ドレスを買いに行く
翌日、予定通り街に出かけた。
コランタンの隠れ家ともいえる屋敷に来たとき、馬車内で眠ってしまっていた。屋敷に来てからは、その敷地内から一歩も出なかった。「大悪女」の練習で忙しすぎてそんな余裕がなかった。出たいとかどこかに出かけたいという意欲はなかった。
このとき初めて、馬車で敷地内を出た。
どうやら皇都内でも裕福な人たちが住んでいる地域らしい。貴族とは違う、たとえば大商人とか土地持ちの人とか、そういう人たちの屋敷が並んでいる。それらが馬車の窓をつぎからつぎへとすぎ去っていく。
あっという間に街のドレス店に到着した。
ドレス店を訪れるのに、お姉様が恵んでくれたドレスを着用しなければならなかった。
はっきりいって、色合いもデザインも趣味じゃない。というよりか、胸元が見える大胆なデザインだから、控えめにいっても胸が小さいわたしにはまーったく似合わない。
コランタンはそのわたしのドレス姿を一目見、ふきだしそうになって慌てて表情をあらためた。
ええ、わかっているわ。わたしが一番。
心の中で、彼に舌を出してしまった。
それはともかく、わたしの外見と比較して黒色の執事服姿のコランタンは素敵すぎる。
彼があまりにも素敵だから、ドレス店の前で馬車から降りるときや店内に入るときにエスコートしてくれる彼をポーッと眺めてしまった。
演技とはいえ、すこしだけ自尊心がくすぐられた。
今回の件が片付くまで、こんな状態ですごせる。
そう思うとドキドキがとまらない。
それから、キュンキュンも。
似合う似合わないはともかく、コランタンの執事の演技とお姉様のドレスがきいたみたい。店主がすぐに飛び出してきた。
「いらっしゃいませ、レディ」
「隣国の将軍であり大使のセリエール閣下の奥様です。急ぎ夜会用のドレスが必要になりました。すぐに準備をしていただきたい」
コランタンが告げた。
大使?
それは知らなかったわ。
そういえば、彼のことをほとんど知らないことにいまさらながら気がついた。
毎日食事を作っているので、さすがに彼の食事の好みはわかるけれど、それ以外、たとえば趣味とか好みとか、そういうことはまったく知らない。
いつもわたしのことばかりで、彼に質問したり彼の話をきいたりということがほとんどない。
なぜか尋ねることが出来ないのである。それが実情。
「しかし、オーダーメイドとなるとすぐというわけには……」
店主の恐縮しきりの言葉で、コランタンのことから現実に引き戻された。
「わたしを外に立たしたまま、言い訳を連ねるのはやめてちょうだい」
心の中でなんの罪のない店主に詫びながら、ピシャリと言った。
ドキドキが半端ない。
「こ、これは失礼いたしました。ささっ、どうぞ」
店主は、すぐに店の扉を開けて中へ入れてくれた。
「コホン」
コランタンの咳払いでハッとした。
太った体を脇にどけて開けてくれたその横を小さくなって歩いてしまっていた。
まるでなにか悪いことをしているか、あるいは咎められるのを怖れているかのように。
すぐに背筋を伸ばし、物理的にない胸を張った。
堂々と前を向いて歩く練習だけでどれだけのときを費やしたことか。
一歩一歩踏みしめつつ、堂々と歩けているはず。
はいている靴は、残念ながらわたし自身がはいているボロボロの靴である。
お姉様が気に入らずに一度しかはいていない靴を持たされてはいるけれど、サイズが大きすぎてはけなかった。だから、自分のボロボロの靴ですませるしかない。
「ここはこの帝国の貴族の御用達じゃないの?」
店内を無遠慮に見まわしながら高飛車に尋ねた。
ドキドキはひどくなるばかり。
いつ化けの皮がはがされるのではないかと思うと気が気ではない。
コランタンは、貴族でも下級貴族が使うドレス店をわざと選んだ。
その方が都合がいいからである。




