は一気に萎んでしまった。


 僕か、もしくはつなぎに自動扉のセンサーが反応して、ビルの玄関の自動扉が滑らかに開いた。

 先程と変わらず僕はつなぎを首と肩で支えながら無感情な研究所に足を踏み入れた。


 このビルは冷たい空気で満ちていて、それにしても相変わらず色が無い。

 そんな事を思ったりしながら、普通に歩いていてもカツンと足音が響くくらい静寂に包まれた廊下と階段を歩く。

 ある程度、進むと無色無味無臭の廊下の奥には情熱の残骸だらけの彼の研究室が見えてきた。

 あっという間に僕は彼の研究室の前まで着いていた。


「つなぎ、ここで待ってて」


 そう僕が言いながら、そっと冷たい壁にもたれさせると、つなぎは「OK」と言って優しく笑った。

 僕はこの冷たくなった扉を開けなければならないのだけど、彼に会いに来たというのに、扉の向こう側に高確率で彼がいる可能性があると思うとどうしても臆してしまう。


 そうやって何もできないまま立ち尽くしていると、早とちりした扉の方が勝手に開いた。

 そういえば、この研究室の扉は自動扉だった。


 扉の向こう側には、僕と同様に疲れた眼をしたほどきがいた。


 開いた扉に反応して、僕の方を見た瞬間、何かに気付いたほどきは驚きの余り疲れた眼を大きく見開いた。


 ほどきは僕よりも、僕の後ろにいるつなぎを見ていた。

 果たして、ほどきとつなぎは目が合っているのだろうか?


 つなぎは僕の背中側で座っていたので、僕にはつなぎの様子が全く把握できなかった。

 ほどきは自動扉が閉まる迄、ずっとつなぎを見つめていた。


 閉まった自動扉が壁に戻り、境界線となり、僕とつなぎを隔てた。

 その結果、研究室は僕とほどきだけとなった。

 研究室にキーンと耳鳴りがするくらいの沈黙が立ち込める。

 音が無くなると、前に来た時には気付かなかった化学薬品の匂いや機械油の匂いが辺りに混在している事に気付いたりした。


「…そんで、何の用があって来たんだ?」


 先に沈黙を破ったのは、驚きを隠して冷静を装っているほどきの方だった。

 彼の声は普段以上に冷たく、鋭く尖っていた。


「…つなぎを僕達を助けて下さい! お願いします!」


 思い切って、彼の冷たい問いが熱くなってしまうくらい感情の籠った大きな声で僕は、彼に助けを求めた。


 彼の冷たくなってしまった心と僕の今にも沸騰してしまいそうな心が、互いを飲み込もうとしているのだけれど、一向に片方が飲み込まれたり中和したりする気配は無く、結果、この研究室は冷気と熱気が相容れる事無く混在する事となった。


 彼は疲れているのか冷め切っているのか良く分からない眼差しで僕を見ながら


「話してみろ」


 と言った。或いは差別的な眼で僕を見ていた。


 僕は廃ビルであの女性に話したように、つなぎの事をほどきに話した。

 そのまま、つなぎとの出逢いから現状を隅々まで説明した。


 つなぎが機械アンドロイドだという事も…。


「んで、俺にそいつを助けてやって欲しいって訳か…」


 僕が話を終えると、ほどきは呆れたと言わんばかりの口調で僕にそう言った。


「はい…」


 呆れられる事も蔑む様な眼で見られる事も分かっていた筈なのに、悔しくて哀しくて堪らなかった。


「それにしても、オマエも馬鹿になったもんだな…」


 彼はそう言って額に手を当てて深い溜息を吐いた。


「たかが風俗用アンドロイドの為に逃げ回ってさ…」


 彼は冷えのせいで休まる事もなく疲れたままの眼で、僕を見ながら―僕を小馬鹿にしながら、話を続ける。


「そんな事してオマエの親御さんも心配してるんじゃねぇのか?」


 ほどきが何のつもりで言ったのかは良く分からないが、何故か急に親の事を話題に挙げた。

 ここで何故、僕にとって希薄な繋がりでしかなくなった家族を持ち出してくるのかが分からなかった。


「は?」


 思わず声に出してしまった。今は親とか世間体とか、そんなものどうでも良いじゃないか!


「今、そんな事どうだって良いだろ…」


 心の声が漏れるどころか溢れていた。


「それより、つなぎを助けてくれよ!」


 必死になる余り、僕は礼儀作法も敬語も全て忘れてしまっており、僕の口調は物を頼んでいる態度というよりは喧嘩を吹っ掛けるような態度に変わり果てていた。


 しかし、ほどきはそんな僕の態度なんて、これっぽっちも気にしてはいなかった。

 どちらかというと、ほどきは僕の態度なんかよりも機械仕掛けの少女の方が気に食わないと言った様子だった。


「ってゆうかさ、そのアンドロイドって『A―279』だろう?」


 ほどきは僕の痛々しい叫びを無視して話を続ける。


「それさ、実は俺が造ったアンドロイドなんだよ…」


 僕は余りにも衝撃的で残酷な真実を聞いても、慣れてしまったのか、それとも残酷な真実に追い付けずに意味が分からなくなってしまっているのか、戸惑う事さえできなくなっていた。


「どうせここに来る迄に一騒ぎ起こしたんだろ? 色々、製造責任とか負わされんの嫌だからよ…。とにかく、そいつを俺に寄越せ」


 ほどきは遠回しに僕に残酷な要求をしてきた。

 ほどきは間接的に「つなぎを見殺しにしろ」と言ってきた。


「それに、またアンドロイドに暴走されたりでもしたら、死んだアイツにどんな顔すりゃ良いんだよ」


 ほどきは溜息を吐きながら何処か哀しそうに、そう呟いた。


 僕はその時、ほどきの傍から―この世界からいなくなってしまった、とある女性を思い出した。

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