真実を告げよう
お父様は、しばらくの間はお姉様が皇太子のもとに駆けつけることは止めるでしょう。だけど、お姉様は皇太子に密かに会いに行くかもしれない。あるいは、お父様を脅してでも会おうとするかもしれない。
それ以外でも、お姉様の耳に真実が入ってしまうかもしれない。
皇太子、というか婚約者が婚儀を目前にして自分をユルバン王国の将軍に売ったということを知れば、即座に皇宮に乗り込んで皇太子を血祭りにあげる、もとい責めるに違いない。
いずれにせよ、いずれにせよなにかが起こるのはすぐかもしれない。
だからこそ、わたしがここでがんばっても徒労に終わる。
だったら? 最初から嘘をついていることにうしろめたい思いをするのではなく、真実を告げて罰や制裁を受けよう。
その方がよほど気持ちがらくになる。
そう決意すると、即行動にうつしたい。
だけど、いざ口を開きかけると不安と怖ろしさでそれを閉じてしまう。
そういうことを何度も繰り返した。
鍋を棚になおしながら、あるいはまな板を洗いながら、彼の背中に視線を走らせる。
何度目かに視線を走らせたとき、彼はその視線に気がついたらしい。
こちらを振り向いたのである。
「なに? なにか言いたいのか?」
けっして咎めたり責めたりという感じではなかったけれど、すごくうしろめたい。そして、気おくれしてしまう。
ダメダメ。ここで引き延ばすことは簡単。「なんでもないわ」と言うだけだから。
だけど、いまの躊躇が明日の朝には「告白する勇気」にかわっているとは思えない。
それどころか、よりいっそうの躊躇に発展しているはず。
いまここで言わなければ。
ほんの少しの勇気があればいいだけのこと。この時間を耐えれば終わるだけのこと。
いまのこのささやかな時間は、一生をすごす中でもほんのわずか。
たいしたことはない。
「あの、話したいことがあります」
そう切り出した声は小さくてか細くて、しかも震えていた。
勇気を持って切り出したその一言は、自分でも驚きの言葉だった。
他の人にとってはなんでもないただの言葉でも、わたしにとっては意義と意味がある。
オレールは、壁につくり付けてある棚から円筒形の缶を持ってきた。
わたしの前でふたを開けると、ほのかに甘い香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。
「ジンジャークッキー。好きかい?」
「もちろんですとも」
尋ねられ、即座に答えていた。
大好きだけど食べることは出来ない。
焼くことはあっても、それは家族や手土産用。
つまみ食いも許されない。なぜなら、使用人たちが見張っているから。彼らは、わたしの一挙手一投足を見張ってはお父様やお母様に言いつける。
そして、なんでもないことで折檻される。
「では、お茶を淹れます」
彼の返事を待たず、さっさとお茶を淹れた。
ちょっと古いカモミールティーの葉があったので、それにした。
それから、また厨房奥のテーブルに運んで席についた。
「まずお茶を飲んで、クッキーを一枚食べるといい。話はそれからだ」
オレールに勧められるまま、お茶を飲んでからクッキーを口に放り込んだ。
あれだけ夕食を食べたのに……。
ふつうに食べることが出来るわたしの胃は、じつはすごく大きいのかしら。
いままで粗食だった分、反動かしらね。
きっとそう。ということにしておく。
お茶を飲んでクッキーを頬張ったことで、じゃっかん心に余裕が出来た。
いまのうちよ。
このタイミングを逃したら、またウダウダになるかもしれない。
だから、いっきに告げた。
それこそ、思いつくままに。
言葉や文章がおかしくてもいい。とにかく、思いついたことを端から言葉にして口から出した。
そうして、自分が伝えたかったことを伝え終えた。
いいえ。もしかするとまだあるかもしれない。
だけど、いまはとにかく最優先事項は伝えられたと思う。
その間、オレールはじっとわたしの目を見たまま辛抱強くきいてくれていた。
話し終えると、オレールは形のいい口に手をあて、小さく笑い始めた。
「フフフッ」
厨房内は、不気味なほど静まり返っている。
彼の笑い声だけが耳について離れない。
なにが可笑しいのかわからないけれど、すこしだけムッとした。
わたしは、自分なりに必死で話した。その内容は、けっして面白くない。面白い要素などなにもなかった。
それを笑われたのである。