悪女修行
それからが不思議だった。
とにかく、傲慢であれ。
オレール、ではなくてコランタン・セリエールを相手に、噂通りの「大悪女」になる練習を重ねた。つまり、お姉様になるのである。
とはいえ、セリエール将軍を相手にしていると思うと気おくれしてしまう。わたし自身が気弱で臆病という性格もある。
怯え慄き震えることは出来ても、居丈高だったり生意気だったりという態度は性に合いそうもない。
コランタンは、そんなわたしをときに励まし、ときに勇気づけてくれた。
けっして叱ったり脅したり、なんてことはしない。些細なことでも褒め、持ち上げてくれる。
そんなことには慣れないけれど、わたしは単純に違いない。
おおげさであったり嘘であったりしても、褒められるとうれしくなってさらにがんばってしまう。
というわけで、毎日「大悪女」の練習を繰り返すうちに慣れて楽しくなってきた。
楽しくなってきたというのは、傲慢な振る舞いにではない。彼とすごすことが、である。
しかし、あるとき急に意識し始めた。
ここには二人しかいない、ということを。二人っきりなのである。
コランタンは、終始笑顔で接してくれている。
容姿は最高で物腰がやわらかく、やさしくて気遣い抜群で品があって頭が良くって、しかもすごく強いという、まるで小説の中のヒーローのような存在。
こんなわたしといていいのかしら?、とついつい考えてしまう。
そう考えると、つぎはどんどん悪い方に考えてしまう。
彼にしてみれば、自分をバカにした皇太子を懲らしめたくてわたしを利用しているだけなのか、と。
そう思うことにした。
そう思うことで、自分の気持ちを他へそらそうというように。
そういう自分の心の流れに戸惑いを禁じ得ない。
戸惑いながらも、彼とのひとときを楽しんだり怖れたり不安になったりする。
自分が自分でわからなくなってきた。
しまいには、彼といっしょにいると胸が痛くなるようになった。
鼓動が激しくなり、止まってしまうのではないかというくらいドキドキばくばくしている。
そんな感じで時間はあっという間にすぎていった。
ある夕食後、二人でお茶を飲んでいた。居間でのことである。
すっかり飽食に慣れてしまい、太ってきたことを自覚している。骨ばっていた体は丸みを帯び、こけた頬は肉がついて血色がいい。その為、いままではわからなかったえくぼがわかるようになった。
鏡の前で変な顔を作っていて、コランタンに笑われたのも一度や二度ではない。
これまでは自分の顔や体が大嫌いだった。
ちっぽけで痩せこけた姿は、まるで子ども向けのお話に出てくる小悪魔そのものである。
だから、鏡を見るのが嫌だった。
だけど、いまは違う。身だしなみを整える間くらいは、自分自身の姿を見ていられる。
「明日、買い物に行かないか?」
彼がそう切り出してきたとき、ちょうどチョコレートケーキを頬張ったところだった。
「買い物、ですか?」
「ああ。これまでの修行の成果を確認しないと。つまり、きみがどれだけ傲慢でわがままに振る舞えるか試すわけだ」
「その、あまり自信がないのですが……」
「じつは、雲隠れが限界にきている。そろそろ戻らねばならない。その前に挨拶をしておいた方がいい。ああ、そうだ。だまされた後始末もつけた方がいいな。その際、当然きみも同伴してもらう。噂の『大悪女』っぷりを見せつけるためにもね。それに似合うドレスを着用し、二人でおもいっきりキメようじゃないか。明日の買い物は、その為のドレスを作りに行くというわけだ」
なんてことかしら……。
二人でキメようじゃないかって、わたしには壁が高すぎるわ。
「そんなに不安そうな顔をするなよ。おれがついている。もっとも、おれは馭者兼執事を装うけどな。大丈夫だから。いまのきみは、以前のきみと違う。もっと自信をもっていいんだ。きみは強い。これまでのことを考えてみろ。家族や使用人たちのひどすぎる扱いを、きみはなんなくやりすごしてきている。どれだけの扱いをされても、肉体的精神的に痛めつけられても、きみは耐えることが出来た。それは、だれにでも出来ることではない。すくなくとも、おれには無理だ。だから、きみは強い。そして、いまはさらに強くなっている。なにより、きみは他人の痛みを知っていて、他人を思いやれる。これは最強だ。その強さでイヤなレディを演じればいいだけのこと。きみならきっと出来る。明日は街のドレス店に行くが、ワガママで傲慢なおれの妻をやってみてくれ。おれに対しても、使用人みたいな態度をとるといい。きっと出来る。自分を信じろ」
彼の声が耳に心地いい。
褒められたときにうれしくて舞い上がってもっと頑張ろうという気になるように、いまもすっかりその気になった。
「がんばってみます」
単純なわたしは、いまこのときにはヤル気満々でそう答えた。




