第7話 君の名前は
「ねぇ、あの仕事は未だやってるの?」
僕は数日間、心に引っかかっていた彼女の例の惨たらしい仕事の事情を思い切って尋ねてみる事にした。
僕の疑問を聞いた彼女の表情には曇りが見えてきていて、再び暗くなっていた。
「ううん、君が私を連れ出した、あの日以降はやってないんだけど…」
と僕に返事をしながら俯く彼女の姿は妙に僕の心を刺激する独特の切なさを持っていて、それが僕の願望に満ちた善意を駆り立たせた。
「あの仕事、辞めなよ。ああいうのは君には合ってないよ」
僕は遂に思い切って、彼女に伝えたかった事を伝えてみた。
一般的には彼女に対しての提言だと捉える事の方が容易なのだろうが、少なくとも僕自身は自身の欲求をそのまま伝えた「お願い」だと捉えていた。
何故かは分からないが、彼女には提言だとは捉えて欲しくない僕がいた。
僕自身の強引な願望だと彼女に捉えて欲しい僕がいた。
「そうしたいんだけど、他に生活費を賄えるくらい稼げる仕事が無くってさ…」
と明るい振りをした暗い声で話す彼女の姿に耐え切れなくった僕は決意を決めて
「じゃあさ、僕がバッテリーと電気代の事は何とかするからさ! お願いだから、ああいう仕事は辞めてよ」
と提案と懇願を混合しながら彼女に訴えかけた。
切実さと悔しさと哀しさで一杯だった僕の心情を読み取った彼女は
「ありがとう。やっぱり君は妙に優しいところがあるね。だけど私の心配はしなくて良いよ。私はなるようになるから…。それに、そんなこと言ったって高校生の君には無理があるし、何より私が『君に申し訳ないな』って思っちゃって、きっと耐えられなくなると思うから…。だから気持ちだけは受け取っておくね。ありがとう」
と優しい微笑みを湛えながら、僕が傷付かないように―僕に迷惑を掛けない為に、丁寧に断った。
そんな彼女の優しさを理解していながらも尚、僕は食い下がり続けた。
此処で退いてしまったら、僕と彼女の距離は二度と縮まらないまま僕達の関係は終わってしまう気がして堪らなかった。
「僕の事なら心配しないで! 実は僕の従兄弟はアンドロイドの研究家なんだ。従兄弟の研究室には使わずに放置してあるアンドロイドのバッテリーとかが一杯あるんだ。電気代も僕が何とかするよ! 僕の親って金持ちで子煩悩だから滅茶苦茶、小遣いをくれるんだ。しかも僕は滅多にお金を使う事なんてないから…。だから一度だけ何も言わずに僕に任せてみてよ」
僕は真実と嘘を織り交ぜて彼女を説得しようとした。
僕の必死の説得を聞いた彼女は
「それだけ君が言うなら、一度だけお願いしてみようかな」
と言って仕方無く折れてくれた。
恐らくだが彼女は僕の話の内容よりも、僕の平常を装った表情の裏側にある必死な鬼気迫る迫力に押されてしまったのだと思う。
兎にも角にも彼女が僕のお願いを承諾してくれた事が嬉しくて堪らなかった。
互いに独りで暮らしてゆく薄曇りの毎日よりも、少なくとも数日間は僕と共生する日々を彼女が選んでくれた事に僕は安心した。
僕が喜んでいる隣で彼女が思い出したかのように話し始めた。
「ねぇ、そういえば私達ってお互いに名前を知らないよね? それって何だか変じゃない? 君、名前は?」
と彼女が今までより比較的軽快な感じで僕に尋ねてきたので
「あぁ、僕の名前は『むすび』、『高木 結』。君の名前は?」
という風に僕は、彼女に僕自身の名前を教えた。
こうやって誰かと親しくなる瞬間は嬉しくも恥ずかしくもなる事を僕はこの時、初めて知った。
「私の名前は『つなぎ』! よろしくね、むすび!」
僕の何の価値も無い空虚な人生の中で哀しみや喜びを分かち合った―繋ぎ、結んだ―人は機械仕掛けの少女が初めてだった。
つなぎは僕にとって初めて心が通じ合った相手だった。




