新婚生活1.
簡易登場人物説明
ライマ=主人公。女。完璧といわれる青年、テノス国王子付教育係【ラムール】の本当の姿。
ラフォラエル=ライマの夫。 ここだけの話、ちょっと訳ありで最近もどってきました。
佐太郎=錬金術師でライマに人工皮膚などを作ってやって男装の手伝いをしている。
朝。 香しい味噌汁の風味が鼻腔をくすぐり、包丁が食材を切るリズミカルな音が耳に届く。
瞼を開けると腰まで伸びた黒髪を一つに束ねたラフォラエルの背中が見えた。 ワンルームタイプというのはこんな時は便利だ。 いつだってすぐ、彼の姿が目に入る。
どーしてこんなに美味しいんだろうなぁ、としみじみ感心しながら温かい朝食を向かい合わせで食べ、銀色の髪を栗色に変え身支度を済ませてラムールという男の姿になったライマは、王宮に行くために科学魔法で自宅の扉と白の館の扉を繋ぐ。
ノブに手をかけて「いってきます」と振り向くと、すぐ側にラフォラエルの顔があり、その優しい眼差しに引き込まれるように口づけを交わす。
今日の晩ご飯はラザニアがいい。
そんなリクエストをしてからラムールは、出宮。
一見、幸せな新婚生活のはずだった。
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容姿端麗、頭脳明晰、品行方正。 知に富み魔法・武術に長け、情け深い。 褒め言葉をすべて使っても足りないというような、まさに完璧と噂される人物であるラムールは、言わずと知れたテノス国第一皇子デイ付教育係である。 教育係の条件が男性に限られていたため女であることを隠してここにいる。 若干二十歳。
そして15の時にラフォラエルと恋に落ち、運命に逆らった彼女は、現在、人妻。 この事を知っているのは男装の為に必要な人工皮膚を作成してくれる錬金術師、佐太郎だけだ。
「で、ライマ。 新婚生活ってのは、どーだ?」
その佐太郎がラムールの事務室で切り出した。
新婚生活がどうかと問われても「幸せ」としか返ってこないはずなので愚問もいいところだが、ライマのことを妹か友人の娘のように思っている佐太郎としては、やはり気になるものである。
「うん。 大分慣れた。 最初はラフォーが夢みたいに消えちゃうんじゃないかって思って、昼間こっちで仕事している間もずっと不安だったけど、もう、どこにも行かないみたいって実感が湧いてきた、っていうの?」
「まぁなぁ~。 アイツがここにいる事自体、掟破りの結果だからな。 最初に報告をもらったときは驚いたぜマジで」
「うん。 いつもお世話になってゴメンね」
「それは言わない約束だろっがよ」
明るく佐太郎は笑った。
同じく嬉しそうにライマも微笑んで、それから少し沈んで言った。
「でも、ちょっと、わかんないことが……」
「わかんない? 何が?」
新婚早々、何の問題があったのかと佐太郎は身を乗り出した。
ライマは周囲を見回して、誰もいないことを何度も確認すると言いにくそうに口を開いた。
「ラフォーが戻ってきて、一緒に暮らすようになって、もう三ヶ月。 毎日ね、仕事を終わって家の扉を開けたらそこに彼がいて、ご飯ができてて、今日あった事を話して――すごく幸せ、なんだけど……」
「なんだけど?」
そこまで言っておきながらライマはその後の言葉を濁した。
「なんだお前、幸せすぎて不安ってやつか」
佐太郎は呆れながらそう早合点したが、ライマはコトがコトなので言い出せず、頷いた。
実はちょっと、わからないことがある。
しかもそれは、きっと普通ではない。
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晩ご飯はリクエスト通りラザニアだった。 シーザーサラダと空豆のスープもついている。
フォークで一口分を切り取ったそれは、ボロネーゼソースの赤色とベシャメルソースの白色がラザニアの黄色とまろやかに混ざり合い柔らかな曲線を描いていた。
「美味い?」
「うん! おいしい」
ライマが笑顔で答えるとラフォラエルも笑顔になる。
「ライマ。 今日の宮廷はどうだったんだ?」
「うん。 デイに護身術の検定試験を行ったんだけど、まぁ、40点ってところ」
「低いな」
「実技じゃなくて筆記試験のほうね」
「ああ、なら納得……かも」
「実技は90点は行ってる。 デイって意外と動きに無駄が無くて、カンも良いの」
「ほぉ。 褒めてやった?」
「んーん。 褒めたら調子に乗るから」
「はは。 でもたまには褒めてやれって」
そんな、他愛のない話をしながら夕食は進む。
進ませながらライマは手元のラザニアに視線を移す。 混ざり合った三色のそれを見ていると……ちょっと分からないコトを思い出す。
ちょっと分からないこと。 それは。
この3ヶ月。 二人は【キス】より先に進んでいないということだ。
陽炎隊番外編、【ライマの初恋】から発生した別の未来バージョン。
陽炎隊本編でラムールの状態がいたくグレーになっちゃってるので、気晴らし(現実逃避?)がてら書き始めました。 10話もしないで終了予定です。