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きみは、あなたはだれ?

「いただきます」

「いただきます」


 手を合わせて感謝の念を示したのが彼と同時だったので、内心で驚いてしまった。


 普通、人々はこんなことはしない。


 すくなくとも、お父様やお母様やお姉様はしない。


 わたしは、なぜかしている。いつからかはわからない。おそらく、物心ついたときにはしていたはず。


 というのも、なかなか食事を与えてくれなかったから、なにかしら食料があったときにはいろいろなものに感謝してしまう。


 それが習慣になっている。


 そのわたしの習慣を、彼も習慣としている。それは偶然といえばそうかもしれないし、必然といえばそうなのかもしれない。


 彼も驚いたかしら? それとも、彼にとってこの習慣は当たり前のことかしら?


 そんなことが頭をよぎる。


 が、それも一瞬のこと。感謝してからは無我夢中だった。


 食べることに。


 それは彼も同様で、二人して一心不乱に食べた。


 それこそ、たとえ火事になろうと洪水になろうと、お構いなしといった勢いで。


 自分でいうのもなんだけど、控えめにいってもどの料理も美味しい。


 お腹が空いているからね。


 どれもすごく美味しく感じられる。


 彼を見る余裕はないけれど、わたしに負けず劣らずの勢いで食べているのは感じる。


 そして、そんなにときをかけずして食べ終った。


 しかも、それぞれに二食分、合計四食分あったはずなのに、なくなっていた。


 皿も鍋もバスケットもピッチャーもその他もすべて、空になっていた。


 わたしたち、すごくないかしら?


 おおいに満足し、その反面うしろめたい思いもしつつ、つくづく思った。


「あー、美味かった」


 その声で彼の美貌を見てしまった。当然、彼と視線が合ってしまった。


「いや、その……」


 彼は、急に言い淀んだ。


「どうしておれの分まで作ったんだ? というか、きみはほんとうにカトリーヌ・ヴェルレーヌなのか? 噂とはずいぶん違うようだが……。たしかに、噂がすべてではない。違うこともあれば、盛りすぎていたり逆に過小評価しすぎだったりもする。だが、きみに関しては、まるで別人のように違いすぎる」


 彼は視線を合わせたまま、いきなり核心に迫ってきた。


 はやくもピンチをむかえてしまった。


 わたしの命だけでなく、わがヴェルレーヌ侯爵家、ひいてはわが国がピンチをむかえてしまった。


 いっそほんとうのことを告げる?


 その前に、彼がだれなのかを知っておかないと。


「その、あなたはいったいだれですか? わたし、どうしてここにいるのでしょうか」


 教えてくれるとは思わないけれど、念のため尋ねてみた。


「おれの質問に質問で返してくるとはね。だったら、きみの質問に対するおれの答えはこうだ。おれの答えは、おれの質問に対するきみの答えによってかわってくる、と」


 はい?


 意味がわからなさすぎる。


 彼の質問に対するわたしの答えによってかわる?


 そんなのそれが真実かどうかもわからないじゃない。


 頭の中も心の中も混乱している。


「おれから先に尋ねた。まず、きみが答えるべきだ。その答えで、おれも答える」


 美貌にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。


 そんなこと、言われましても……。


「その……。わたしは、わたしはヴェルレーヌ侯爵家の娘です」


 一応、血はそのはず。


 家族からの扱いや立場はともかく、まったくの嘘ではないからこれはまだ答えやすい。


「だろうとも。昨夜、侯爵家に迎えに行ってきみを馬車に乗せたから。まさかまったく関係のないレディが屋敷にいたのだったら、それはそれでいろいろヤバいだろう。でっ?」


 彼が身をのりだしてきた。


 厨房のいくつかある窓から射しこむ陽光でその美貌が光り輝いている。


 ダメだわ。


 嘘はつけない。だけど、ほんとうのことを言うわけにはいかない。


 だって、まだ嫁ぐ相手である将軍に会ってもいないのに。


 いまバレてしまっては、お父様やお姉様にどんなことをされるかわからない。


 罵倒や折檻をされ、屋敷を放り出されるかもしれない。


 それどころか、「もう必要ない」とばかりに殺されたりどこかに捨てられるかもしれない。


 ふつうなら考えられないことだけど、とくにお姉様の思考はふつうではない。そんなふうに考えてもおかしくない。


 お父様とお母様はお姉様の言うなりだから、「お願い。ミキを捨てて」と一言お願いすれば従うはず。


 ゾッとした。


 無意識のうちにわが身を抱きしめていた。



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