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新婚生活.3

 翌日、ライマは思いきって「後学のため」と理由をつけて、王宮第48部室担当、通称【変態モグラ】の部屋を訪れた。 変態モグラは既に50歳に近い、ほどよくダンディズムが崩れた男である。 現在は男色家として有名なのだが、若い頃は女性に大モテで泣かした女の数は星の数ほど、らしい。 ただし王宮の専属部に勤めているだけあって口は固く、信用はできる男だ。 彼ならばラムールが妙な質問をしたとて第三者にペラペラと話すはずはない。


「おおおおお。 ラムールくん! 君がわざわざ朕の部室に遊びに来てくれるなんて、今日はなんと素晴らしい記念日であろう! 早速カレンダーに丸をつけようでわないか!」 

「ご遠慮致します」

「そう言わず! 君から立ち上る、えもいわれぬ香しい体臭が朕の部屋に刻みつれらけるこの良き日、記念日と言わず何と言おう!」

「……」


 やっぱりこの変態に近付くべきではなかったと激しく後悔しながらも、ここまで来たのだ、諦めるしかない。 変態モグラはわざわざクッションを持ち上げると自ら顔をこすりつけ、そしてそれをソファーの上に乗せると、「さ、まま、こちらへお掛けなされませ」と勧めるのだった。

 しっかり断ってからラムールは本題を切り出す。 当然、自分が女であることなどばれてはいけないので、知り合いの婦人からの相談で、と前置きをしてからである。


「ほほう、つまりは結婚5年後の夫婦間において夜の営みが無いので、不安になったそのご婦人が愚痴をこぼされたと、そういうことですな?」

 変態モグラはとても嬉しそうに目を輝かせて話に乗ってきた。

 住み始めては数ヶ月だが、夫婦になってからはもうそんなに月日が経つ。

「いわゆる倦怠期ですな。 5年も経った古女房を相手にすれば当然」

「と、当然? 普段の仲は非常に良好的なご夫婦ですよ?」

「では夜の営みのみが足りぬというのなら、次に疑うべきは夫の浮気です」

「浮気は絶対にありえません」

「おおおおお。 即答ですか。 しかし誠実なラムールくんには分からぬでしょうが魅力的な相手がいれば例えパートナーがいても道を踏み外すことはままあること」


 変態モグラはそう告げてじりっとラムールに近付いた。

 同じぶんだけじりっとラムールも後ずさる。

 その嫌がる姿を見た変態モグラは何故か嬉しそうにニヤッと笑い、鼻をかいた。


「ならばその古女房の努力不足ですね?」

「努力不足?」

「ええ。 常に夫が妻を抱きたくなるような努力をしているか? 下着は? ネグリジェは? 体型は? そこに夫を刺激するキーワードが含まれているか確認すべきですね」

「ああ、確かに。 それは検討するように伝えます」


 今は普通のパジャマで寝ているから、ネグリジェなどは盲点だったとラムールはちょっと安堵する。

 検討すべきことが見つかったならば、ここに長居する必要は無い。


「おおおおお。 それではお役に立てたようなので、お代を頂戴してもよろしいですかな?」

「お代?」


 変態モグラはそっと手を差し出した。

「ラムールくんの手を10秒間だけ触らせていただきたい」

「嫌です」

「じゃあ8秒だけ」

「嫌です」

「5秒。 これ以上はまけられません。 お代を頂けないのならばこの部屋の鍵を開けて外へ出してあげませんよ」

「……。 仕方ない」

 

 ラムールは観念した。 この王宮第48部室はある種特異な部屋なので、あまり下手なことはできない。 そっと右手を差し出すと、「おおおおお」と、 変態モグラは喜びに震え、いきなりラムールの右手にほおずりをした。


 ぞわわわわ。


「ちょ、ちょっ、ちょっと待った!」

 そのあまりの気持ち悪さに背筋が悲鳴を上げたラムールは飛び退くように手を引く。

 すると変態モグラはニヘヘと唇の端で笑う。


「嫌がるその眼差しがまた美しい」

「も、もういいでしょう?」

「おおおおお。 まだ足りませぬ。 その指の一本一本を、心ゆくまで撫で回しとうございます」

「ち、近寄るな、変態! 辱めを受けるくらいなら、48部署の特異性など無視して法力を暴走させる!」


 ラムールは両手で印を組みにらみつけたが、モグラはひるまない。


「お怒りの姿、これまた美しい。 もっと怒り、もっと朕に無情なお言葉を浴びせておくれませ。 朕はそなたに踏まれてみたい。 ぶたれてみたい。 そして嫌がるあなたに男としての喜びを教えてさしあげましょう!!」

「こ、と、わ、るっ!!」


 ぶってぶってと言われれば攻撃した時点で喜ばれそうでラムールはひるむ。


「朕はそんなの、いやです。 せっかく獲物が巣に飛び込んできたというのに離す者がどこにいましょう? たった5秒、その御手を朕の好きにさせて頂ければ済むだけの話」

「って言いながら、何だその右手に掴んだ特殊手錠はっ!!」

「にーげーらーれーまーせーんーよー……ヴギャッ」


 ところがモグラの言葉は最後まで続かなかった。 いつの間に部屋に入ってきたのであろう、佐太郎が分厚い辞書でモグラの頭をブッ叩いた。


「佐太郎!」

 ラムールの顔がぱっと晴れる。

「ライ……ラムール。 お前、何でこんなとこにいんだ?」

「あ、あの。 ……佐太郎は?」

「緊急警報が鳴ったからな。 48部室ごとブっ壊そうとしてるエネルギーが発生してたから何事かと思って来てみたって訳だがよ。 おい、モグラ。 お前、また変なコトをしようとしたんだな? こいつに手を出したら俺が許さねーって言ったろ。 躾が足りネェらしいな」


 ラムールが周囲を見回すと扉が開いている。

「佐太郎、後はお願い。 ボクもう、この部屋、やだ」

 そして脱兎のごとく部屋から逃げ出した。


「ああ、ボクだなんて狼狽えた彼はなんと可愛いのであろうか」

 まだ言っているモグラの頭をボコンと叩いて、佐太郎が尋ねた。

「あいつ、何て?」




+++      



 

 家の扉が奇妙に揺れたと同時に、ラムールが飛び込むように入ってきてエプロン姿のラフォラエルに抱きついた。


「うわ驚いた! どうした!?」

「怖かった!」


 即答したライマは自らを落ち着かせるように彼に身を寄せた。 

 モグラに頬ずりされた手が気持ち悪い。 この気持ち悪い手では彼に触れることすら躊躇われる、そんな思いが手に出て、右手だけが反り返るように彼に触れないので、ラフォラエルは怪訝そうにライマを見た。


「何があった?」

 わざわざその右手を掴んで尋ねる。


――あ。


 ライマは少しだけ驚いた。 彼が触れたところからモグラに触れられた時の嫌悪感が消えていく。


「ちょっと……変態と名高い人に手を握られて気持ち悪かったんだけど……もう平気」


 同じように手に触れられても、全く違う。 彼のそれは、優しく、気持ちいい。


「ラフォーの手は気持ちいい」


 そう呟きながら右手の指を彼と絡める。

 しかし落ち着き始めた彼女とは逆に、彼の手が強張った。 


「その変態に他に何をされたの?」

 そう尋ねるラフォラエルの眼差しが怒っている。


「な、何って。 なにも。 ただ気持ちの悪い視線を浴びただけ」

「それだけでも悪い。 この馬鹿」


 ラフォラエルはそう言ってライマを抱きしめる。

「他の男の視線なんて胸くそ悪い」

 抱きしめてくれるその手が力強くて心地よい。

「ラムールの姿なら男からちょっかいは受けないだろうって安心してたのに」

 そう告げて、少し乱暴にライマの顔を上に向けて唇を重ねる。

「ぁん」

 声を漏らしながらライマはその唇を受けた。 叱るように乱暴なキスが彼女の力を奪っていく。

 舌を交互に交わしあい唇を離すと、つうと糸を引いた。

 ライマはラフォラエルの胸に頬を寄せて告げた。


「もっと……触れたい」

 ぴくり、と小さくラフォラエルの肩が反応した。

「ラフォーにもっと触りたい」

 もう一度告げると、ラフォラエルは軽く笑って体を離した。

「まだ勤務中だろ?」

「……そうだけど」

「だからまた今度」

「……」

「しかも今、お前って男の姿だぞ? 一応」

 そこまで言われて、やっとライマは頷く。 

「そんじゃいってらっしゃい」

 ラフォラエルは安心したように微笑んでラムールのおでこにキスをする。

「うん。 行ってくる」

 気持ちを切り替えたラムールはしっかりした顔つきになって家を出て行った。

 扉が閉まると、ラフォラエルは緊張が解けたかのように大きく息を吐いた。


 

 

 

 

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