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彼と食事をすることに

 ここではいろいろとものめずらしい食材や器具があって、心から楽しく料理することが出来た。


 厨房の奥にテーブルと椅子があるので、そこで食べるつもりで料理を並べてみた。


 シチューにサラダ、魚の酢漬け。チーズの盛り合わせ。パンも焼いた。


 魚は、この国では貴重である。捌いて揚げて酢漬けにした。


 生野菜も冷蔵室で鮮度を保たれたまま冷蔵されているので、豪快にドレッシングを作って添えた。


 酪農が盛んではないこの国で、チーズもまた貴重である。見たこともないチーズを数切ずつ皿に盛った。


 メインのシチューは、イモ類と塊肉を煮込んだもの。葡萄酒をいただいて塊肉がホロホロになるまで煮込んだ。


 パンは、料理に合うようシンプルにロールパンにした。


 葡萄酒は、いまはやめておこう。もともとそれほど強いわけではない。


 さて、と。


 どれもおおめに作っている。


 彼とわたし、二食は食べられるように。


 彼はどこに行ったのかしら?


 とりあえず厨房から出て、さきほど彼がいた場所に行ってみよう。もしかしたら戻ってきているかもしれないし。


 というわけで、さっそく行ってみることにした。



 厨房から廊下に出た瞬間、「おっと」という若い男性の声とともに両肩をつかまれた。


 その予期せぬ接触に、おもわず口から悲鳴が飛び出していた。


 それが可愛らしい「キャーッ」とか「キャアッ」とかならよかったのだけれど、「ギイヤアアアアッ」なんていう、まるでこの世の終わりみたいな悲鳴だった。


 自分でも驚いてしまった。そして、その驚きはすぐに恥ずかしさにとってかわった。


「す、すまない」


 フード姿の馭者は、わたしの側から飛びのいた。


「い、いえ、こ、こちらこそ」


 そう応じた声は、かなりの震えを帯びていた。


 心臓のあるあたりに手を添え、心臓を落ち着かせようとした。


 そんなことでドキドキばくばくがおさまるわけはないけれど、ついついやらずにはいられない。


「大丈夫か? 驚かせるつもりはなかったんだ」

「だ、大丈夫です。わたしの方こそ、みっともなく叫んだりして申し訳ありません」


 そのとき初めて、顔を上げた。見上げたといっていいかもしれない。


「……」


 無意識の内に息をのんでいた。


 彼は頭部からフードを外していて、顔があらわになっている。


 その顔が美しすぎたのである。


 美しい? そんな表現が物足りないくらいのかなりの美貌。


 世の中にこんな美しい人がいるなんて……。


 ヴェルレーヌ侯爵家という、狭くて小さな世界しか知らないわたしが世の中を知らなさすぎるのかもしれない。


 だけど、この美貌がこの世界にそうそういるわけはない。


 彼は、わたしが驚きの目で見ていることに気がついたみたい。


 すぐにフードを目深にかぶってしまったからである。


「様子を見に来た」


 彼は、ざらついた声でぶっきらぼうに言った。


 その声が作られていることは、いまではわかっている。


 顔も声も、どうして隠すのかしら? 


 疑問がふつふつと沸いてくる。


「わたしも様子を見に行こうと……。食事を作ったのです。もちろん、あなたの分も。お口にあうかどうかはわかりませんが、食べていただけたらさいわいです」


 心臓のドキドキばくばくは、まだ続いている。


 だけど、最初の驚きすぎたものではなく、いまは違う意味でドキドキばくばくしている。


「食事? きみがおれの分を?」


 しまった。


 姉が料理をするわけがない。


 姉なら食事をする為にナイフとフォークを握るくらいで、厨房に立ち入ることすらしない。


 料理のことでなにかするとすれば、文句や非難をするくらいね。


「たしかに腹が減っている。とりあえずいただこう」


 が、彼はそう言った。


 そして、厨房に入ってしまった。


 ドキドキばくばくがおさまってくると、お腹の虫がまた騒ぎ始めた。


 とりあえず、わたしもいただきたい。


 彼のあとに続いて厨房に戻った。


 彼は厨房の奥にあるテーブルに近づくと、美貌をこちらに向けてから席についた。


 もう一度こちらに美貌を向けると、手で向かい側の席を示した。


 いろいろな意味で覚悟を決めた。


 彼の分の皿を持ってきて、彼の分をついだり分けたりし、彼の前に置いた。


 それから、自分も席についた。


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