お姉様の身代わりなのに
食事を終え、あらためて室内を歩きまわってみた。
トランクも運び込まれている。
クローゼットの中に無造作に置かれていた。
ガラス扉に近づいてカーテンの隙間から外を見てみた。
テラスにテーブルと椅子が置いてある。
その向こうは、木々が鬱蒼と茂っている。
その木々の高さと比較して、ここが二階であることがわかった。
一瞬、部屋の外へ出てみようかと扉に近づいてみた。
ノブに手をかけたとき、躊躇した。
夜中にどことも知れない屋敷内をうろつくのはいかがなものか。
お腹がいっぱいになったら眠くなってきた。
とりあえず、いまは休みましょう。
というわけで、トランクから自分の夜着をひっぱりだし、それに着替えて天蓋付きの立派な寝台に横になった。
わたしって意外と図太かったのね。
そんなことを考えていると、あっという間に眠りに落ちていた。
またしてもハッと目が覚めた。ほんとうに唐突に。
昨夜、というか深夜のときと同様に上半身を起こし、とりあえずはヘッドボードに背中をあずけてみた。
深夜はカーテンの隙間から月光が射しこんでいたけれど、いまは陽光が射しこんでいる。
いまはいつ?
というのがいまの正直な気持ち。というよりか知りたいこと。
小鳥たちの囀りがかすかにきこえてくる。
屋敷にいたとき、早朝から家事をしていた。使用人はいっぱいいたけれど、わたしは見てくれも中身も悪すぎるので、せめて家事や雑用を出来るようにとお父様やお母様がさせてくれていた。
だから、使用人たちよりも早く起き、一生懸命働き、夜はだれよりも遅くまで雑事をしていた。
部屋は地下室を使っていたし、食事も一日に一食かそれよりも少なく、その内容も材料のあまりものがほとんどだった。
ずっとそうだったから、それが当たり前だとばかり思いこんでいた。
わたしより二年早く生まれたお姉様は、それはもう美しく華やかで性格も社交的で明るい。だからつねに注目されているし、話題の的でもある。
そのせいでワガママで独善的で支配的なのだけど、本人曰くそれも彼女の魅力らしい。
そんなお姉様が中心で、わたしは生まれたときからどうでもいい存在だった。
まだ屋敷に置いてもらっただけありがたいのかもしれない。
だから、いまこうしてお姉様のかわりにここにいることが、お姉様やお父様たちへの恩返しになるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、夜着からお姉様のお古のドレスに着替え、テラスへ出てみた。
すごくいい天気だわ。
燦燦と降り注ぐ陽光がまぶしいくらい。
いつもは、屋敷内で家事をしている。洗濯物を干すときだけ、外に出て陽光を浴びることが出来た。
陽光を浴びていると気分がいいし、明るくなれる。
おもいっきりのびをした。
そのとき、視線を感じた。
テラスの下に視線を走らせると、昨日の馭者が斧を片手にこちらを見上げている。
陽光の下、昨夜と同じようにフードを目深にかぶっていて顔も体格もよくわからない。
「腹が減っているなら、厨房で適当に作るといい」
彼は、わたしと視線が合ったであろうタイミングでぶっきらぼうに言った。
「昨夜のサンドイッチは、あなたが作ってくれたのですか?」
「『大悪女』と名高いお嬢様の口には合わなかっただろう? っというか、どうせ口にしていないだろう?」」
彼は、乾いた笑声を上げた。
「ありがとございます。お腹が減っていましたので、あっという間に食べてしまいました。たしかに美味しいとは言えませんでしたが、心のこもったサンドイッチでした」
そう応じてからハッとした。
お姉様だったらぜったいにこんなこと言うわけがない。
それ以前に食べなかった。
わたしってダメね。
お姉様のかわりに傲慢に振る舞うことすら出来ないの?
ありがたいことに、彼はプイと横を向いて歩き始めた。
そして、木々の間に消えた。
どうしよう……。
彼の消えた方角を見つめつつ、焦燥感に襲われた。