24限目 失恋
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
Dear my friend.
why aren't you here now.
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冬の冷たい風が身と心に染み渡る。
冷めきった空気は体を芯から冷やし、何をするのにも気分が落ち込む。
吉田がこの世を去った。
秋元から連絡が来て教えてもらい、私たちはただただ無言で泣き続けた。お互いに声をかけることも、何かしらの気遣いをすることもできなかった。
昼休みに連絡をもらい私たちは泣き続け、昼休みの終わりのチャイムにすら反応ができなかった。
でもいつまでも選択教室にいるわけにもいかず、私たちはそれぞれ無言で自分の教室へと戻った。
秋元がどうしたのかは知らないが、私は体調不良を理由に早退した。明らかにいつもとは違う様子の私を見て、クラスメイトや咲希たちは気にかける言葉をかけてくれたが、正直それに反応できる余裕はなかった。
どうやって家まで帰ったのかさえ覚えていないくらい、もう目の前の世界のことなんて目に入らない。
両親は共働きなので昼間は家にいない。学校から連絡がいくと思うが、一応母には早退した旨の連絡を入れておいた。
母から返信が来たのかどうか、他の誰かから連絡が来たのかどうか、そういう確認をする余裕も気力もないまま私は自室のベッドに転がりこむ。
ずっと過ごしてきた自分の部屋で、自分のベッドなのに何だか妙に無機質で冷たく感じられる。
寝ることも、起きて何かをすることもできず、私はただ選択教室の続きの涙で自分の枕を濡らしていた。今自分がどういう感情なのかも分からないし、もうどうしたらいいのかも分からない。母が帰宅した時にどんな言い訳をしようかということさえ頭が回らない。
いつもは気にもならない自分の呼吸に、なぜか気になってしまう。こうして息をしていたのか、こうして自分はここにいるのかと……もうなんなんだろう。
どれだけ時間がたったか分からないなか、秋元から連絡がきていた。冬のため日の入りが早いのもあり、気づけば外はもう暗くなっていた。昼間に帰宅したのに、時間がどれだけたったかということに関心さえ無かった。
秋元からの連絡は吉田のお通夜とお葬式の日時についてだった。
スマホの画面に映るその文字に、改めて今日のことが夢じゃなかったんだと、現実の今目の前のことなんだと証明するかのようだった。
どこか冷たい秋元の文章を読み、そしてベッドにスマホを伏せて置く。
寝ることもできず、ただ暗闇の部屋に身を置く。
そこからどう過ごしたか、記憶にない。
親が帰ってきて体調を聞かれたような気もするが、なんて返したのかさえ覚えいない。何を話したらいいのか分からない。
吉田のことは話していなかったし、もう話すべきなのかも分からない。
秋元に返事も返せていない。
暗い夜に気づいたら寝ていて、朝になっていた。昨日のお昼から食事を取れていないが、食欲は全くなくて胃が重い。水分を摂ることですら億劫な状態だった。
体調不良を理由に学校は休んだ。母は何かを察したのか、病院を受診するか軽く一度聞いてきたくらいで何かをそれ以上聞いたり行ってくることはなかった。
何をする気にもなれず、スマホも見れていない。誰かからの連絡が来ているのか確認したり返信をすることに気だるさもあるし、なにより秋元からの連絡を見るのが怖くてつらかった。嫌でもそこには現実があり、文字越しだからか秋元の冷静さというか淡々とした眩しいくらいの強さを感じてしまう。
何をするわけでもなく私は数日学校を休んだ。
あとから知った話だけど、秋元は吉田が他界した次の日にもちゃんと学校に行って、日常を送ったという。
やっぱり強いね、秋元。
私はあなたのように強くはなれない。友達が死んだ次の日に、平然と学校に行って、いつもの日常を送ることが出来るほど……強くはない。
そして私は結局、吉田のお通夜にもお葬式にも行けなかった。
学校を休んだ3日目、さすがにそろそろ行かないとマズイかと思いながらも気が重かった。家の中には私以外に誰もいなくて、静かで重苦しい空気が充満する。
少し気分転換に外に出ようと上着を羽織る。どこへ行くというわけでもなく羽織った上着のポケットに無意識に手を入れる。
なにかが私の指に触れる。
ポケットから取りだしたのは、心当たりのない小さな紙切れだった。こんなものいつ入れたのだろうかと不思議に思いながら、丁寧に折りたたまれた小さな紙を開く。
手のひらにおさまる小ささの紙には、少し見慣れた字が書かれていた。
丁寧で、少し小さい文字が並ぶ。
Dear my friend.
I love you.
シンプルにそれだけが羅列され、その小さくて丁寧な文字の書き手の想いをシンプルに表す。
「吉田……」
この文字は何度も見た事のある吉田の字だ。
放送委員の時に一緒に書類を書いたり、課題を教えてもらったり、勉強をしたり、病室で学校からのプリントでたくさん勉強していた……あの吉田の文字だ。
そして、なぜかシンプルなその文字と、吉田の字を見た瞬間に腑に落ちたように私は自分の感情に気がつく。
私は吉田が好きだった。
何気ない会話が楽しくて、一緒に過ごす時間があっという間で、そこにいてくれるだけで嬉しくて……そんな感情ばかりがあった。
1年間放送委員を一緒にしただけの同級生で、同じクラスになったこともないし、一緒に遊びに行ったこともないし、なんなら連絡先だってついこの間まで知らなかった。
知らない事ばかりで、吉田のことを支えるとかそういうこともできなかった。
吉田がただの友達だったのなら、どれほど良かったのだろう。
友達だったのなら、こんなに悩みはしなかった。こんなに特別な思いがなければ、ここまで苦しくなることもなかった。
どうして好きになって、どうしてそれに気づけなかったのだろう。
どうして気づかないふりをしていて、どうしてこの感情に素直に従えなかったのだろう。
もう会うことも声を聞くことも出来ない吉田の見慣れた文字が綴られた、小さな紙切れを握りしめることしかできなかった。
訳:何で君がここにいないの?
安芸の行動には賛否両論あるかもしれませんが、私個人としてはトシとのお別れの場に行けなかったのは正直仕方の無いことだと思い書いていました。
秋元はトシが病気を患う前から仲が良く、たくさんの時間を共有してお互いに理解し合いながら重ねてきた時間と信頼関係がありました。
かたや安芸は、委員会が同じだという関係性でしかなく、お互いに好印象や好意があったとしてもやっぱり同級生の1人でしかありませんでした。
そんな安芸が、久しぶりに再開したトシの現状をすべて受け入れて行動するなんて出来なかったと思います。大人ですら自身のことはもとより、家族や友達の重い病気などを受け入れたり、受け入れた上での行動なんてすぐにはできないと思っています。
ましてや高校生で、今まで周りに病気の人などいなかった安芸に全てを受けいれて行動することなど難しかったと思います。
参考までに……病気や障害を受容する過程というものがあり、それは本人のみならず家族や周りの人の受容過程もあります。私の中で安芸はその最初の段階に足を踏み入れたところだったのではないかと思っています。
かと言って、大切な人であるトシへの最後のお別れや、少しは面識ある吉田家に少しの挨拶くらいしろよ!ってのは書いていてちょっとだけ思ったりもしてました。




