真実の一部
「では、こうしよう。きみをカトリーヌ・ヴェルレーヌと仮定する。おれは、それで話を進める」
ハッと顔をあげると、彼の青色の瞳とぶつかった。
そのきれいな瞳に魅入ってしまった。
わたしの様子がおかしいことに気を遣ってくれているのかしら?
だけど、いまのわたしの様子なら、どこからどう見ても偽者よね。
だって、本物なら「カトリーヌ・ヴェルレーヌ侯爵令嬢よ」ととっくの昔に堂々と名乗っている。
それが出来ないいまのわたしが偽物だと、彼もわかっている。
でも、彼の提案にのるしかない。
かすかに頷き、了承した。
「では、カトリーヌ。おれは、オレール。きみが嫁ぐはずの男の片腕だ。彼は、いま本国に戻っている。こちらに戻ってくるまでの間、おれがきみを見張るわけだ。はっきり言おう。彼は、きみが嫌いだ。美しいとか気立てがいいとか、そういう噂よりもかなりしたたかなレディだという噂が耳に入っているからな。しかし、きみの元婚約者であるカミーユ・サンテールから無理矢理おしつけられたというわけだ。『婚儀を控えている婚約者を人質としてやるから、どうとでもしてくれ』とな。正直なところ、まだ物の方がよほどマシだ。気に入らなければ廃棄すればいいだけだから」
嘘……。
お姉様と皇太子ってそんなことになっていたの?
驚きすぎて口があんぐり開いてしまい、慌ててそれを閉じた。
だけど、身代わりになれと命じたときのお姉様は、とくにそんなことは言っていなかった。婚儀を控えているからって言ったわよね?
もしかして、見栄をはっていたのかしら?
いずれにせよ、お姉様のあの様子だとこんな裏話があることは知らないはず。
まあ、大変。
あのお姉様ですもの。わたしが身代わりに嫁いだなんてことを忘れ、なにくわぬ顔をしてこっそり皇太子に会いに行くかもしれない。
そうなったら、身代わりのことがバレてしまうわけで……。
「知らなかったのか?」
考え込んでいるのが、ショックを受けているように見えたみたい。って、ある意味ではショックを受けているけれど。とにかく、顔を上げるとまた彼の青い瞳にぶつかった。
彼の青い瞳には、わたしの黒い瞳は不吉に映っているに違いない。
この黒い瞳も、家族に蔑ろにされている理由の一つ。
なぜかわからないけれど、わたしだけ黒い瞳なのである。
「え、ええ。知りませんでした。そうでしたか」
だましているとか、バレてしまうとか、そういう事情は抜きにして、正直なところお姉様が婚約者に捨てられ、物のように他国に譲られたということは笑ってしまう。
皇太子もお姉さまのことをうんざりしていたに違いないから。
ずいぶんと悪女っぷりを発揮していたみたいだし、疎まれて捨てられることはあったかもしれない。
復讐というか、仕返しというか、そういうこともしたくなるわよね。もっとも、皇太子の今回の仕返しの方法はひどすぎるけれど。
「お気の毒様」
オレールは、ちっともそう思っていないのにそう慰めの言葉を発した。
とりあえず、いまはここまでにということになった。
わたしがショックを受けているだろうから、と。
二人で後片付けをしているけれど、会話がまったくない。
ときどき、彼が食器や鍋などを置く位置を伝えるくらいで、あとは無言のままそれぞれの作業に徹している。
そのお蔭で、頭の中で状況をまとめることが出来た。
そして、結論にいたった。
わたしがここでバレないようにがんばってお姉様のふりをしたとしても、遠からずしてバレてしまう。
というのも、お姉様がみずからバラしてしまうでしょうから。
お姉さまもしばらくは屋敷にこもっているでしょうけれど、それもそう続くわけがない。もちろん、これもわからないけれど。
お姉様は、化粧を入念にすればそこそこ美しく見える。髪はもともと薄赤色をブロンドに染めているけれど、それが光り輝いているように見える。近くで見れば、髪はいたんでいるし色もくすんでいるけれど。それから、体型ね。出るところは「バーン」って感じで出ているし、ひっこんでいるところは「シュッ」という感じでひっこんでいる。しかも、胸の谷間を異常なまでに強調するドレスを着用しているから、どんな聖人でもついつい目を惹かれてしまう。
つまり、彼女は外見だけで中身はない。
頭も心もなにもない。
というわけで、彼女はいつどんな行動に出るかわからない。
なにせ「大悪女」で有名だから。