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第3話 邂逅

 その日の夕方、僕は明日に提出しなければならない数学の課題を教室に置いてきてしまった事に駅前で気付いた。


 学校に戻ってみると殆ど人は出払っていて、まだ学校に用事のある生徒達が数人、寒く物哀しい校舎に残っているだけだった。

 しんみりとした冷気が学校中を満ちていた。次の電車に間に合わせようと僕は急ぎ足で校舎に入り、冷えた隙間風が通る廊下を歩いた。

 これは、あくまで勘に過ぎないのだが、長い廊下の先にある僕の学級の教室から何者かの体温を僕は感じ取った。

 だが、そんなものは、どうせ思春期特有の五感の誤作動のようなものだろうと踏んだ僕は、その直感は無視する事にした。


 教室の前まで辿り着いた僕は教室の扉を開けようと扉の取っ手に触れて開けようとしたその時、教室の中に白い滑らかなものが扉の磨りガラス越しに見えた。それを見た時、僕は何故か安心してしまった。


 だが磨りガラス越しの物体を見た事も、それを見た時の安心感も僕は思春期特有の語感の誤作動だと思う事にして、僕は扉の向こうの小さな世界に身を委ねる様な心持ちでそっと教室の扉を開いた。



 扉の向こう側には、ファム・ファタールがいた。



 白く細く、触れると今にも折れてしまいそうだが貧相には見えない腕と脚、きめ細やかな滑らかな肌、今にも吸い込まれてしまいそうな青い瞳、そしてしなやかに靡く白銀の髪。こうした美しい身体の各部位ひとつひとつが互いに交わり、絡まり合う事によって一つの美の結晶となる。美的価値観なんて人それぞれだと思うが、少なくとも僕にとっては間違いなく彼女は「完成された美」そのものだった。


 彼女の右肩から胸にかけて、皮膚の下にある金属部分と、更にその奥にある幾何学的な内部の複雑に入り組んだ配線が露出している。要するに、彼女の右肩には大きな傷が痛々しくも何処か美しく刻み込まれていたのだ。


 その傷は惨たらしいものではあったが、それと同時に、こうして吸い込まれるように見ていると何故か心が安らかになった。


 数秒後、僕が少し顔を上げると、僕と彼女は自然と、運命に視線を運ばれるかのように眼と眼が合った。


 その瞬間から、僕はもう彼女の哀しみに満ちた青い瞳から逃げられなくなった。


 彼女の白く滑らかな肌も、温かな光を反射する白銀のたなびく髪も、サファイアよりも青くきらきらとした瞳も、そして惨たらしい無機物的な傷跡でさえも、ただひたすらに美しかった。


 こうしている間にも僕と彼女との間には、常に沈黙が流れ続けていて、その沈黙に怖気付いた僕は慌てて言い訳を並べ始める。


「あっ、それは、その、何ていうか…」


 言葉になっていない言い訳をする僕の顔は真っ赤になっていた。


「ち、違うんだ」


 彼女はその半透明の青い瞳で、僕の心中を探るように僕の濁っている瞳をじっと見つめていた。

 再び沈黙が二人を襲った。しばらくして沈黙をものともしない彼女によって、あっさりと沈黙が切り裂かれた。


「あなたは何とも思わないの?」


 と彼女は落ち着いた口調と安心感のある(女性らしい声ではあるが女性の甲高い声特有の煩わしさが全く無い)声で僕に問いかけてきた。


 今思えば、これが僕と彼女の人生がコネクトした決定的な瞬間だった。


 彼女の問いが何を意味しているのか、僕は一瞬だけ理解できなかった。

 だが、もう一度、彼女の身体を見て確認した事によって僕は彼女の込み入った諸事情を理解した。

 先程も述べた様に、彼女の身体には右肩から胸にかけて大きな傷が付いていて、その傷口の奥には人間にはある肉や血液は無く、代わりに電子機器や複雑な回路が交わり絡まり合っていた。


 僕は、それを認識した瞬間、彼女が人間ではないという事を知ってしまった。

 異彩を放つ白銀の長い髪を持ち主である彼女は、コバルトブルーの綺麗な瞳を持つ彼女は…



 アンドロイドだった。

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