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見事な「大悪女」っぷり

「ええ、それはもう」


 店主は、揉み手をしながら下級貴族の名を連ねた。


「オレール」


 コランタンの方を振り向き、彼の別名を呼んだ。


 別名というよりか、彼が最初にわたしに名のった名である。


「はい、奥様」

「どういうこと? わたしはこんな下級貴族が使うような店に案内しろとは言っていないわよね?」

「申し訳ございません、奥様。わたしは、この帝国のことはよく……」

「おだまりっ! 言い訳は結構よ。時間のムダだわ。行くわよ」


(わたし、大丈夫なの? ちゃんと出来ているかしら?)


 心の中でビクビクしている。


「お、お待ちください。オーダーメイドは難しいですが、既製のドレスの品揃えならこの帝国のどのドレス店にも負けません。どうかチャンスを下さい」


 店主も必死である。


「奥様、夜会まで時間がございません。既製のドレスでもいい品があるはずでございます」


 コランタンが絶妙に勧めてきた。


 打ち合わせ通りに。


「仕方がないわね。言っておくけど、ムダな手間暇をかけさせないで」

「そ、それはもう。かならずやご納得のいただけるドレスがございます。さあ、こちらへ」


 そうして、ドレス選びという苦行が始まった。



 夕食後、いつものように居間でお茶とスイーツを楽しんでいる。


「驚いたよ。完璧だ」

「ほんとうですか? 今日のは自信作なのです」


 今夜はマドレーヌを焼いた。自分では完璧だと思っている。二人とも、一個目を頬張ったところだった。そのタイミングでコランタンがそう言ってくれたので、わたしも驚いてしまった。


「あ、ああ、マドレーヌね。これも完璧だ。いいや。料理やスイーツに関しては、いやいや、それどころか家事に関しては、きみは完璧すぎる。おれは、そんなきみにすっかり惑わされているよ。そういう意味では、きみは立派な悪女だ」


 はい?


 いまのは褒め言葉なのかしら?


 褒め言葉ととっておきましょう。


 いまだに褒められることに慣れない。彼はまず褒めてくれるけれど、こそばゆいという感覚のほうがおおきくてうれしさはちょっぴりしかない。


「いま完璧と言ったのは、ドレス店でのことだ」

「ああ、アレですか?」


 思い出しただけで赤面物のアレである。


「違和感なく出来ていた。見事な『大悪女』っぷりだった。おもわず、きみを嫌いになりそうになった」


 コランタンは、短い笑声をあげた。


 その彼の言葉にドキリとした。


 きみを嫌いになりそうになった?


 ということは、もともとわたしのことを嫌いではないということよね。


 でも、ちょっと待って。


 言葉の綾だったかもしれないわ。なにより、彼はやさしい。そんな気もないのに気を遣ってああ言ったのかも。


「ミキ? なにか不都合なことでも言ったかな?」

「いえ。うれしかっただけです。血のにじむような努力が実を結んだのですから」

「血をにじむような努力? たしかにそうだが、これもまたおかしな話だと思わないかい? イヤーなレディになる為の特訓なのだから」

「それもそうですね」


 彼と視線が合うと、どちらからともなく苦笑していた。


「これできみをどこに連れて行っても恥ずかしくないだけの悪女っぷりを発揮してくれるな」

「それもおかしな話ですよね? 妻の悪女っぷりを自慢したいみたいな?」


 また苦笑してしまった。


「部下たちを呼び寄せたんだ。きみとおれだけで乗り込むよりそれなりの体裁を整えた方が効果的だからね。関係者に目に物見せてから、そのまま帰国するつもりだ。そこでだ」


 彼は、そこで形のいい口を閉じた。


 このあとに続く言葉はわかっている。


 わたしは、このまま捨てられるのである。捨てられる、という表現は違うけれど。わたしからすれば捨てられるみたいなもの。


 この先、どうすればいいの?


 お父様たちをギャフンと言わせた後だと、わたしはもう屋敷には戻れない。それでなくても戻ってくるなと言われているから。


 戻れないだけじゃない。もしかしたら、捕まえられてひどい目にあわされるかもしれない。


 だったら、逃げないと。それから?


 銅貨の一枚も持ち合わせがなく、稼ごうにも仕事もない。仕事や生活出来る部屋などを探している間に飢えてしまう。


 ここのところの飽食と甘やかされた生活で体はすっかりなまってしまっている。そして、心は満ち足りすぎている。


 いまさらまた以前のような生活に戻れるのかしら?


 そのとき、ふと思い出した。


 そういえば、お母様に毒薬を持たされたのだった。


 バレたときの為に。わたしが一人で死ぬか、コランタンも死なせるか。


 それを使えばどうかしら?


 いっそ死ぬのよ。


 そう思いついた途端、体が震え始めた。


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