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第5話 窮地の中で行われる安らかな戯れ

 地球の重力のせいなのか、それとも余りにも酷過ぎる現実のせいなのか、廃れた廃ビルを降りる僕の足取りは妙に重くなっていた。


 僕の身体も心も、どんどん下へ下へと降下していく。


 そして僕は廃れたビルの入り口―腐食したビルの底に辿り着くと、そこには自身の過酷な運命と文字通り、命懸けで戦っている機械仕掛けの少女が優しい顔をして待っていた。


 痛過ぎて、哀し過ぎて、苦し過ぎる筈だというのに、僕の事を思ってくれているからなのか、つなぎは呻き声一つ上げる事無く静かに待っててくれていた。僕が戻って来たと同時に、僕の疲れ切った眼にも気付いた彼女は温もりのある声で


「大丈夫?」


 と僕に尋ねてくれた。苦しんでいるのは、崩れそうなのは君なのに…。


「…うん、僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 僕はまた、つなぎの優しさに、気配りに救われてしまう。だけど、それは同時に僕を傷付けてしまう。僕という存在の弱さを、心の弱さを痛感してしまう。


「駄目だったよ。ごめん…」


「どうして、むすびはさ、そうやって直ぐ謝るの? 君は何も悪い事してないのに…」


 君の優しさは最も容易く僕の浅はかな期待を飛び越えてくる。


「ねぇねぇ! 話、変わるんだけどさ、あの喫茶店いつかまた二人で行こうよ!」


「えっ…!?」


 僕はつなぎが急に話題を変えたので、びっくりしたが、それもつなぎの優しさなのだと僕は直ぐに分かった。


「あ、あぁ…。うん、そうだね」


 こんな大変な時だからこそ自分を奮い立たせて、つなぎの心の支えにならなければいけないというのに僕はつなぎの優しさに甘えてしまう。


「ところでさ…」


「ん、どうしたの?」


「むすびはさ、今行ってみたい場所とかあるの?」


明らかにつなぎは、僕の鬱屈とした気持ちを少しでも紛らわせようとしてくれていた。


「う〜ん。行ってみたい場所か…」


僕は何処に行きたいのだろうか?


「インドアだからそんな事、余り考えた事なかったな〜。札幌、伊勢神宮、沖縄…。外国だったらロンドンやニューヨークとかは行ってみたいと思った事はあるよ。それと馬鹿みたいな話だけどさ、この先、宇宙旅行ができるようになってたら月とかに行ってみたいとは思うよ。夢の中なんてのも面白いかもね…」


「へぇ〜。むすびって浪漫チストなんだねぇ。むすびのそういうところ、好きだな…」


 実は今の僕が並べた場所の中に、本当に行きたい場所なんて一つも無かった。


 だけど仮に本当に行ってみたい場所があるとするならば…


 ここ、つまりは君の傍なのだろう。


 つなぎが一緒に居てくれるのであれば、何処までも行こう。




 ぼろぼろの廃ビルの割れた窓から、白銀色に光り輝く月が見えている。


 相変わらず夜空の月は綺麗で儚げで、何となくつなぎの優しさに近い温もりが感じられる。


 僕を安心させようと明るく振る舞うつなぎの傍で、僕は僕達を助けてくれそうな人を、まるで捻り出すかのように思い出していた。

 母親、父親、学校の教師、学校のクラスメイト、必死に足掻きながら今をぎりぎり生きている妊娠中の元風俗嬢…。

 僕は記憶の中を手当たり次第に探し回ったが、助けてくれそうな人は誰一人として思い浮かばなかった。


 そんな風に諦めかけていた時、とある青年の姿が脳裏をよぎった。


 可能性は1%も無いが、もしかするとあの人ならば理解してくれるかもしれない。

 頼りになる人は―僕達を助けてくれそうな人は、もう彼しか思い浮かばない。


 僕はつなぎの腕を首と肩に掛けて、人通りが多い大通りを避けながら、人通りの少ない怪しげなホテル街を走る。


 彼に対して小さな期待とそこそこの憂鬱を感じながら…。


 僕はつなぎとの幸せな日々を再生させる為に、彼がいるであろう研究室に向かって走った。

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