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秘策

 「だから、なんやねん」

「中学では男女混合で問題はなかったろうけど、さすがに高校野球じゃ見たことがない」

「ベンチで制服を着ているマネージャーなら甲子園で見るけど、ユニフォームを着た女子は、確かに見たことがないな」

「ふん、大体が世の中には、男か女かの二種類しかおらへんやろがい」オヤジは、呆れたように吐き捨てた。「確かに、高野連の参加規程第5条に、男子学生のみと決められとる。なんでも、女子生徒にとっての硬球は危ないからやそうだ。ユニフォームすら着たらアカンのやと。まったく、古臭い理由とくだらない偏見やで」

 高揚していたはずの気持ちを、突如後ろからハンマーで殴られたかのような提起に、思わず肩を落とし、俯いてしまった。

 ボクは正真正銘の女子、れっきとした女子高生だ。

 自分でいうのは変だけど、どこにでもいる女の子なのだ。 生まれつきの身体だから、もがこうが祈ろうが変えようがない。性が混同したジェンダーでもない。好きになる人は男性だし、制服のセーラー服に違和感や嫌悪もない。髪は面倒だからショートカットにしているし、日焼けした肌と筋肉が色白のか弱い女子生徒とは、ちょっとだけ違うけれど。

 おしとやかでも、可憐でも、けな気でもないけれど。自分のことを、ボクと呼んでいるけれど。

 やはり無謀なのだろうか、そう思うことすらわがままなのだろうか。

 小さな頃から野球が大好きで、夢中でずっと野球をやってきただけで、男子に負けないくらいの技術を身につけただけなのに。

 人類には、ふたつの性しかないはずなのに、分類で夢を砕かれる。同じ年頃なのに、女というだけで甲子園には行けない。やりがいや生きがいすら感じていたスポーツなのに。

 この性を呪いたくなったのは、一度や二度ではなかった。

「大相撲も、そうや。土俵の上には、女が上がったら駄目なんやと。死にぞこないの人間が土俵で倒れても、手当するのは男らしいで。ヨボヨボの爺さんみたいなもんにマウスツーマウスされたら、たまらんで。ワシやったら、そのまま殺してほしいがな」

「じゃあ、どうするってんだよ。大谷さんがいねえとオレらだけじゃ甲子園なんて、さすがに無理だぜ?」

「そらそうや。なんせカズキは、ファンタレモンやからな」

 金髪のサリーが唾を飛ばす。「そのファンタジスタを、どうやって試合に出すんだ?」

「黙っとりゃ、バレへんで。カズキはキャッチャーや、肝の肝やから外す訳にもいかん。まァ、ずっとキャッチャーマスクしとったらええねん。試合には、ダテ眼鏡もかけるんや。乳膨らんどるのも、プロテクターしたままやったら目立てへんやろ」

「打つ時は、どうすんだよ!」

 ボクよりも長い髪のハクが言う。

「おいおい、審判がおっぱい膨らんどるから見せろとか触らせろとでも言うてくるんかい! それこそ、セクハラか強制わいせつで訴えて、ボコボコにしてやるわ」

 正直、ボクは誰よりも野球で自分の活躍に期待している部分がある。

 それは男子よりもやれる確信と、女子なのにという偏見やプレッシャーなど弾き飛ばせる自信があるから。そこまで女子でやりたいならソフトボールをやりなさい、そんな偏った考えの人たちを実力と実績をもって黙らせてやりたい、けれど。

「……やっぱり、無理なのかな」

「ドアホ! カズキがいなけりゃ成り立たんし、意味ないやろが」

 でも、と大きくため息をついた。「みんなに迷惑がかかってしまうじゃない。このみんなが、ヅベ高で野球をやってくれるなら、それで――」

 なァ、とタイガくんが語気を強め割って入った。「真剣に頼むよ。おやっさんが言うように、大谷さんがいねえと面子も戦力も成り立たない。それほどの才能と実力だって、オレたちは子供の頃から知ってるから訊いてるんだ。だから、甲子園というのもまんざらじゃない、そう思ったんだ。さっき話していた戦術のように、ちゃんとした策や考えがあるんだろ?」

「策? 当たり前やないか」

 オヤジは、鼻を膨らませて自慢げに腕を組む。

「……そうだよ、オヤジ」ボクも、改めて真剣に考えた。「マンガでそんなのもあった気がするけど。ボクもベンチに入れるの? 本気で甲子園を目指して野球ができるの?」

「肝心なこと言うてなかったな、心配すな。大人がつくったルールや常識をぶち壊すゆうたやろ?」

 オヤジは、いつもより優しい顔でほころんでみせる。「すり替えや」

『すりかえ?』

「せや、替え玉で入れ替わるんや。ピンコの名前で試合の時だけ、こっそり出場する。顧問の監督すら欺いて、全てを騙す。世の中を蹴散らす」

 ピンコさんが不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。「俺は野球部員、しかもキャプテンだ。野球は出来ねえけどよ。本人にも黙っていたが、大谷カズキなんて野球部員はヅベ高に存在しねえ」

「え?」

 ボクは思わず驚いて、ピンコさんのぐりぐりのパンチパーマを見入ってしまった。

「正しくは選手としてではなく、スコアラーや。カズキは表面、記録員として通常ベンチに入る。誰がどういう顔やとゆうんは、背番号程度でしか確認されへんやろ。女子マネージャーは、堂々とベンチに入っとるやないか。カズキが、女やゆうのを隠し通す」

「だけど、北見中の人間が知ってることだぜ? 大谷さんが野球をやってることって……」

「その『まさか』という、くだらん先入観と思い込みがええねん」

 みんなは黙り込み、眉をよせ訝しむ。

「まさか、女子がいる訳ない。まさか、あの凄い選手が女子な訳ない。大抵の人間は、そう思い込むはずや。審判も、相手チームも、観客すら欺けばこっちのもんや」

「試合中に不審がられたら、どうすんだよ」

「カズキも声は出したらアカンで。それは、バレる可能性が高いからのう。髪の毛なんざ、オドレら同様、坊主なんかにせんくていい。そこがヅベ高のええとこや」

「本気だな?」

「当たり前のど真ん中、本気と書いて『ほんま』や。オドレらの親御さんにも言うたらアカンで。こいつはワシらの、もちろんオドレらの夢と希望がかかっとるんやからのう。それを、人はロマンというんや」

「……なるほど、な」

「カズキは、女や。いざとなったら、そばにいるオドレら男が守ったれや。くれぐれも酔っぱらってキスなんかしようもんなら、この世から抹殺してやるからのう」

「へう! 無茶苦茶だ」

 そう発した黒ヒゲを、タイガくんは制すように、

「あはは、最高じゃねえか」と、高らかに笑った。

「セーラー服と金属バットなんてさ。これは、本当に甲子園へ行けるかもな。なにより、オレは大谷さんと野球をしたいからヅべ高を選んだ、同じチームの一員としてな。おやっさん、これからも頼むぜ」

「オレもだ」そう続いたのは、ジョーだった。「女だろうが、猿だろうが、凄いもんは凄いと認めるべきだろ。差別や偏見と徹底的に戦うのは悪いことじゃない」

「ここまで来たんだ、後には退けねえよ」ハクも、笑っていた。「天才少女、大谷さんがいるってのがロックだ。オレらは、ずっと昔からやってきた仲間じゃねえか、しかも一年からレギュラーだしな」

「なんにせよ、これは甲子園に行けるチャンスなんだからさ」サリーが、上気し頬を緩めていた。「世間からは『最悪の世代』なんて言われてるオレらだ。野球で魅せつけてやるなんてガチで面白いよ」

「……いや、分かってたけど、ね」

 黒ヒゲがぽりぽりと頬っぺたを掻く。

「オラ、ワクワクすっぞ!」ゴクウは、もうなりきっている。

「……みんな」

 ボクは、目頭が熱くなった。

 みんなの情熱が、みんなが偏見なしに、ボクの実力を認めてくれることが。なにより頼もしい仲間とまた野球をできることが。胸の中にあったモヤモヤしたものが、弾けて吹っ飛んだ気がした。

「北見は、カーリングだけやないとこ見せつけようや。そだねーも可愛らしくていいが、そやなーゆうてよ。モグモグタイムにはカツ丼の大盛りでも食え」

「それは、おやっさんだけな」

「そやな、がははははは。不良品でテッペン獲ってやろうやないかい。言ってみれば、これもWBCや」

『これもダブルビーシー?』

「ウーマンが・ベースボールの・頂点とったる、なんてな」

 オヤジのドヤ顔をよそに、場の空気が苦々しい愛想笑いに包まれた。


 ローカル線は、のんびりと留辺蘂町を通り過ぎていく。

「日本人はアホやから、奇妙な個性を煙たがる。協調性を重んじ、特別な個性や抜きん出た才能は排除しようとする。右に倣えが染みついとる。そやけど、どうや? メジャーリーグで成功したもんは、トルネード投法やら、振り子打法やら、ゴジラやらの個性や。今じゃ、二刀流だって通用しとるぐらいや。世の中、いいや、世界やな。とどのつまり、個人の能力、嫉妬されるくらい特別なもんがものゆうねん」

 オヤジの鼻が、いつもより膨らんでいる。

「せやから余計に練習して、個性を磨いてんねん。出る杭も打たれることないくらい飛び出したら、なにもでけへんやろ? カズキの女ゆうんも、立派な個性や」

 ガタゴトと小刻みに揺れながら、

「言葉は通じへんけど、やることは同じで、個人の能力が高いからや。専業なんぞもったいない、打って、走れて、放れる、三刀流や。根性も付け加えれば、四刀流。トリプルスリーどころか、ミラクルフォーやで。オドレらには、そんな能力が備わってる。技術と戦略、連携をとり、あとはシンプルに野球をやれば、明日に試合があってもプロにさえ敗けへん」

『それは、大げさだろ』

 苦笑しながら、みんなの声がそろう。

「ケンカも同じやで。相手と同じことやって、正々堂々の力勝負やって、死んだら意味ないんや。生きるか、死ぬか、そのふたつしかない。試合に勝って、勝負にも勝ったるんや。肉も骨も切らせず叩きのめす。つまり野球は、喧嘩そのものや。そのためには相手が期待しているもんを全て裏切ってやる。これに尽きるんや」

 この面子なら、夢じゃない。

 オヤジ独自のメチャクチャで屁理屈のような野球哲学と理論を差し引いても、こんな連中と野球ができたら勝てる気がする。いや、勝てる! なにしろ、試合ができる。胸の内がぞくぞくと騒いだ。

 けれども正直、問題はたくさんある。

 ボクが女子であることを隠し通せるのか。いざ試合になったところで全道大会や甲子園大会までバレずに済むのか。

 いいや、できる出来ないじゃない。やるか、やらないか。確率なんかより、可能性を信じよう。

 ボクは、改めての決意を胸に秘めた。これは夢、ボクの志してきた目標でもあったんだ。

 どうしようもないことかもしれないけれど、やっぱりミッキーには居てほしいと心の隅では思っていた。それはしこりのようになっていて、とてももどかしく歯がゆかった。

読んでいただき、ありがとうございます!

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