12限目 放課後
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
Dear my friend.
It's kind of fun. Spending time like this with you guys after school is the best.
*****
「お前はずっと元気そうやな」
秋元の飄々とした声に返すのは、数ヶ月までずっと隣で聞いてきた吉田の声だった。どこか少し呆れたような、でも嬉しそうな声は私の知っている吉田のもので間違いはない。
病室のベッドに腰掛け、可動式のテーブルの上に何かを広げていた吉田は秋元に続いて部屋に入ってきた私の存在に気付く。
少し見ない間に治療の影響か、吉田はすっかり痩せ細っていた。元々細身だったのに、骨も見えてしまうのではないかという姿になっている。さらに明らかに薬の影響と思われることに、吉田の髪の毛はすべてなくなりキレイな頭の形が目に入る。一年間だけとは言え、隣りにいた同級生がこうも姿が変わったのは衝撃以外の言葉では言い表すことができない。
「斎藤、久しぶりやな」
私の存在に気づき吉田は手を上げて声をかけてくる。呆然と立ち尽くす私は「ひさしぶり」と言うだけ精一杯であり、こちらを見てくるその目も、かけてくれる声も吉田のものなのにどうたち振る舞えば良いのか分からなくなる。
秋元は慣れた様子で病室にあった机の上に自分の鞄を置き、ベッドの近くにあった椅子に腰掛けて吉田に何かを渡す。
「ここのフレーズ変えてみた、もうちょいテンポアップしたほうがええと思って」
ノートには楽譜と歌詞と思しき文字たちが書かれており、ところどころ赤字で修正のようなものがされている。秋元はひとつのフレーズのところを指差し、スマホを操作して音を出す。
無機質でどこか冷たい病室のなかに突如として、秋元の暖かく軽快なリズムが機械越しに届けられる。転がり落ちるかのような軽快さのなかにも、ひとつひとつの音がしっかりと存在しており聞いているだけで心が軽くなる。いくつもの音が跳ね、色とりどりな音が病室中を駆け回っているかのようにみえる。
「めっちゃ軽なったな、これに合わせるんか・・・」
「気持ちワンテンポ早くしたら間に合うくらいのはずやで」
秋元の音を聞きながら吉田は唸り、秋元は生き生きとした顔で吉田を見ている。考え込んでいた吉田は、ふと私の方をみてなにかに気づき秋元を小突く。
「秋元、お前邪魔や。斎藤、座りや」
小突かれた秋元は「へい、へい」と言いながら、病室の机の近くにあるクッションのしっかりしたソファに移動する。促され私は遠慮気味に吉田の近くの椅子に座り、久しぶりの同級生を改めて見る。
「びっくりしたやろ」
不意に話しかけてきた吉田の顔や声は変わらずで、何かを深く考えているような様子ではなかった。あえてそうしているのか、私の知らない闘病生活の間にそうなったのか・・・。
「ほんまやで、まさか吉田がバンド組んでたとは思わんかった」
どう返すべきか分からない私は吉田の問いかけの真意を悟りながらも、それと向き合うことが出来ずに話をそらせる。
「そっちか!」
私の返答に吉田がすかさずツッコみ、思わず病室にいた三人で笑い合う。お互いに顔を見合わせ、目を細め、声を出して笑う。
「いやだって、吉田そういうキャラちゃうやろ」
「さすが斎藤、よう分かってるやん。全部の諸悪の根源はアイツやからな」
笑いながら吉田は変わらぬ笑顔で秋元を指差す。指さされた秋元は悪びれた様子もなく堂々とにやりと笑っている。そういう姿に二人の関係性や信頼関係を感じ取り、屈託なく笑って話す様子に秋元と吉田の過ごしてきた時間を感じる。
そうして私達は些細なことにボケて、ツッコみ、笑いながら病室で過ごす。
吉田の容姿は変わっていて、それは私の知っている吉田とはかけ離れていた。笑って話すとはいえ、吉田の姿は痩せ細っており元気そうに見えるが仕草の随所に闘病の影響が見えることもある。そこにいるのは吉田なのに、私の中ではやはりどこか腫れ物に触れるかのような自分がいる。
でも、変わったなかでも吉田は吉田だった。優しくて、面白くて、気遣いができる。その目も声も私が見てきたもので、去年誰よりも頼りにしていた相棒だった。
病院の病室という日常とはかけ離れた空間のなか、私と吉田と秋元は放課後のような時間をそこで過ごす。学校のこと、授業のこと、テストのこと、この間のNIKKUのライブのこと、今流行りの楽曲やもののことなど話し出せば何でも盛り上がって楽しかった。
楽しい時間は不思議なことに本当に一瞬で過ぎ去り、私と秋元は吉田の体調も考慮して早めに病室を出ることにした。
病室を出た私達はナースステーションで一声かけ、病院の受付で面会証を返却する。病院を出ると秋風が吹き、その匂いを嗅ぐとさっきまで笑い合っていた病室という空間の異質さを思い出す。
「斎藤、送るで」
病院を出た私達は病院前のバス停にいた。市民病院前には複数のバス路線があり、秋元は「どれや?」と聞いてくる。昨日会ったばかりの秋元のそういう声や態度に何故か泣きたくなるほどの安心感を覚えてしまう。
「一人で帰れるから大丈夫」
「付き合わせたん俺やし」
一人になりたい気持ちもあり断るが、秋元は頑なに「送る」と意地をはる。
「でも、私歩いて帰るし」
市民病院から家は距離があるが、歩いて帰れない距離ではない。たぶん一時間くらいはかかると思うが、時間や労力よりもこの空気を吸っていたいと思った。秋元は一瞬驚いた顔をするものの「俺もついてくわ」と言って歩き出した私についてきた。何も言わずに吉田のもとへ連れてきたという罪悪感でもあるのか、秋元は私の隣に立って歩く。
だが、不思議と私と秋元の間に会話は一切ない。ただただ無言で隣り合い、お互いの存在を知りながらも話しかけることもしない。飄々として明るい秋元からは想像もできないような様子だが、私は秋元にかまっていられる余裕はなかった。
秋の爽やかでありながら切ない空気を吸うたびに、あの病院の匂いや空気を思い出す。初めて踏み入れたあの空間は私にとっては非日常であり、そこに秋元も吉田もずっといたのだと思うと何も言えなくなる。吉田とは単によく知っている同級生という関係だし、秋元なんて昨日会うまで存在すらほとんど知らなかった。それなのに、吉田の現状とか秋元の様子とかを見ていると胸が痛くなる。
知らなかったら知らないで普通の学校生活を私は送っていただろう。吉田のことは二年になってから見ていないと思ったが、だからといって吉田のクラスを尋ねたりするような関係でもない。知らなかったからといって罪悪感にかられる間でもないし、吉田からしても私に病気のことを知ってもらいたいとも思っていなかっただろう。
それなのに吉田のことを考えてしまう。白血病と言っていたが、それはどういう病気なのだろう。聞いたことがある病名だし、血液のがんだということくらいは知っている。でも具体的にどういう病気で、どういう治療をして、今後どういう風になるのか知らない。
きっと隣を歩く秋元はそういうことは多少知っているのだろう。それでいて、きっと病院へ向かうバスのなかで「大丈夫やって俺らは思ってるけどな」と言ったのだと思う。
ひたすら無言で歩く私と秋元は目を合わせることもなかった。
家にたどり着き秋元は「じゃあな」とだけ言い残し、去っていく。
秋元と出会い、吉田のことを知って病院へ行った翌日。
学校は普通にあるので学校へ行く。変わらない教室のざわめき、友達との雑談、中間テストを前にした緊張感を肌で感じながら昨日のことを思い出す。私がこうして教室で授業を受けている間、吉田は何をしているのだろう、どう思って何をしているのだろうと気になる。当たり前の日常の中にいながらも、その日常が少し遠く感じる。
気づけば放課後となり、いつも一緒に帰る咲希に断りを入れて私は選択Bの教室へと足を運ぶ。初めて祈りながら足を運ぶ――秋元がいますようにと。
廊下には何の音も響いておらず、今日は秋元はきていないのかと思い教室の扉を開ける。
「また忘れもんか?」
扉が開けられたことに驚きながらも、そこにいた秋元は私を見て笑ってそう問いかけてくる。昨日一緒にいたはずなのに、何故かその存在が懐かしい。変わることのない飄々としたその声と態度に不思議と心の中のわだかまりが全部もっていかれる。
「せや」
私は秋元の座っている自分の席の前まで行き、秋元の方を向いたまま前の席に腰掛ける。同じ目線に秋元を見ると、少し安心する。
「私もたまには一緒に行ってもいい?」
少し緊張しながら目の前の「友達」に尋ねる。つい数日前まで知らなかった存在や出来事にまだ頭も心も追いついていない。でも、だからこそ今この瞬間をどうするか、どうしたいかを考えた。
「おう、行こうやん」
私の問いかけに秋元は屈託なく笑い、その感情を表す。
それから私たちは連絡先を交換し、私と吉田と秋元のグループチャットを作成する。
教室の中に爽やかな秋風が吹き込み、そのなかに目の前で秋元が奏でるギターの音が溶け込む。秋元が震わす空気を感じながら、私たちは穏やかな放課後を過ごしていく。
訳:なんだか楽しいね。僕と君たちでこうやって過ごす、放課後みたいな時間がたまらない。
個人的に秋元とトシのやりとりはテンポが良くて書いていて楽しいです。この2人は本当に楽しそうに会話するなーと思うし、こんな2人だからこそ安芸もボケたり出来るんだろうなー。




