死ぬこと
お母様に毒の入った小瓶を渡されたとき、他人事のようにしか受け止めなかった。まさか自分がそれを使うなどという選択肢は、というよりかはその存在じたいが頭の中にも心の中にもなかった。
それなのに、その存在を思い出した途端にそれが重苦しく、また重要なアイテムになってしまった。
死ぬ、ということがこれほど怖ろしいことだなんて……。
「ミキ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「も、申し訳ありません。風邪をひいたのでしょうか? 急に寒気と頭痛が……」
ごまかす為に嘘をついた。
「それは大変だ。もう休んだ方がいい。話はいつでも出来る」
ホッとした。彼の話の続きをきかなくてすんだから。
いずれにせよ結果は同じ。それを告げられるのがわずか先になっただけのこと。
それでもいい。せめてもう少し、あと少しだけでも彼といっしょにいられればいい。
安堵感に満たされ、わずかながら動揺がおさまった。
「……」
その瞬間、長椅子から体が浮いていた。
「コランタン様」
なんてこと。コランタンがこのわたしをお姫様抱っこしているのである。
彼の胸元から驚き顔で見上げると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「部屋まで運ぶよ。ああ、心配はいらない。将軍という地位は、心技体それ相応の力があるから務まっている。だから、きみをお姫様抱っこして運ぶくらいなんでもない。ここに来た最初の日も、馬車からきみの部屋へこうやって運んだんだ」
「なっ、なんですって?」
大声が出てしまった。
すっかり失念していたわ。
馬車で寝てしまって、気がついたら寝台の上だった。わたしが夢遊病でないかぎり、彼が抱っこして運ぶしか手はない。
すっかり頭の中から消え去っていた。
違う意味での衝撃に動揺している中、彼は二階へと向かう。わたしをお姫様抱っこしているとは思えないくらい、身軽に階段をのぼっていく。
そして、わたしの部屋に入るとわたしを寝台の上に寝かせてくれた。
「おっと、誤解のないように言っておくけれど、最初の夜はぜったいにやましいことはしていない。馬車で眠り込んでいるきみを何度か起こそうとしたけれど、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたから部屋まで運んだ方がいいと思い直し、すぐに行動に移した。いまのようにきみを寝台の上に寝かせてからトランクを運び込んだ。それから、きみが目覚めたら腹がすいているかと思い、サンドイッチを作った。まあ、あれは正直失敗だった。野菜を使わなければよかった。いつもは違う。あんなひどいのは、自分史上初めてのことだ」
寝台に寝かされたまま、一生懸命言い訳をしている彼の美貌を見つめている。
ここに来たときの夜と同じように、ガラス扉から月光が射しこんでいる。カーテンが開いたままになっているから、室内はこれでもかというほど月光に溢れている。
「というわけで、誓ってやましいことはしていない」
「ええ、わかっています」
冷静に答えると、彼は目に見えてホッとしたみたい。
わたしには魅力がまったくない。コランタンもそんなわたしに小説などで表現される「そそられる」なんてことはないはずですもの。
「今夜はゆっくり休むといい。水をもってこよう。なにかあったら、夜中でも明け方でもいつでも声をかけてくれ。きみの症状にあう薬を探してみるから」
「コランタン様、どうかお気遣いなく。眠ればスッキリすると思います」
「そうだな。さあ、寝た寝た」
うながされ、それに従った。
そして、無理矢理瞼を閉じた。
しばらくの間彼は側についていてくれたけれど、部屋を出て行った。そして、水を持って来てくれた気配があり、また側にいてくれた。
なぜか安心出来るその気配を、頭と心で感じている間に眠ってしまっていた。
だから、彼がどれだけ側についていてくれたかはわからない。
彼のことや毒薬のことも含めた自分の将来のことを思い悩んでいるわりには、ぐっすり眠ってしまっていた。
月光が陽光にかわるまで、まったく目を覚ますことはなかった。




