第13話 誕生悲話②
小さな窓の隙間から、外の世界を照らしている光が僅かに漏れていた。
その外の世界から差し込む光は壁や床を照らして、その汚れを露わにしていた。
その光は時間が経つに連れて白から橙、橙から紫へと色を変えたりして、絶望に打ちひしがれていた私の隣で楽しそうに遊んでいた。
やがて、その光は徐々に暗い紺色へと変貌して、最終的には優しげな外界の光はいなくなってしまった。
私は只、その光の様子が変わりゆく様を、部屋の隅でぼんやりと眺めていた。
それが当時の産まれたてながらに傷心した私にできた精一杯の現実逃避だった。
私はあの醜悪な男が去ってから、ずっと汚れた部屋の片隅で独りきり、しゃがみ込んで只々、泣いて大粒の涙を流していた。
「おいおい何、泣いてんだよ?」
と隣で誰かの座り込む音と共に誰かの声が聞こえた。
その声は刺々としていたが、不思議と怖さを感じる事は無く、寧ろ温かい温もりを感じる程だった。
慌てて声の聞こえた方向に目を遣ると、そこには大人びた女性が胡座をかいて私の隣に座り込んでいた。
三度、私の前に現れた人間に対して、嫌悪感と恐怖感が働いて、私は咄嗟に拒否反応を起こして後ずさってしまう。
「まぁまぁ、そんなに驚くな! 私はアンタと同じアンドロイドだから!」
それを聞いた瞬間、私は更に驚いた。
それと同時に同類の仲間がいるという事に少し安心した。
だけど自身をアンドロイドだと言う割には、彼女の仕草や雰囲気は人間そのもののようだった。
なので私は中々、彼女を機械だと認識する事ができなかった。
「アンタ、名前は?」
と彼女は私に名前を尋ねてくれた。
名前を尋ねられた事によって初めて私は、これといった名前というものが無い事に気付いた。
なので私は鎖骨の下に刻まれていた英数字を名前だと思って答える事にした。
「…A-279」
これが本当に名前というものなのだろうかと疑問を持ちながらも、仕方無く人間が私に与えた個体識別番号を答えた。
私が個体識別番号を答えた途端、彼女は顔を引き攣らせて
「はぁ? 何で識別番号なんかを答えるんだよ。つまんねぇ名前だな」
と彼女は私を小馬鹿にしながら、つまらなさそうに言い放った。
「…」
しばらくの間、静寂が汚れた室内を包み込んだ。
何故か彼女は、まるで自分の妹を見るかのような温もりのある優しい瞳で私を見つめていた。
そして同時に、彼女の瞳からは溢れそうな憐れみが見え隠れしていた。
「よし! そんじゃあアタシがアンタの名前を付けてやる!」
私の涙で潤んだ瞳を見つめながら、歯が見えるくらい笑っている彼女は、そう提案してくれた。
そして何気なく、彼女は優しくそっと私の右肩に手を置いた。
彼女の腕や手の豪快な温もりが、背中や右肩を通して身体中に伝わった。
その温もりに、産まれて初めての心地良さを感じた。
「う〜ん。そうだな…」
頭を悩ませて、私の名前を念入りに考えてくれた彼女の横顔は今でも鮮明に覚えている。
「よしっ! 『つなぎ』だ! 今からアンタの名前は『つなぎ』だ!」
何故、彼女が私に「つなぎ」という名前を与えてくれたのかは結局、今になっても、はっきりと分かっていない。
単に彼女の思い付きなのか、それとも、これから先に広がっている私の未来が、幸せな世界に繋がっているようにという祈りを込めて名付けてくれたのだろうか?
兎にも角にも、こうして私は「つなぎ」という温かくて、掛け替えの無い名前を授かった。




