第十四話 パワーアップ
パワーアップ
明日は日曜で、朝っぱらから少々イベントがある。
もっとも誰にも話していないので、どうなるのかは終ってからのお楽しみだ。
これも幸運があるのかという指標にもなるはずだ。
などと考えているうちにいつの間にか眠りにつき、そして朝が来た。
朝食を終えたリビングで、「さあ、行こうか」と珍しく父が言ってすぐに立ち上がった。
ディックは散歩だろうと思って父に飛びかかっていく。
ロボットのはずなのだが、やはりどこからどう見てもかなり小さな犬にしか見えない。
父はディックを笑顔で見て手のひらに乗せてから抱いた。
ディックのバッテリーは半日程度なら走り回っていても切れることはない。
エンジェルも同じで、昼過ぎまでなら確実にもつ。
母もエンジェルを抱き上げて、笑顔でほおずりをしてから、肩の上に乗せた。
俺もすぐに立ち上がって、父のあとに続いた。
どうやら今日は全てがうまく行きそうだと、俺はひそかにほくそ笑んだ。
エリカたちもいつもと変わらずオレたちについてくる。
教会までは少々距離があるが、疲れるほどではない。
平坦な道を北西方向に約1キロほど歩くと大きな十字架が見えてくる。
少し古い住宅の多い家並みの中に中学校があり、その裏手の小高い丘の上に教会はある。
多くの緑に囲まれた、風光明媚な場所に教会は鎮座している。
この辺りも全て優華の所有する土地だと聞いている。
教会に入り、いつもように牧師に目礼だけをして、時間が来ると説教を受ける。
俺たちはクリスチャンではない。
俺たちの場合は、マリア像信奉者といったところだ。
しかし、お布施は欠かせない。
今日は願い事がるのでかなり多めに用意してきた。
いつも通りに礼拝が終ってすぐに、神父はひとつ咳払いをした。
「本日は喜ばしい行事があります。
では、速やかに準備を行なってください」
神父が語り終わると同時に、俺の同僚の女性のたちが姿を現して、エリカたち四人を静々と別室に誘った。
この日のために、口の硬い人たちだけを選抜していた。
「さあ、お父様、お母様も」と、俺より一年先輩の菊池美奈が笑みを浮かべて言った。
父と母は予感があったのか驚きもせずについていった。
俺も準備をしようとすぐに立った。
エリカは、―― やってくれたわね… ―― と言わんばかりに俺をにらんでいたが、今は素晴らしい笑みを俺に向けてくれている。
四人の中で一番に彩夏が泣き出してしまった。
きっと、こうなるだろうとは予測してた。
俺と父が一番に着替え終わって教会に戻ってきた。
お互い白のタキシードを身にまとっている。
父は笑みを俺に向けている。
「そろそろだとは思っていたんだけどな。
普通、こういったものは一言言っておくべきなんじゃないのか?」
決して俺を責める口調ではない。
「構えられると面白くないから」と俺が言うと、「ふっ、おまえらしい」と言ってから笑った。
結婚行進曲が流れ、母を先頭にしてエリカたち四人が姿を見せた。
父は一度でいいのだが、俺は同じようなことを四回することになる。
父と母は照れくさそうにして、神父のもとまで歩いていった。
一番初めの俺の相手は優華だ。
優華は夢見る乙女のような顔をして俺を見ている。
「いつも通りでいいぞ」と俺が言うと、言葉にすると涙がこぼれるようで、少しだけうなづいた。
俺と優華は腕を組んでから、ゆっくりと神父に歩み寄った。
「本日の喜ばしく幸せなる行事は
今までと変わらぬ愛を誓っていただくために執り行いますが、
お気持ちはそれぞれの思いのままに」
神父は優しい笑みを浮かべて言った。
優華の表情は微妙だったが、写真さえ撮ればいいようで、ふくれっつらを見せることなく、彩夏と交代した。
彩夏は倒れそうになるほどに涙を流している。
一生分の涙を流したのではないかと思わせるほどだ。
爽花は泣いてはいないが眼が赤い。
今回は小細工はできなかったようで、少し悔しそうな顔に見えたが、俺がマリア像に顔を向けるとすぐに、神妙な顔に変えた。
最後のエリカは、俺の妻として結婚式をする。
「…マズイんじゃ…」とエリカは小さな声で言ったが俺は、「いいんだ」と普通に言った。
神父の前で愛を誓い合い、俺たちの夫婦となる儀式は終えた。
「…愛の口づけは?」とエリカに小声で言われてからにらまれたが、「父さんが嫌がるからなし」と俺が言うと、エリカは一気に泣き顔に変わった。
もっとも、優華たちが乱入するかもしれないことも視野に入れてのことでもある。
この後は平和に、マリア像をふたりの間にはさんで記念の写真を撮った。
花嫁5人のうちで母が一番喜んでいたことを俺は喜んだ。
カメラマンはふたりいて、平面用と立体用だ。
スタッフは技術部員の細田に声をかけると部下の三人を連れてきてくれた。
ハイクォリティーな写真と立体的な記念品のフィギュアに、エリカたちは新たな涙を流してくれた。
着替えを終えて、神父に礼を言ってから、ささやかな披露宴をするためにグルメパラダイスの透明の予約席である、日本警察署に入った。
当然のように、平面と3Dの映像も撮ってくれている。
五人の花嫁たちは映像を見入っているばかりで食はなかなか進まないようだ。
「なぜキスしなかったっ!!」とここで彩夏が騒ぎ始めた。
「おまえが乱入してくるからに決まっているだろ…」と俺が言うと、「くっそぉー…」と言って男らしく悔しがっている。
「もっともここで、エリカには強引にキスされたからな、
その罰でもある」
俺が言うと、―― 理由が違うっ!! ―― といった目でエリカににらまれたが、当然のようにそれは違うとすぐに察したようで、穏やかな顔になった。
「…うー、くやしいいいいっ!!」と爽花が珍しく感情をあらわにした。
「アイコンタクトだけで理解しあわないでっ!!」と爽花はさらに声を荒げた。
「夫婦だからな、そんなもん当然だ」と俺が言うと、爽花、彩夏、優華は深くうなだれた。
「スパイに感知させずに…」と彩夏がかなり悔しがって言って俺をにらんできた。
「それも当然だろ…
俺が信頼をおける人にだけこっそりと伝えたんだよ」
「今すぐにスパイになれっ!!」と彩夏が叫んで、俺の同僚たちに詰め寄り始めた。
「私が一番だったら…」と優華が意味不明の言葉をつぶやいた。
何の一番なのかを少し考えて、「少々卑怯なキスの順番?」と俺が聞くと、「…うん、そう…」と優華は言ってから深くうなだれた。
「きっとな、本当に僅差なんだが、
その順番になっていると俺は思うんだ」
俺が言うと優華はさらに落ち込んだ。
「問題だったのは俺との運の相性、かな?」
俺が言うと、優華は体中の力を込めて、「ずっーと一緒にいたのにっ!!」と渾身の声で叫んだ。
だが泣くことはしないようで、「あー、すっきりした」と言って俺を笑わせてくれた。
「ふーん、以外にも淡白でもある」と俺が言うと、優華はかなり困った顔をした。
優華の表情とは少し違うが、困った顔をした正造が日本警察署のドアをノックした。
優華はすぐに立ち上がって、ドアを開けた。
正造自らがこの部屋を訪れるのは初めてなので、きっと優華がらみで何かあったと俺はすぐに感じ取った。
俺はひとつだけ心当たりがあったので、ついつい彩夏を見た。
「兄ちゃん、何か言ってなかったか?」
俺が聞くと、「あー…」と彩夏は言ってかなり困った顔をした。
「翔君とのこと、一部の人だけに曲がって伝わってるの。
優華ちゃんが叫んだ件で…」
「和喜兄さんと結婚するって?」と俺が言うと、彩夏は苦笑いでうなづいた。
山東和喜は彩夏と少し年が離れた兄で、今は市議会議員兼山東建設の社長をしている。
優華とは関係が深く、佐々木開発と手を組んで、この地域の北部にある山の手に、『エバーライフシティー』という一大ベッドタウンをこのグルメパラダイスとともに築いた。
駅からは少々遠いので、通勤ラッシュ時には送迎バスを走らせている。
ショッピングセンターや学校、役所関係なども充実しており、著名人などが多く住んでいることで、人気はかなり高い。
彩夏のマンションもそこにあり、兄の和喜は広大な一戸建て住宅を構えている。
「どうやら優華も正念場のようだな」と俺が言うと、彩夏はかなり困った顔をした。
和喜と彩夏は6才年が離れているので、俺たちの子供の当時はほとんど接触はなかった。
だが、優華が事業家として14才で立った時、和喜とは当然のように接触している。
きっと和喜も、優華は冷たい女性と思っているはずだ。
優華は彩夏の兄として、「お兄ちゃん」と呼んでいたに違いないと俺は感じている。
優華が嫌がるので、事業家としての優華の仕事姿はいまだかつて一度も見たことがない。
正造との話は終ったようで、優華は席に戻ってきた。
そしておもむろに携帯を出して、メールを打ち始めた。
メールを打ち終わり送信して、「ふー…」と優華はため息をついて、かなり困った顔を俺に向けた。
「結婚するの?」と俺が笑いながら言うと、「まだまだしないもんっ!!」と優華は言ってふくれっつらを見せた。
「そういえば、最後に会ったのっていつだろ…」と俺が言うと、「私が一番最後に高校を卒業した時」と彩夏は恥ずかしそうにして俺に言った。
「5年前か…」と俺が言うと、彩夏は小さくうなづいた。
年齢的には高校卒業は優華が一番最後のはずだが、そうはならなかった。
優華は自分自身の欲だけのために、小学校を四年で卒業して、中学の入学を果たしている。
よって俺、エリカ、優華は中学三年間は同窓生だった。
彩夏はさらに取り残された気分となり、俺たちの仲間から疎外されているように感じたはずだ。
彩夏の場合は、当事の爽太郎にほとんど勉強を教わっていない。
自分が持つ学力だけで高校を卒業をして、本格的なパティシエの道を進んでいる。
よって、俺と優華、さらにはその前年に爽花が、県内でも難関の高校に入学を果たしたのだが、彩夏は別の高校に通った。
優華は高校二年の時につもり積もった鬱憤を晴らすかのように、実業家として目覚めた。
正造は、「きっと誰かがこうなると思っていたんだ」とまぶしそうな眼で優華を見ていたことを覚えている。
まさに優華の実父が優華のようだったという。
よって正造は何もかも優華に託したそうだ。
優華の携帯がなった。
優華はすぐにメールを開いて、ほっとした顔を俺に見せた。
「相手はお兄ちゃんだろうって思っていたって…」と優華は言って俺に笑みを向けた。
「和喜兄ちゃんには興味ないの?」
俺が聞くと、「ないかなぁー…」という少々あやふやな回答が返って来た。
「翔君と比べたら?」と俺が言うと、「どっちもないよ」とごく自然な顔をして言ったように思った。
「うーん…」と俺は腕組みをして優華を見ると、そのホホは引きつっていた。
「翔君よりも和喜兄ちゃんの方がいい。
理由は少々大人だから。
そして父親譲りで押しも強いので、頼り甲斐があると思っている」
俺が言うと、優華は素早く耳を塞いだ。
「俺には優華の父ちゃんに優華を託された責任がある」
俺が言うと、優華は満面の笑みになったが、すぐに表情を引き締めた。
「彩夏も条件は優華と同じだから聞いておいて欲しい」
俺が言うと、彩夏は俺たちの様子を察して真剣な顔を俺に向けた。
爽花は少し憮然とした態度を取っている。
俺は無言で、等身大のマリア像を爽花の目の前に置いた。
「爽花は条件に合わないから嫁に行け」と俺が言うと、爽花はかなりしょぼくれて、マリア像を強く握り締めた。
「優華と彩夏も、結婚するべきじゃないと俺は思っているんだよ」
ふたりは驚いた顔をしたが、彩夏はもうわかったようだ。
「…結婚しても、きっと別れちゃうって思ったわ…」と彩夏はさびしそうな顔をして俺を見た。
「彩夏の場合、女優だけが仕事じゃない。
日本国中に数多くの店舗を構えている大実業家だ。
ふたりの青春のほとんどが仕事だったはずだ。
勢いに乗って結婚したのはいいが、
離婚すれば資産の半分は持っていかれる。
何のために今まで懸命になって
働いてきたのかわからなくなってしまう。
精神的にも病んでしまうかもしれない。
そんなリスクの大きい結婚はしない方がいいと思うんだ。
結婚を取るか仕事を取るか。
それをしっかりと決めてから、
身の振り方を考えるべきだと俺は思うんだよ」
俺が言うと、彩夏も優華も深くうなづいた。
「優華の場合も同じだ。
もし候補が翔君と和喜兄ちゃんしかいない場合、
どっちに転んでも、
優華にとってこの居心地のいい場所が
なくなるんじゃないかと思うんだ。
ビジネスパートナーと恋人を使い分けられる
男性を見つけてもらいたいな。
だからこそ、流されてはいけない。
かわいそうだが、情けはかけねえ。
この気持ちを持っておいて欲しいんだよ」
俺が言うと優華は真剣な眼を俺に向けて、「結婚しないもんっ!!」と言って、俺の腕を取った。
「言いたくはないが、
和喜兄ちゃんは優華の持っている土地を
のどから手が出るほど欲しいと思っているはずだ。
市長を足がかりに国会に進出するはずだからな。
できれば父よりも大きな存在の議員として活躍したいはずだ。
和喜兄ちゃんにとって、優華はまさに甘い蜜なんだよ」
「お母さんに弟子入りするのっ!!」と優華は言って、俺の腕を放して母に駆け寄った。
「あ、私も…」と母の師匠である彩夏も、母に弟子入りするようだ。
「うううー…」と爽花はうなって俺を見ている。
「嫁に行け」と俺が少し笑って言うと爽花は、「いかないわよ」と言ってそっぽを向いた。
「あ、そうだ、思い出した」と俺が言うと、怪訝そうな顔をして爽花が俺を見た。
「五月さんが初対面でおまえに惚れてたぞ。
カミングアウトする必要がないから楽だと思う」
俺は納得してうなづきながら言うと爽花は、「最後の砦」と言った。
爽花にも多少はその気があるようで、俺としては少し安心した。
「アフターサービス万全ね」とエリカが俺をにらみながら言った。
「託されたからな、当然のことだろ?
あ、そういえば、
エリカのことは誰にも託されてないな…」
俺が言うと、「千代は俺が拓生に託そう」と父が堂々と胸を張って言った。
「あー、絶対に不幸にはできないなぁー…」
俺が言う前に、エリカは父の腕に抱きつきに行って、「お父さん、ありがとう!」と嬉しそうに言った。
今はみんな楽しそうだが、特に優華はこれからうんざりすることがあるだろうと俺は嫌な予想をしてしまった。
… … … … …
今日から本格的に、大きな企画である太陽光発電システムのプレゼンテーション用の準備に取り掛かる。
つい最近会ったばかりの赤木武と俺は固い握手を交わした。
赤木が就職したサンライズトータルという一部上場企業は、マナフォニックスがグループ会社として抱え込んだ。
さらにその中でも一番の人材の赤木は、マナフォニックスからの出向扱いとなった。
よって赤木は、マナフォニックス開発技術部に所属する社員となった。
「まさか、ここで働くとになるとはね」と、赤木は気さくに俺に言った。
「始めっからここでもよかったんだろうけどな。
わが社は太陽光発電技術はかなり遅れていたからな。
だがこれで、名実ともに一流企業だと胸を張れると思う」
俺が言うと、赤木は苦笑いを浮かべた。
「あ、そうそう!」と言って赤木はカバンから冊子を取り出した。
「太陽光パネルにはバッテリーは必要不可欠だ。
これも、僕たちの手土産になっているんだよ」
俺は冊子をぺらぺらとめくり、「おいおい…」と言って赤木の顔を見た。
大きさは半分で、容量は今までのままというかなり画期的なバッテリーを開発したようだ。
「もう商品化が決まっているんだけど、
その前に専用バッテリーとして、
ロボットペットのファレルボとロアプリンセスに
搭載することが決まったようだよ。
3時間充電すれば一日中動いているはずなんだ」
赤木の言葉に、俺は大いに興味をそそられた。
多い時だと、日に三度ほどは充電が必要だった。
「ますます家族の一員だな」と俺が言うと、「うっ… 持ってるんだ…」と赤木は少し驚いた顔をして俺を見た。
その昔、パーソナルコンピューターが40万円ほどしたときの価格とほとんど変わらない多機能ペットだ。
ペットショップで本物を買った方が遥かに安いのだが、何も世話をすることがないので、ペットを飼えない環境にいる顧客にとってはかなりありがたいものとなっているはずだ。
「そのうち色々と知るだろうから、俺の口からは言わないよ。
飼っているのは、俺の父と母だ」
俺が言うと、赤木は興味津々の顔になった。
「見たければ来てもいいぞ」と俺が言うと、「ああ、お邪魔することにするよ」と言って、赤木は今日久しぶりに、俺の家に来ることになった。
幼なじみという意味では、赤木も仲間に加えたいところなのだが、幼いころは少々体が弱く、学校への行き来だけで精一杯だった。
しかし、中学に上がってからは体力がついたようで、ごく普通の生活ができるようになった。
よって赤木は、家の中でものづくりに勤しんでいたようだ。
もっとも、それほど根を詰めることはできないので、プラモデル造りが精一杯だった。
何事もなく一日が終わり、俺と赤木は俺の家に着いた。
「猫の方は多分いないけどな」と俺が言うと、「ふーん、愛されているようだね」と赤木は感情を込めて言った。
俺と赤木が靴を脱いで廊下に立つと、『ワンッ!!』とディックが一声鳴いて帰宅を歓迎してくれた。
「うっ!!」と赤木は一声うなった。
そして、ディックの自然な動きに釘付けになった。
「ディック」と俺が呼ぶと、うれしそうにして俺に飛びついてきた。
「どうだ、欲しくなっただろ?」俺が言うと、赤木はぼう然とした顔のままうなづいた。
「生きてるにしては小さ過ぎる…
これってファレルボ、なんだよね?」
赤木が疑うのも無理のないことだ。
「ちょいと高性能なんだよ。
猫の方はさらに早いぞ。
本物以上だと思うな」
俺は着替えを終えてリビングに戻った。
赤木は充電器に収まっているディックに釘付けだった。
「動きが滑らか過ぎる…」と言って赤木はディックを見入っている。
「少々理由があってな。
ロアプリンセスのパーツをディックに組み込んでるんだ。
そのせいもあるけど、さらに大きな違いもあるんだよ。
許可をもらったら、極秘ファイルを見ればいい。
一目瞭然だからな」
俺が言うと赤木は、「極秘、見られるんだ…」と少し笑みを浮かべて言った。
「ファレルボたちのパワーアップに関与することになるからな。
知らない方がおかしいと思うし、教えてもらえなかったら、
俺が説明するよ。
口止めはされていないからな」
「あ、いや…
松ちゃんに迷惑がかかりそうだからやめておくよ。
あまり大きな好奇心は、危険が伴うことがあるからね」
赤木は平然として言った。
俺は無理強いすることはやめて、笑みだけを返しておいた。
夕食の支度は終わっているようなので、母は日本警察署にいるようだ。
父がまもなく帰ってくるので、俺たちはリビングで待つことにした。
父と母が同時に帰って来たようで、ディックが一目散に玄関に向かって走って行った。
「早いなぁー…」と赤木は言って、驚きの顔を廊下に向けた。
父と母がリビングに顔を出すと、赤木はすぐに立ち上がった。
「ああ、赤木君、いらっしゃい」と父が笑顔で赤木に声をかけた。
「お邪魔しています。
ディック君とエンジェルちゃんを見せてもらおうと思って
来てしまいました」
赤木は礼儀正しく父に頭を下げた。
「あなたっ! 産業スパイねっ?!」と母は社長モードで言い放った。
「違うよ、今日からわが社の社員だ」と俺が言うと、母がすぐに正気に戻って、「赤木君、大きくなったわぁー…」と言って俺たちを笑わせてくれた。
「おばさん、いつもテレビで拝見していました。
妹が大ファンなんですよ」
赤木が言うと、母はさらに上機嫌になって、エンジェルを笑顔で赤木に託して、食事の準備を始めた。
「うわぁー、こんなに小さいのに…」と赤木は言ってエンジェルをなめるようにして見ている。
エリカも帰って来て、リビングに顔を出した。
「…う、邪魔者…」とエリカは早速悪態をついた。
「今日だけ我慢してよ」と赤木は気さくに言った。
「しかも、エンジェルちゃん抱いてるし!
もうおまえ、逮捕っ!!」
エリカは言ってすぐに、手錠を出した。
「警官とは思えないほど小さいよねっ!」と赤木が笑顔で言うと、なぜだか俺が、エリカの掌底を腹にもらった。
もっともこれは当然の行動だ。
「ああ、そうだった!
ふたりともほんと、足速いよねぇー」
赤木は自分では運動はできないので、中学時代はいつも俺たちの練習を見てくれていた。
そのとなりには優華がいて、つまらなさそうな顔をして立っていた。
「優華ちゃんと仲良くなればよかったのにぃー…」とエリカが言うと、「うーん…」と言って、赤木はうなり声を上げて、少しうつむいた。
そしてすぐに顔を上げて、「ひと言で言うと、冷たい子」と言った赤木の言葉に俺は衝撃を受けた。
「そんなにひどいのか?!」と俺は少々叫んでしまった。
「二面性が大いにあるって、クラスメイトは言ってたよ。
優華ちゃんが機嫌がいいのは、松っちゃんの隣にいる時だけだよ」
赤木の言葉を聞いてから、俺たちは椅子に座った。
「俺としてはかなりショックだな…
実業家としての姿を見てもらいたくない優華の気持ちが、
今になってようやくわかったと思う」
「なるほどなぁー…
だけどね、だからこそ僕は一計を案じた。
松ちゃんをほめまくる!」
赤木が言うと俺たちは大いに笑った。
だがそれと同時に、少々マズイのではないかと頭を過ぎった。
「だけどね、それほど食いつきはよくないんだよねぇー…
さも当然、って感じ…」
赤木が言うと、俺は少し笑ってしまった。
だが用心に越したことはないと思い、あとで優華と話しをしようと覚えておくことにした。
「だけど、冷たさは拭えたよ。
でも、僕に慣れてくれただけで、
ほかのクラスメイトにはまったく態度は変えなかったはずだよ」
「聞いてみないとわからないこともあるんだな…
エリカにはどうなんだ?」
俺が言うと、「改名したの?」と赤木がエリカに顔を向けて言うと、「コードネーム」とエリカは憮然とした顔で言った。
「私の場合は、幼なじみ特典ね。
ごく普通だって思ってたし、今もそのままね」
エリカが答えると、「世界が狭いか…」と俺は感慨深く言った。
「優華君の場合はかなり極端だが、多かれ少なかれ、
誰だって相手によって態度は変えると思うぞ」
父が言うと、俺たちは一斉にうなづいた。
「エリカの場合は、基本、みんなに怒ってる」と俺が言うと、エリカは逆の態度をして、かわいらしい笑みを浮かべた。
「へー、笑えたんだっ!」と赤木が言うと、俺たちは大いに笑った。
「赤木、あとで処刑な」とエリカが苦笑いを浮かべて言った。
いつもとは少し違う楽しい夕食を終えて、赤木を伴って日本警察署に顔を出した。
本物の警官三人に赤木を紹介した。
その間、優華の顔色をうかがっていると、少々バツが悪そうな顔をしている。
俺が優華の隣に座って、「氷の女?」と俺が言うと、「違うよ?」と優華は引きつらせた笑みを俺に向けた。
「だけど、それでいいとも思ったな。
赤木の作戦には乗らなかったんだって?」
俺が言うと、初めに見せていたバツが悪い顔に戻った。
「優華に言い寄ってくる男性が、俺のことをほめまくるかもな」
俺が言うと、赤木は笑顔でうなづいている。
「そんなの本当のことだもん!」と優華は平然として言った。
「だがその逆に、貶すとしたら?」
俺は逆のパターンも考えた。
こうやって、優華の気を引く手もあるはずなのだ。
「帰るか帰すもん」と優華はまた平然とした顔をして言った。
「筋金入りだが、兄ちゃんとしては安心したな。
姑息な手には乗らないことだ」
俺が言うと、「うんっ!!」と言って、厨房に向かって走って行った。
「…シスコン…」とエリカが悪態をついてきた。
「行き過ぎていることはわかっているんだけどな。
だけどできれば、痛い目にあって欲しくはないんだよ」
「それも経験だって思うんだけどね…
私だって、大きなことは言えないけど…」
エリカはここは折れることにしたようだ。
「ところでエリカは、アメリカで空手を習ったんだよな?」
俺が言うと、エリカは深くうなづいて、「女性の超猛者、そして、男性関係でひどい目にあったって…」と少しうなだれて言った。
「自分の身は自分で守るしかない」
俺が言うと、エリカは深くうなづいた。
「もちろんマズイやつらがちょっかいを出して来たわ。
先生の弟子はみんな女。
誰かが必ず助けてくれたの。
だから私も、それなりの腕になった時、同じ事をしたわ。
だから私も守られていたから、大きなことは言えないのよ」
「なかなかいい風習だな」
「だけどねぇー…
拳銃には勝てないのよねぇー…」
エリカはさびしそうな顔をして言った。
エリカの空手の先生は、もうこの世にはいないと思い、俺は大きな悲しみに満ち溢れた。
「俺は銃に勝つぞっ!!」と言って、俺自身を奮い立たせた。
「言うと思ったし…
それに、勝てそうだわ」
エリカが笑って言ってくれたことを俺は喜んだ。
「普通にサラリーマンなのになぁー…」と赤木は感慨深く言ってくれた。
「警察に関わるとロクなことがないと思っていた時期は
当然のようにあったぞ。
一度は死を覚悟したからな。
だけど、母さんが気にしない気にしないって言ってな…
もっとも、母さんにはこの件は言っていなかったが、今聞かれた」
テレビを見入っていたはずの母は驚きの目を俺に向けていた。
「母さんもここの職員だから、
知っておいてもらった方がよかったからな」
俺が言うと、母は真顔で携帯電話を取り出して、「真由香さん…」とまた元部下に電話をかけ始めた。
「タクナリ君が殺されかけた件、知ってるのよね?
…え?
知らない?
それはどういうことかしらぁー…」
母の妙な恐れは、警察官三人にとっては、居場所がなくなる想いがしたようだ。
「首相は?
あなた、また浮気中?
ふん、本当に好きねぇー…」
―― 優華もこんな感じなんだろうか… ―― と俺は漠然と思った。
「あら、何にもできない首相さん、おこんばんはぁー…
タクナリ君が死にかけたことがあるって聞いたけど?
拳銃を突きつけられたって…
………
そんなの、タクナリ君本人からに決まってるでしょっ!!!」
また、『キイイイイイイン…』と、猛烈な耳鳴りが起こった。
「日本警察署、店じまいを命じちゃおうかしらぁー…」
―― 母はついに女帝になった! ―― と俺は思い、少し喜んでしまった。
「傾向と対策、今すぐに。
今すぐによっ!!」
母は言ってすぐに電話を切った。
母の言ったことはもっともなことでもある。
その母は、「ちゃんと言えたよ!」と言って、俺の妹になって喜んでいた。
「ああ、母さん、ありがとう」と俺は笑みを浮かべて言った。
「自分も初耳なんですが…」と桐山が驚いた顔をして言った。
「悪いな。
少々込み入った話なんでな」
五月が言うと、桐山はここは折れたようで素早く頭を下げた。
石坂はふたりの会話を聞いてから、瞳を閉じた。
石坂も真相は知らないようだが、山田国一の件で何かあったとは感じているはずだ。
「署長、話しを」と母がまた社長モードで話し始めた。
「あ、いや、ですが…」と五月は言って素早く赤木を見た。
母は猛烈たる怒りを込め、五月をにらみつけて、「赤木君はいいのです、さあ、話しを」と言った。
「はっ!」と五月は鋭く答えて、姿勢を正し、五月の聞いている内容を全て話した。
赤木はぼう然とした顔を俺に向けている。
桐山はかなりの憤りを胸に秘め、押さえ込んでいるように見える。
石坂はさも当然とした顔をしているが、その足にかなりの力が入っているように見えた。
「警察は、私の息子を殺そうとした」と母が久しぶりに俺の母の顔をして言った。
「首相の返答を待ちましょう」と母は穏やかに言って、社長モードのままテレビに顔を向けた。
「松っちゃん、どうしてここにいるんだい?」と赤木はかなりあきれた顔をして俺を見て言った。
「一番上に、山際さんがいるからだよ」
俺が言うと、赤木も山際の正体を知っていたようで、深くうなづいた。
「父さんに聞いたことがあるんだ。
すごく立派な方だってね。
20年ほど前から小学校の用務員をしながら、
警察官になる素質のある子にだけ声をかけているそうなんだ。
そしてみんな、普通じゃない人ばかりだった。
今の警察庁の上層部には、
数名見出された子がいるんだって聞いたよ。
もちろん、警視庁にもね」
「俺は声をかけてもらってないけどな」と俺が言うと、「声をかける必要はないって思ったんじゃないの?」とだけ、赤木は答えた。
「それ、どっちの意味?」と俺が聞くと、「必ず警察官になるって確信していたと思うんだよ」と赤木は答えた。
「掲示板の作文、今でも覚えてるんだ。
あれを読んで、警察官にならないはずはないって、
僕も信じていたんだよ。
だけどやっぱり、松っちゃんは普通じゃなかった。
サラリーマンをしながら、警察の仕事もする。
ここまでは、さすがの山際さんにも読めなかったんだろうね」
―― 山際さんが正義に話した ―― と俺は確信に似た思いをもった。
「社長、首相からの返答です」と五月は少しトーンを上げて言って、パソコンからプリンターにデータを送り印刷した。
母はすぐに用紙を取り、深くうなづきながら読んでいる。
五月はパソコンに顔を寄せて、驚きの目を向けている。
「警視総監、出てきそうだな」と五月は言って、俺にパソコンの画面を向けた。
内容としては、全警察官の適性検査を行い、パスできなかった者は全員強制的に内勤に回すといったものだ。
その検査員として、数名の名がありその中に優華と彩夏の名前も上がっている。
だがふたりが判断すると、外回りのできる警察官は半数にも満たないのではないかと感じた。
さらには警視総監は外に出られなくなるはずだ。
「いいでしょう。
これで少しばかりは安心できますわ。
できれば、かわいい孫をこの手で抱きたいので」
母は穏やかに言って、社長モードを終えた。
「…あっ! 私の子供にしちゃうっ!!」と母が言うと、エリカはかなり困った顔をして、俺は少し笑ってしまった。
「母さんが自分で産めばいいだろ…」と俺が言うと、母はホホを赤らめた。
「それはね、もうイヤなの…」と母は表情を少し憂鬱そうにして言った。
「自由な時間がなくなるから」と俺が言うと、「そうっ!!」と言って母は俺に拍手をしてくれた。
「まだね、あるのぉー…」と母は上目使いで俺を見た。
俺はしばし考えて、母が嫌がっていたことを思い出した。
「さらに声が低くなるかもしれない」と俺が言うと、「大正解っ!!」と言って母はもろ手を上げて喜んだ。
「それはないと思うけど、なんとも言えないかな」
「あまり低くなっちゃうと、男の子になっちゃうっ!!」と母は言って、かなり困った顔を俺に見せ付けた。
「まあね。
今から産むのも大変だろうって思うし」
「したいこと、たくさんあるもん…」と母が言ったので、「具体的には?」と俺が聞くと、「お友達と旅行っ!!」と言って喜んでいる。
「時間がある時にでも行ってくればいいじゃないか…」と俺が言うと、また母は俺に懇願の眼差しを向けてきた。
「俺も含めて友達?」と聞くと、「うん、そうっ!!」と言って、妙に浮かれた顔をして言った。
「テーマーパークのメンバー?」と重ねて言うと、母は笑顔のままうなづいた。
「ひと月以内に行く場合だと、
一泊二日だったらみんな何とかしてくれると思うけど…」
母は俺の言葉が気に入らなかったようで、かなり期待した顔になっている。
「正月とかなら、今からでも何とかなるだろうけど…」
「それでいいよっ!!」と言って、母はテレビに顔を向けた。
「母さん、行きたい場所の希望」と俺が言うと母は、「決めて欲しいっ!!」とテレビに向かって叫んだ。
「と、いうことだ」と俺は言って、エリカたちに顔を向けた。
こういった話は女性に向けることがセオリーだ。
彩夏が中心となって、全員がパソコンを囲んだ。
… … … … …
社での終業直前に、赤木と細田が俺の部署に顔を出した。
今日はディックとエンジェルのバッテリーを交換することになっている。
終業と同時に、俺は帰り支度をして、ふたりとともに社を出ようとしたが、伊藤も付き合うことになり、四人で俺の家に向かった。
最寄り駅に着くと、また妙な気配を感じた。
危険はないと感じるので、また警官だろうと思ったのだが、赤木たちの顔を知らないようで近づいてくる気配はない。
きっと、赤木たちをほかの所轄の刑事かもしれないなどと思っているようだ。
交番の巡査が俺を見つけて笛を吹こうとしたのだが、雰囲気がいいので、上げかけた手を下ろした。
何事もなく家に帰り、まずはディックだけバッテリーの交換を行った。
伊藤がパソコンを立ち上げて、動作チェックを行なっている時、「あー、動きが早すぎるかもな…」と言って、別のアプリケーションを立ち上げた。
「これを使って、出力を90パーセントにする。
バッテリー残量が半分を切ったら95パーセント。
こうしておけば、恐ろしい動きはしないはずだ」
伊藤は俺に説明してくれて、実際の動きを確認した。
「スピードは今まで通りですけど、力が強いようです。
トルクが上がりましたか?」
「ああ、それはあるな。
部品の減り具合、劣化状況も定期健診で確認するべきだろうな」
伊藤が言うと、細田はチェックシートに記入を始めた。
ディックの改良が終ったと同時に、父が帰って来た。
父はかなり怪訝そうな顔をしたが、俺が説明すると、満面の笑みを浮かべてディックを抱き上げた。
「起きている時間、ずっとか…」と父は言葉をかなり省略して言った。
父が起きている時間は常にディックと一緒にいられることを喜んだようだ。
夕食の準備はしていないので、今日は母は仕事のようだが、玄関で物音がした。
ディックが反応しないので、きっと母だろうと思い、廊下を見ると、母と彩夏とマネージャーの陽子、そして困った顔をした衛のうしろに男がふたりいる。
「さらにボディーガード?」と俺が言うと、「衛君が捕まえたのっ!!」と母は言って、リビングに入って行った。
俺はまず母にエンジェルを改良することを話して、後は伊藤に任せた。
「静岡の所轄の刑事さん」と彩夏が困った顔をして言った。
俺はふたりを一階の彩夏たちが寝室として使っている和室に通して、名刺交換を行なった。
ひとりは捜査一課の係長の永田でもうひとりは巡査部長の郡山という名前だった。
ふたりともやけに憔悴しているように見える。
静岡の温泉地に警察署があるのだが、その管轄で重大事件は起こっていないはずだ。
さらに、県警の刑事ではないので、大事件ではないはず。
これらにより警察の手に余る、オカルトがらみのものだろうと俺は考えていた。
しかし捜査一課担当の刑事なので、被害者がいるはずなのだ。
「幽霊でも出たのでしょうか?」と俺が聞くと、ふたりの刑事は腰を浮かして、「…さすが、タクナリ君です…」と永田が言ってから、ふたりは座布団に腰を下ろした。
「ただの消去法ですよ。
そして被害にあった人がいる。
しかし、殺人ではなく、軽いもので、
まだそれほどに連続性はない」
「はあ、おっしゃる通りです…
できれば、県警が来る前にと、課長が…」
永田が言ってかなり困った顔を俺に向けた。
永田は資料を出して、被害者ふたりから聞いた話と状況説明をした。
話しを聞いていた俺は途中で笑いそうになってしまった。
学校の階段の怪談を真似したやつがいるとすぐにわかったからだ。
そして犯人の目星もついた。
犯行はどちらも石段の階段で行なわれていて、ごく一般的なステンレス製の手すりが中央にあるものだ。
被害者が石段を10段ほど上がり、中腹まできた時に、四本腕の怪人がその腕を広げて被害者につかみかかろうとした。
被害者は石段を駆け下りたが、怪人は一瞬にして被害者に追いつき、突き飛ばされ、悲鳴を上げるまもなく金品を奪われたという。
突き飛ばされて骨折などを負ったので、捜査一課がこの事件の担当をしているようだ。
「手すりを滑り降りたんでしょ?」と俺が言うと、「実は検証したんですけど、もっと早かったと…」と永田が答えた。
よってオカルト的な事件だと捜査一課では首をひねっているようだ。
「四本腕は二本は作り物、もしくはふたりいれば可能です」と俺が言うと、「はあ、やっぱりそうでしょうね…」と言って永田は納得している。
「超高速で滑り降りる方法は、ちょっとした機械仕掛けで可能です。
下に人間というストッパーがいるので、
安心して猛スピードで滑り降りたんでしょうね。
さらにはヘルメットや防具類をつけておけば、
激突の衝撃や転倒したとしてもそれほどの怪我は負いません。
よって、この犯行は計画的であり未必の故意として、
殺人未遂の容疑で逮捕、立件することも可能だと思うんです」
「…これはまさに大事件だったんだ…」と永田は言って今更ながらに思ったようだ。
ふたりの刑事は、どのようにして階段を高速で滑り降りたのか知りたかったようで、俺に詳しい説明を要求してきた。
もう外は暗いのだが、山際に電話をするとまだ小学校にいたので、俺はエリカとふたりの刑事を連れて行った。
山際は笑顔で校門で待ってくれていて、刑事たちに自己紹介した。
そして早速、校舎内の安全に改良されている階段に行って実況見分を始めた。
「エリカが軽いので連れて来たんだよ」と俺が言うと、「今頃になってこれをやるとは思わなかったわ…」と言って俺をにらんだ。
山際はふたりの刑事に、滑降する道具を見せた。
「こんな簡単な…」と刑事ふたりは言って顔を見合わせている。
エリカはかわいらしいウサギになって、踊り場から猛烈なスピードで階段の手すりを滑り降りた。
さすがに勢いあまって階段の向いにある廊下の壁に激突しそうになったので、俺がエリカをしっかりと抱きしめた。
「…これ、当たったら…」と永田が言うと、「大怪我は免れないでしょうね」と俺が言うと、永田は納得したようだ。
もう一度エリカに滑ってもらい、その動画を携帯電話で撮影した。
「あのぉー、非常に言いにくいことなのですが…」
永田は本当に申し訳なさそうな顔をして言った。
「罪が重くならないうちに捕まえてください。
永田さんが考えられた通り、この事実と装置を知っている
この小学校関係者だと思います。
そしてオレには心当たりがありますが、
申し訳けありませんができれば言いたくないのです」
「主犯は眉村佳代です」と山際が笑みを浮かべて堂々と言った。
俺はさすがに苦笑いを浮かべたことだろう。
ふたりの刑事は俺たちに礼を言ってくれて、駅に向かって走って行った。
「間違っているかもしれませんけどね!」と山際は言って、大声で笑った。
俺もそうであって欲しいと願った。
「俺の作文の件ですけど…」と山際に顔を向けると、「佐々木正義君には、彼がちょっとした事件を起こしてしまった時の謹慎中に、ここに連れてきて私が話しました」と胸を張って言った。
「彼は君の作文を読んで感動して喜んでいましたよ。
そして、初心忘れるべからず、とも叫んでいました。
ですが、今はまた、いけませんねぇー…」
山際は言って、校門の扉をゆっくりと閉めた。
日本警察署に山際を誘ったのだが、入りたがらないので、俺が山際に付き合うことにして店内のボックス席に座った。
そして当然のようにエリカが俺の隣に座った。
優華たちは遠慮したようで、少し離れている俺たちの席を背伸びをしてのぞき込むようにして見ている。
俺は山際とエリカの三人で、うまい夕事を堪能している。
エリカは何か言いたげな顔を俺に向けた。
「あー、なるほど…
エリカの道を説いたのは山際さんだったんだ」
俺が言うと、エリカはつまらなさそうな顔を俺に向けた。
「何でもかんでも言い当てればいいってものじゃないのっ!」
エリカは言って、ハンバーグを大きめに切って大口を開けて口に運んだ。
「コードネームらしいですね」と山際が笑みで言った。
「父は気に入っていません」と俺が言うと、エリカはこの意味がすぐにわかったようで、深く肩を落とした。
「千代は千代でしかない。
子供当事のさびしげな千代も、喜んでいる千代も、
今の千代も父さんは千代として好きなんだよ」
俺が言うと、エリカは涙を流し始めた。
深く愛されていると、エリカは確実に感じているはずだ。
「苦楽君は寡黙で厳格ですが、
本当にやさしいと私は常々思っています。
ですので私は、彼には声をかけませんでした。
警察官よりもきっと別の道があると思ったのです。
拓生君も同じでしたね」
俺は山際の言葉に納得した。
「彼の場合、警察官になることを決めていたのですよ」
山際が言うと、俺は少し驚いたのだが、15才の父の心境を鑑みて、迷いが生じたように感じた。
「きっと拓生君も考えたと思います。
どんな職業よりも警察官は危険な仕事だと」
「はい、身を持って」と俺が言うと、山際は笑顔でうなづいた。
「その点を提案したいのですが…」と山際が言ったので、「俺としては防具が欲しいのです」と即座に言うと、山際は笑顔でうなづいた。
「横長のライオットシールドを。
これさえあれば、拳銃であれば怖くありませんから。
背中に担げる大きさであれば問題ありません。
胸当てにでもできるのであれば、
邪魔にならないと思います。
私の場合は、頭と両肩が隠れるだけで、
足だけで大いに暴れられます」
俺が言うと、エリカが笑みを浮かべて素早く俺の腹を叩いた。
「わかりました。
早急に造らせましょう」
山際の言葉に、俺もエリカも笑みを浮かべた。
席を立って山際におやすみを言ってから見送っていると、赤木たちも店を出るようで三人と眼があった。
「本当に申し訳ありません」と俺は心の底から謝った。
「忙しいのも程々だと思うけど、頼られてしまうと仕方ないよね」
赤木が言った途端、俺はほんの少しだがめまいがした。
―― 頼られちゃあしょうがねえ、気にしねえ、気にしねえ ――
また新たな言葉が俺の頭の中に思い浮かんできた。
拓郎伯父が第一の気にしない教の信者だったと思い、俺はかなり愉快な気分になった。
そしてふと気になり、三人にロボットペットたちの改良の礼とあいさつをしてから、山際を追った。
山際は俺の家の前を通過する寸前だった。
俺はすぐに追いついて、拓郎伯父の話しを聞いた。
「はあ、やっぱりそうでしたか…」と俺は答えた。
ここでやっと納得した。
「彼は初めっからキャリアなどには興味がありませんでした。
一生交番勤務でも構わないと思っていたようです。
ひとりでも多く誰かを守れるのなら、
それでいいと思っていたようですね」
俺は山際に礼を言って別れた。
家の近くに来たついでに、リビングでディックと遊んでいた父に、つい先ほど思い浮かんだ言葉を言うと、父は笑顔でうなづきながら、新たな涙を流し始めた。
確認は終ったので、泣いているエリカとともに、日本警察署に戻った。
『かわいそうだが、情けはかけねえ』
『頼られちゃあしょうがねえ、気にしねえ、気にしねえ』
だがよくよく考えると、この思い出したふたつの言葉はほぼ相対していると思い、俺は少し笑ってしまった。
―― 拓郎伯父はちょっとばかりいい加減だった? ―― と俺はさらに思って、また笑ってしまった。
「なによ…」とエリカが言って俺をにらみつけた。
俺が説明すると、「その通りだけど、妙に江戸っ子だな…」と五月が言って不思議そうな顔を俺に向けた。
「きっと、拓郎伯父も
江戸、東京に住んでいた誰かの生まれ変わりなんでしょうね」
俺が言うと、誰もが納得したようで、笑顔でうなづいてくれた。
「もしくは歌舞伎者…
石川五右衛門、織田信長、前田慶次…
刑事…」
五月が、―― 的を得たりっ!! ―― といった顔をして俺を見ている。
「言葉のあやもほどほどですよ…」と俺はあきれた顔をして言った。
「そういえば、あの千両箱、どこにあるんだ?」と俺が優華に聞くと刑事一同が、「え?」と言って俺を見た。
「事務所の大金庫の中だよ」と優華は簡単にありかを白状した。
俺は五月の顔を見ながら、「あるところにはきちんとあるんですよ」と言ってやった。
五月は思い直して、「ああ、ここの工事で発掘…」と言って納得したようだ。
「そのせいでここの工事期間が6年にもなったんですよ。
そして当然のように、考古学者が窃盗団に早変わり」
俺が言うと、「そんなことがあったのかっ?!」と言って彩夏が騒ぎ始めた。
「おまえはいつものように、
ドラマの撮りをしていたから知らなかっただけだ。
当事が一番忙しかった時期だったはずだぞ。
あ、そういえば、洗脳の書にも書いてなかったな…」
俺が言うと、優華はかなりの勢いでふくれっつらを俺に見せた。
「窃盗団のボスが、俺に色仕掛けで迫ってきたから」と俺が言うと、彩夏は納得したようで大きくうなづき始めた。
優華はまだふくれっつらをやめない。
「…いつの話なのよ…」とここでエリカも参戦してきた。
「ここの工事が始まってすぐだ。
大学入試が終った冬だな」
「もうね、出てきてるの…」と優華が今度は憂鬱そうな顔をして言った。
「ま、もったいねえから、くだらない手には乗らないようにな。
知ってる人はほとんどいないからな」
俺が言うと、優華はそれに気づいたようだが、妙に妖艶な笑みを俺に向けた。
「全部、あげちゃう…」と優華は言って俺にしがみついてきた。
「エリカに殺されないのなら、優華だけでいいかな」と俺が言うと、『ドンッ!!』というとんでもない音がした。
もちろんその音は俺の腹からだった。
「さらに硬くなってるわよっ!!
どういうことよっ!!」
エリカが大声で叫んで、殴った手をかなり痛そうにして振り始めた。
「興奮したから?」と俺が冗談で言うと、「…あんた…」と言ってエリカが犯罪者の目に変わった。
「我慢我慢、ラブレター」と俺が言うとエリカは、「…しょっ… しょうがないわね…」と言っていつものエリカに戻った。
「うふっ! うれしっ!」と優華は言って、自慢げな顔をエリカ、彩夏、爽花に見せている。
「もっとも優華の場合、初めての時は躊躇すると思ってる。
これはほぼ確実だと感じているんだよ。
たとえその相手が俺であってもな」
俺の言葉に、「あははははは…」と優華は空笑いした。
「どこまで分かりあってるのよ…」と俺はまたエリカににらまれた。
「ただなんとなくだよ。
根拠はほとんどないけど、たぶんそうだろうなぁー、
といった程度だな。
やっぱ、ふたりで過ごした時間がかなり長いからな。
まさに仲のいい兄妹以上の関係。
今まで何にもなかったことが不思議なほどだな。
だからこそ、優華の父ちゃんにも認められたと思うんだ」
俺が言うと、優華は深く落ち込んだ。
「がんばらない方がいい?」と優華は聞いてきた。
「がんばって欲しくないな。
何かが壊れそうでイヤなんだ」
「うん…
ずっとこのままがいいな…」
優華は言って、俺の腕を強く握り締めた。
「うー… なんだかすっごく悔しいっ!!
私が妻なのにぃ―――っ!!」
エリカが壊れかけてきたので、「そろそろ平静を保った方がいいぞ」と俺が言うと、「…あー、楽しかったって思っちゃったわ…」とエリカが恍惚とした表情で言った。
「さらに明日もがんばれるっ!!」とエリカはさらに叫んだ。
「…うー…
やっぱり、一番の強敵?」
優華が言って俺の顔を見た。
「俺とエリカは、中学の三年間で誓い合っていたのかもしれない。
言葉は何もなかったんだけどな」
俺が言うと、エリカは恥ずかしそうな顔を俺に向けた。
「そして、エリカは
さらにパワーアップした俺のライバルとして帰って来た。
前にも言ったが、ライバルは恋人以上だ。
だからこそ、結婚はせずに常に張り合う。
だけど、やはり甘い時は俺たちの年齢的にも必要だ。
都合のいいところだけを取った、
最高のパートナーだと俺は思っている」
俺が言うと、「うん、うん」とエリカは言って笑顔でうなづいている。
「だから私は、捨てられたのね…」とここで爽花が参戦してきた。
「爽花の罠にはまっていたら、
俺はただの腑抜けになっていただろうなぁー…」
俺が言うと、爽花は返す言葉がなくなったようでしおれてしまった。
「俺がライバルになるにはどうすればいいんだぁ―――っ!!!」と彩夏が言ったので、「あ、俺よりも造形がうまくなること」と言うと、彩夏もしおれた。
「あーあ、かわいそっ!」と優華はあまりかわいそうという感情を表さずに笑顔で言った。
「…私にも何か言って…」と母が嘆願の眼を俺に向けてきた。
「母さん…」と俺が言うと、眼が覚めたようで、すぐにテレビにかじりつき始めた。
「仲間はずれが嫌なだけ」と俺が言うと、エリカと優華はくすくすと笑い始めた。
うわさをすれば影、でははないが、妙な女が外から店内をのぞきこんでいる。
すぐに衛が近づくと、女はそそくさと逃げるようにして姿を消した。
「優華、安心カメラ」と俺が言うとすぐに、入り口前の外の様子が全て確認できた。
「あー、窃盗団のボス…」と俺が言うと、石坂と桐山がすぐに立ち上がって石坂が、「職務質問」とだけ言って走って外に出た。
桐山も足が速いようで、女を見失わないように素早く走り抜けて行く。
「あー、エリカのライバルにしてもいいんじゃねえの?」と俺が言うと、「気合、入ったわっ!!」と言って本当に気合を入れて、女の動向を確認してからすぐにエリカも外に飛び出して行った。
「外の望遠」俺が言うと同時に、優華は少し大きい画面を出して、歩道橋に近づいている女と、桐山、エリカ、石坂を映し出した。
「はは、もう追いついてた」と言って俺は少しだけ笑った。
女の前に桐山が立つと同時に、女は何かを出そうとして、尻のポケットが一瞬光った。
刃物だと感じた。
当然、エリカが見逃しているはずはなく、流れるような動きで女を簡単に歩道にうつぶせに寝転がした。
この様子を数回確認していたが、エリカは合気道もやっているように感じた。
動きを相手に合わせる体運びは、まさに美しいと感じた。
女が持っていた獲物は飛び出しナイフのようなものだった。
今はエリカから白い手袋をはめている桐山の手に渡った。
『銃刀法違反で逮捕』とエリカの口が動いた。
「また刑務所に逆戻りだな。
今回はさらに長いかな」
俺が言うと、五月は怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い直したようだ。
「余罪がかなりあったのか?」と五月が聞いてきたので俺が全てを話すと、あきれ返っていた。
「俺は行かないでおこう。
理由は、どうせ演技するからめんどくさい」
俺が言うと、優華はケラケラと笑い始めた。
「私、外から見てるわ、その演技」と言って彩夏は重そうな腰を上げて、衛と合流して店の裏に回った。
「持ち物、調査してくるわ…」とこちらも重そうな腰を上げて、爽花が言った。
桐山が手錠を打った女を取調室に連行した。
「スイッチオンッ!!」と優華が陽気に言うと、取調室の映像と音声が流れ始めた。
「なかなかいいな…」と俺が言うと優華は、「えへへへ…」と言って笑った。
「警察はこうでないとな」と五月は苦笑いを浮かべて言った。
まずは女の身分の確認を行い、ナイフの刃を見たエリカは、「血のり?」と言った。
そしてすぐに爽花が検査を始めた。
「ルミノール反応あり!」と爽花がすぐに声を上げた。
「どこで何を刺したのか説明を」と桐山が言うと、「ステーキ?」と女は言ってにやりと笑った。
「血液あり、人間!」と爽花が叫んだ。
女は卑屈な笑みを歪ませ、「くそぉ―――っ!!」と言って悪態をついた。
五月はパソコンを用い、未逮捕の殺人傷害事件を探っている。
小さな飛び出しナイフが凶器の事件が一件ヒットした。
女は目撃されていて、そのモンタージュ写真と一致したので、五月はすぐに埼玉県警に連絡を入れた。
「ここの事件は解決だな。
今回は出番がなかった」
俺が言うと、「知能犯じゃないとつまらんな」と五月は苦笑いを浮かべて言った。
「でも、捕らえて正解だった。
石坂さんと桐山さんの手柄ですよね」
俺が言うとふたりは照れくさそうな笑みを浮かべた。
そして五月は、「命令する暇なく動かれたからな」と言って、少し悔しそうな顔をした。
「俺はいいチームだと、初めて確認できたと思います。
見ていることも、大いに勉強になりますよ」
俺が言うと、五月はうれしそうにしてうなづいた。
「だけど、公務員だから異動がある」
俺が言うと五月は、「うっ!」とうなって、しおれてしまった。
数十分後、かなり飛ばしてきたようで、埼玉県警のパトカーが駐車場に現れた。
回転灯は消しているので、パトロールとなんら変わらない。
パトカーから運転手を除いてなんと四人が降りてきた。
どうやって犯人を護送するのかと思ったところで、ひとりだけ顔見知りがいた。
きっとここまで運んでもらったんだろうと思い、俺は笑みを浮かべた。
運転手を含めて全員女性警官だったが、その顔は緊張しているのか、男性警官よりも怖いと感じる。
石坂が俺の友人を見上げて驚いている。
そして傷害容疑の女と証拠品、そして書類を引き渡した。
書類にサインしてから、俺の友人を残してパトカーは大通りに出てからサイレンを鳴らした。
俺の友人がどうするのか見ておこうと少し意地悪な気持ちになったが、「知り合い?」とエリカがすぐに聞いてきた。
優華たちも、興味津々で俺を見ている。
「みんなが知らない俺の友人もいるぞ」と俺が意味ありげに言うと、一人を除いて女性全員が俺をにらみつけた。
「でも、やっぱりおっきい…」と優華が言った。
当然だが、優華、彩夏、爽花はこの巨体の女性警察官を知っている。
「大学時代の四年間、エリカの代わりを勤めてくれたんだよ」と俺が言うと、「競技、ぜんぜん違うでしょ?!」とエリカが少し怒りながら叫んだ。
「投擲種目を筋トレに利用していたんだよ。
だから精神は俺と同じで、あの巨体なのに怪我ひとつしてないはずだ。
だけど、今回のオリンピックでは、さてどうだろうなぁー…」
「あー、記事、読んだわ…
インテリジェンスアスリート、黒崎茜さん…」
彩夏が言うと、俺は笑顔でうなづいた。
優華はすぐに外に出て、茜と話しを始めてすぐに、手を引いて店に連れて来た。
店内に入るとその巨体はさらに大きく見える。
しかも制服なので、かなりの威厳がある。
今も変わっていないようだが、身長は俺よりも高く190センチほどは優にある。
しかし本人は女子中学生のように照れくさそうにしている。
優華は笑顔で、茜を日本警察署に連れて来た。
茜は意識しているのか、俺をまったく見ない。
「やあ、茜ちゃん」と桐山が気さくに声をかけると、「桐山先輩っ!!」と言ってから、「うらやましすぎますぅー…」と言って、かなり小さな桐山を見下ろしては悪いと思ったのか、素早くかがみこんだ。
まるで、迷子を見つけて話しかけている女性警官にしか見えない。
「茜は俺を無視してるようだな」と俺が言うと、「そんなことないもん!」と優華と同じような口調で言ったが、まだ俺の目を見ずに桐山を見ている。
「視野に入ってるから見えてるもん!」と茜は言ってから立ち上がった。
「変わってないよな、おまえ」と俺が言うと、「そ、そお?」と言ってかわいらしく身をねじったが、巨体なのでそれほどかわいらしく見えない。
「ここで働く?」と俺が本題を口にするとやっと俺を見てからすぐに目を背けた。
五月は満面の笑みでうなづいている。
さらに大きな戦力を獲得できたと思っているようだ。
しかも女性なので、エリカと同様に必要な人材でもある。
「桐山先輩にうらやましすぎるって言ったもんっ!!」と言って少しふくれっつらを見せた。
よって、ここで働きたい意思はあるようだ。
「俺が推薦すればほとんどのことが叶うぞ。
もっとも、無謀なことは言わないけどな」
「…お願い、しちゃおっかなぁー…」
「やり残している仕事が終ってからここに来るっていうのはどうだ?」
「今のところはね、今の仕事で終ったの…」とまたなぜか桐山を見ながら言った。
桐山は苦笑いを茜に向けている。
「桐山さんが迷惑してるだろ?」
俺が言うと、茜は桐山に頭を下げてから、俺の頭の上に視線を移動させた。
「俺のこと大好き?」と俺が言うと、両手に拳を作り、両腕に力を入れて伸ばし、少し爪先立ちになって、「そんなの決まってるじゃないっ!!」と叫んだ。
普通の女性がすればかわいらしいはずだが、巨体がさらに巨体に見えただけだったので、少し笑ってしまった。
「はは、やっと言えたようだな」と俺が言うと茜は、「え?」と言って少し考えてから、「…あーあ、言っちゃったあー…」と茜は言って、申し訳なさそうな目をして、今度は俺の目を見た。
「残念だけど、結婚式したから」と俺が言うと、「うん、いいもん」と言って茜は子供のような笑みを向けてきた。
「松崎君には憧れしかないもん」
俺にとっては最高の女友達だと感じて、「まあ、座れよ」と言って俺の正面の椅子を勧めた。
「優華の妹の座が危ういよな」と俺が言うと、「私よりも妹…」と言って、優華は少し落ち込んだようだ。
「結婚って、やっぱり…」と言って、茜はまずは爽花を見て少し会釈をしてから、彩夏を見て少し驚いたようだがまた会釈をして、優華を見て笑みを深めて、母を見て会釈ではなく腰から礼をして、エリカを見て怯えた。
俺は思わず大声で笑ってしまった。
「ま、警官には恐れられているからな。
実際、怖いけど」
俺が言うと、エリカは眼に渾身の力を持ってきたようで、今までで一番恐ろしい眼になっている。
「だけど、俺はエリカを選んだ」
俺はエリカの肩を抱いたが、エリカはすぐに振りほどいて、怒ったままの目を維持している。
「あー、松崎君の方が大好き…
そんな人、ひとりもいなかったのに…」
「いや、いたぞ」と俺が言うと茜は、「私は知らなかったんですけど…」と言って爽花を見た。
もちろん茜と爽花は顔見知りだ。
「ひとりだけいたんだけどね、拓ちゃんがふっちゃったの」と爽花は平然な顔をして言った。
すると茜は軽蔑するような眼を俺に向けた。
「…弄んで捨てた…」と言って、オレから距離を取った。
「弄んでねえ!」と俺が叫ぶと、「うん、そうだと思ってた、ごめんなさい…」と言って、大きな体を小さくした。
「色々と悪事が発覚したんだよ」と俺は爽花に反撃しておいたが、爽花は顔色にも出さなかった。
「松崎君が弄ばれそうだった…
怖い女…」
茜が言うと、爽花は苦笑いを浮かべていた。
「異性の友達としては茜が一番だと思う。
これから、よろしくな」
俺は言って右手を出すと、茜は恥ずかしそうな顔をして俺と握手を交わした。
五月はオレからの推薦として、黒崎茜を埼玉県警から引き抜く作業に入った。
できればすんなりと引く抜ければいいと思っていたのだが、何の問題もなかったようで、すぐに茜に辞令が出た。
「おまえ、きちんと仕事してたんだろうな…」と俺が少しにらんで言うと、「うん、普通に」と平然として茜に言われてしまった。
「なるほどな…」と俺は言って苦笑いを浮かべたことだろう。
「今から本気で」と茜は態度を変えずに言った。
「やっとチャンスが訪れた、ということでいいの?」と俺が言うと、「えへへ、そうっ!」と言って茜は改めて署員たちにあいさつを始めた。
そして今頃になって指を差し、「あああっ!!」と大声を上げた。
その指の先には、俺とエリカたちの結婚式のフィギュアがある。
「何人と結婚したのよっ!!」と俺は茜にイヤというほどにらまれた。
「結婚はしてないぞ。
結婚式を挙げただけだ」
茜は俺の言葉をすぐに理解したようで、「私も欲しいなぁー… 七割の大きさで…」と言ったので少し笑ってしまった。
「なんだよ、彼氏は?」
「大きすぎるからいないもん…」
「前の大会のオリンピックの選手村にイヤというほど
適任者はいただろ?」
「…大きい女はいらないって…」と茜は笑みだが、眼はかなり悲しそうだった。
「その内現れるよ。
桐山さんの善意を期待してもいいと思うし」
俺が言うと、「あはははは…」と桐山は少し苦笑い気味で笑った。
「ああっ!! そうだったっ!!」と言って、茜は桐山に熱い視線を投げかけた。
「写真だけでもいいんですぅー…
私を五割にして写していただくとさらに喜びますぅー…」
茜は桐山におねだりを始めた。
「あおったのは俺だけど、あまりしつこいと嫌われるぞ」
「桐山さんの心はそんなに狭くないもんっ!!」
俺は茜に叱られてしまった。
「ちょっと、拓生君…」とエリカが少し鬼のような顔をして俺を見ている。
俺が顔を向けると、「高校時代もいたの? ライバル」と言って聞いてきた。
「いたんだけどな…
俺たちの行った高校の陸上部は弱小でな…
俺だけが別の高校に行って練習してたんだ。
彩夏の通ってた高校なんだけどな」
俺が言うと、彩夏だけが自慢するように顎を上げた。
俺としては普通にそうなっていたことを、今になって喜ばしく思っている。
彩夏が完全にはひとりになっていなかったことを喜ばしく思った。
「彩夏の作ってくれた菓子を食って練習すると
日に日に早くなっているような気がしてな。
みんなも真似を始めた。
その中で、妙に気合の入ったやつがいてな。
俺に本気で走れと毎回言ってたなぁー…」
俺が言うと、俺だけでなく彩夏もみんなの視線を浴びている。
「今はね、熱血俳優よ」と彩夏が言うと、もちろん優華も爽花も知っている。
もっとも、彩夏のコネなどではなく、高校当事からその破天荒な振る舞いを見せていたので、顔もスタイルもいいことからモデルとしても活躍していた。
「きっと知っていると思う。
ケン・杉島」
俺が言うと、エリカと茜は眼が点になっている。
そして母が振り返って、「競演したよっ!」と言って笑みを浮かべた。
「へー、懐かしいなぁー…」と俺が言うと、「泣かせちゃったけど」と母はごく普通に言ってまたテレビに向き直った。
「泣かせたって…
社長の役でも来たのか?」
俺が彩夏に聞くと、「うん、そうなの…」と言ってかなり困った顔をした。
「スピンオフ作るって…
今のところは断ってるんだけどね…」
当然母はほんのわずかなシーンしか出ていないはずだ。
だが、母を主役にした映像に、俺は大いに興味を持った。
しかしさすがに、父のため、家族の平和のために応援するわけにはいかない。
「ケンをいじめる続ける役?」と俺が言うと彩夏は、「基本的にはそうなるのよねぇー…」と少々困った顔を俺に向けた。
「ケン君ね、最近面接したんだけどね、すっごく怒ってたの…」
優華が言って、俺に向けてかなり困った顔を見せてきた。
「練習、呼べばよかったな」
俺はエリカに顔を向けて言った。
「緊張して、練習どころじゃなくなってたと思う…」とエリカは妙に気弱な発言をした。
「俺の暑苦しい版だからな。
毎日練習に行っていたから兄弟だって思われていた。
きっと、まだ勘違いしたままのやつもいると思う」
俺が言うと彩夏と優華は少し困った顔をしてうなづいている。
「…そんな過去が…」とまた母は驚いた顔を俺に向けていた。
「家にも二回ほど呼んだぞ…」と俺が言うと、母はかなり考えて、「あっ!!」と言って知らん振りを決め込むようで、またテレビに顔を向けた。
「撮影の時、
ケンは珍しくフレンドリーにお母さんに接したんだけどね、
お母さん、ずっと社長の役にはまり込んでて…
思い出す暇がなかったって思うわ…」
彩夏が言うと、俺は少し笑ってしまった。
「その内来るだろうから、その時に謝ろう」と俺が言うと、彩夏は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
… … … … …
母とケンの競演したドラマがある日、関係者一同は日本警察署でテレビを見ることにした。
すると、来店客が一斉に入り口に注目したように感じた。
そこにはかなり怒った顔をした、ケン・杉島とマネージャーらしき妙にけばけばしい女性がいた。
彩夏に聞いたところによると、外にも出られないほどの人気者なので、マネージャーは仕方なくケンの女として芝居をしているそうだ。
よって、街中を歩いていてもケンのファンはそれほど近くに寄ってこないそうだ。
もちろんここの客も、その程度の分別は持っているので、誰も近づこうとはしない。
俺がケンを見て笑顔で手を振ると、ケンは相対する顔で俺を威嚇した。
「ファンサービス」と俺は言って警察署の外に出た。
「やあ、なかなかのご活躍だな」と俺が言うと、「今から勝負しろっ!!」とケンは猛然たる怒りを込めて言った。
「世界記録、更新できる自信があるなら受けて立つぞ」と俺が言うと、「ケッ!!」と言って、「席、案内しろ、ボーイさんよ」とケンはさらに悪態をついてきたのだが、「あ、警察署の中でいいか?」と俺が言うと、「うー…」と言ってうなり始めた。
マネージャーは彩夏から色々と聞いていたようで、オレには笑みを浮かべている。
「さあ、さっさと入れよ」と俺が言うと、ケンは何も言わずに透明の警察署に入った。
「あ、お母さんっ!!」とケンは今までに見たことのない笑顔を母に向けた。
「ゴメンねぇー…
役に入り込みすぎちゃってって…」
母が負うと、ケンは笑顔で首を横に振った。
「大変勉強になりましたっ!
また、すぐにでも競演をお願いいたしますっ!!」
ケンはかなり礼儀正しく腰から頭を下げた。
「あー、あの話は、ちょっと…」と母はここでの即答は避けたようだ。
「一本だけならいいぞ。
俺も見てみたいな」
父が言うと、母はそれほど慶んではいなかった。
母としてはあまり見てもらいたくない姿だったからだ。
「あ、お父様!
始めまして、ケン・杉島です!!」
ケンは父にも最大級の礼を尽くしている。
「息子と仲良くしてくれているようだね」と父が言うと、ケンはかなりバツが悪そうな顔をしている。
「あ、はあ…
悪友、とでも申しますか…」
「いや、君ほどの悪友は拓生にはいないからね。
この先また会う機会があれば、仲良くしてやって欲しいな」
父が言うとケンは、「はい、それはもうっ!!」と言ってから、優華に席を勧められて座った。
俺がいつもの席に座ると、「仲良くしてやろう…」とケンは俺を威嚇するような顔を向けた。
「最近も走ってるよな。
ドラマでもよく走ってるし」
「おまえも引き込んでやろうか…」とケンが言ったが、ここはさすがに、「それは遠慮する」と言っておいた。
「おまえの本気の演技。
若手の中では脅威に思っているようだぞ」
「そんなもの当然だ。
演技ではなく切羽詰ったリアルだったからな。
俳優なら、あの程度はやれといっておいて欲しいな」
「くっそぉー…」と言って、ケンはかなり悔しがっている。
「あの頃と同じ…」と彩夏が懐かしそうな顔をして言った。
もちろん優華も見ていたので彩夏を同じ顔をしている。
食事を楽しみながら、ドラマも大いに楽しんだ。
母と彩夏の出番は少ないのだが、そのおかげてドラマ全体に気合が入っていると感じた。
「お兄ちゃんと対決したいっ!!」とCM中に母が叫んだ。
「しないよ」と俺はホホを引きつらせながら言った。
「それに、脚本があることじゃないか…
結果がわかっている。
俺の場合、ない方が話しやすいね。
だけどそれだと、ドラマの方向性が簡単に変わってしまうよ。
それに、オレには不利な設定を除外した役が欲しいね。
そうすれば、母さんを泣かすことも可能だ」
俺が言うと、母はかなり困ったようで、「…欲張ってごめんなさい…」と言って謝ってきた。
「おまえのその自信はどこから来るんだっ!!」とケンが俺にかみついてきた。
「ああ、簡単だぞ。
俺の前世が言わせることなんだよ」
俺がオカルト的な発言をすると、父は大いにうなづき、エリカたちも神妙な顔をした。
「お兄ちゃんだったら簡単に言い負かされちゃうっ!!」と母は言って、父の影に隠れるように座った。
ケンは不思議そうな顔を俺に向けた。
「ドラマが終ったら、俺の前世の壮絶な生涯の話しをしてやるよ。
俺の前世はな、リアルがドラマ以上に壮絶だったんだよ。
…あれは痛かったぜぇー…
マシンガンの弾ぁー、30発ほど喰らったからなぁー…」
俺は俺自身が信じられなかった。
これは俺の記憶にはないことだ。
もちろん口からでまかせを言ったつもりはない。
きっと、拓郎伯父が出てきたんだろうと察した。
『ニャンッ!!』とエンジェルが鋭く鳴き声をあげて、母の手を離れて俺の肩に跳び乗って、安心したのか俺にほおずりをした。
誰もが信じられない眼を俺に向けている。
その中で父だけが、柔らかい笑みを浮かべている。
母がぐずり始めたので、「エンジェル」と言うとすぐに、母の腕に抱かれた。
「なんだ…
何が起こってるんだ…」
ケンはぼう然とした顔をして言い、俺とエンジェルを交互に見た。
「あとでな」と俺は言って、テレビに顔を向けた。
ドラマが終って、ケン、彩夏、母の演技を絶賛したあと、俺は父の過去の話しをした。
時々拓郎伯父が出てきてエキサイトしたが、父はまた新たな涙を流した。
拓郎伯父はここはどうしようもないと、みんなよりも数歩前に出て、マシンガンの銃弾を浴びていた。
よって、一番後ろにいた父たちはかろうじて命を救われていたのだ。
もし、俺自身がいきなりこの局面に立たされた場合、拓郎伯父と同じ行動に出たかもしれないと感じた。
だが、回避する方法はあった。
すぐとなりにあった、金魚すくいの水槽だ。
それを拓郎伯父は、―― しまったなぁー… ―― と思いながら死んでいったようだ。
その水槽を盾にすれば、誰も死ななかったかもしれなかったのだ。
やはり、どんな局面であっても、盾になること以外を考えておくべきだと俺は強く感じた。
俺のこの件は言わずに語り終えた。
言うとさらに、後悔が募るだけだ。
誰も何も言うことなく、今日のドラマ視聴会は解散した。
… … … … …
一日の仕事を終え、日本警察署に行くと入り口の2メートルほど前に透明の展示台が置かれ、警備が二名立っていた。
『グルメパラダイス工事中の出土品』と銘打ってあった。
「あはは、懐かしいなぁー…」と俺が言うと、警備のひとりが、「松崎さんはご存知だったのですね」と俺に聞いてきた。
「ええ、いろんなものが出てきましたからね。
ほとんどは県に寄贈しましたけど、
金目のものは手放さなかったのですよ」
俺が冗談ぽく言うと、警備のふたりは少し笑っていた。
ここには千両箱と、封の切れいてない包みと、封の切れていた包みを並べておいてある。
鑑定の結果、かなり珍しいもので、小判なのだが、一枚20万円相当の値がつくと聞いた。
もっとも、このお宝が出てきてしまったので、半値以下の値打ちにしかならないはずだ。
小判だけでなく、大判も数枚出土していて、その詳しい内容が書かれている。
少々趣向は違うが、金含有量が多い金杯も並べて置かれている。
これで酒を飲むと格別うまいものになるだろうと思い、俺は笑みを浮かべた。
女盗賊が再逮捕されたことで、優華は安心してこれを展示することに決めた。
食事前や、食事が終って精算する前に、来客たちもものめずらしそうにして、展示台をのぞき込んだ。
当然警備員がいて、そのうしろには警察署があるので、うかつな行動に出る者はまずいない。
一番安全な場所にある高価な展示品だろうと思い、俺はほくそ笑んでから警察署に入った。
「この、バケモノやろう…」と言って、頭を低くして座っていたケンが言った。
「なんだ、補導されたのか?」と俺が言うと、「ふんっ!」と言ってそっぽを向いた。
五月や石坂たちは、苦笑いを浮かべている。
ケンはかなりラフな格好をしていて、俺をジョギングにでも誘うようだ。
「走りに行くか?」と俺が言うと、「おっ、おう…」と言って、今日は妙に素直だった。
「運がよければ、練習仲間に遭遇するかもな。
それでよければいい場所がある」
「任せる…」とケンはため息混じりに言った。
軽く食事を済ませると、エリカと茜が署に戻ってきた。
少々厳しい顔をしているので何かあったようだ。
ここは聞かないでおこうと思い、「さあ、着替えてこようか」と俺が言って立ち上がろうとすると、「仕事」とエリカに言われて、肩を押さえつけられた。
「ケンが怒っちまうんだけど?」と俺が言うと、「怒らせておけばいい」とエリカは仕事用の厳しい顔をして言った。
「こんな怖ええ女のどこがいいんだ…」とケンが言うとエリカはさらににらみを強めた。
「俺の最強で、最大のライバルだからだ」と俺が言うと、ケンは深くうなだれた。
「さらに、世界一足が速い女だが、どうやらそれを打ち破ったようだな」
俺が言うとエリカは、「生身だけどね、機械仕掛けのローラーを履いていたの」とエリカは面白いことを言った。
「なるほどな、それは捕らえづらいだろうな」と言って俺はすぐに認めた。
「この近辺じゃないよな?」
「ここから近いけどね、電車で十分」
俺は少し考えた。
「まさか、あの歓楽街?
路面が非常に滑らか。
そこで引ったくりをしている。
さすがに通行止めはできない。
人ごみを簡単に避けて駆け抜ける、なかなか機敏なやつ」
「はい、正解」とエリカは少し悔しそうにして言った。
「となると、靴はこれでいいな。
じゃ、出ないかもしれないけど、防犯に行こうか」
「すぐに食事、済ませるから」
エリカたちは言葉通りすぐに食事を注文してから、わずか10分で外に出た。
「消化に悪そうだよな」と俺が言うと、「これも仕事のうちよ…」とエリカはため息混じりで言った。
今回は桐山も連れていくことにして、四人で駅に向かった。
「待てこらぁ―――っ!!」という大声が聞こえた。
「ここに出てくれたようだ。
俺への挑戦のようだな。
裁判で死刑にでもしてもらおうか」
俺は言ってから、声のした方向にゆっくりと走り始めた。
声は警官のもので、その30メートルほど前方で、少々大きめのローラースケートをはいた男に見える者が歩道を走っている。
俺は足の裏に力をこめて、模倣タイルを力強く蹴り上げ、五歩でトップスピードにした。
後ろを振り返った妙に若い男は、俺と眼があいかなり驚いた顔をした。
俺は手に持っていたペイントボールを力一杯男に投げつけた。
『パンッ!!』とペイントボールがはじけ、「ッテッ!!」と男が叫びバランスを崩して、車道に飛び出した。
俺はハードルのように、歩道と車道の間にある柵を飛び越えて、右の回し蹴りでやんわりと男を蹴り上げて歩道に戻すと、エリカと桐山がすぐに追いついて、男を拘束した。
男は、ぼう然とした顔をして俺の顔を見ていた。
「おまえ、遅いな」と俺が言うと、男は驚きの顔をしてからうなだれた。
「繁華街の方もこいつか?」と俺が聞くと、エリカは苦笑いを浮かべて、「別口ね」と言った。
追いついてきた警官に男を引き渡して、俺たちは駅に戻って電車に乗った。
「松崎君、本当に早いわ。
驚いちゃった…」
茜が言うと、桐山も笑顔でうなづいている。
「今のはスタートダッシュだけで捕まえたぞ。
不謹慎だが、もう少し距離があった方が楽しいな」
俺はエリカを見ながら言った。
「…デート、したくなっちゃうじゃない…」とエリカはホホを赤らめていった。
「捕まえたらごほうびデートということで」と俺が言うと、エリカは無邪気な笑みを俺に向けた。
駅から繁華街に出ると、少々騒ぎが起こっている。
俺たちはその方向にゆっくりと走り始めた。
「…ひったくり!!…」と遠くで男の声が聞こえた。
俺たちはさらにスピードを上げた。
視界に入った引ったくり犯は、50メートルほど先にいて、女性用のハンドバッグという戦利品を自慢げに振り回している。
「お先に…」と俺は言って、少々くたびれている歩道のアスファルトを勢いよく蹴った。
俺は前傾姿勢のまま、みるみる近づいてくる男の背後に向けて、ペイントボールを投げつけた。
ペイントボールは男の首の付け根に命中した。
「ッテエッ!!」と男の声で悲鳴が上がって、一瞬ペースダウンしたところを、俺は男に体当たりして、地面に倒れ込ませた。
「えっ?! えっ?!」と男は夢を見るような顔をして驚いている。
今回も、桐山とエリカが難なく男を締め上げてうつぶせに寝かせた。
すぐに警官二名が駆けつけ、そして被害者の女性も走ってこの場に現れた。
「こいつでいいの?」と俺が言うとエリカは、「ごほうびっ!」と言って喜んだ。
「桐山さんは茜の相手をお願いします」と俺が言うと、「あはは、先に帰るよ」と言って、興味津々の顔で俺とエリカを見ている茜の手を引っ張って駅に向かって行った。
俺とエリカは、それほどけばけばしくない、上品そうなホテルに走り込んで入った。
「スパイのようでいいな…」と俺が言うと、エリカも大いに気に入ったようで、「スリルがあるわ…」と言って喜んでいる。
シャワーで汗を流し、今日はやさしく愛の営みだけを済ませた。
「…足りないけど…
次回のお楽しみ…」
エリカの笑顔の声を聞いてから、俺たちはそそくさと服を来て、またスパイのようにしてホテルを素早く出て、人通りの少ない路地からゆっくりと大通りに出た。
また妙なざわめく気配を感じた。
「まだいるんだな…」
俺は少々あきれてしまった。
「体力、エンプティーじゃなくてよかった」と俺が言うと、エリカは笑顔で俺を見ている。
今回は武器であるペイントボールがない。
だか、仕入先はこの辺りに何件もある。
俺たちはコンビニエンスストアに入って、事情を説明して、ペイントボールをひとつ借りた。
幸いこの店の店長がいたので、快く貸してくれた。
騒ぎのことも知っていたので、やけに協力的だった。
ジョギング程度の速さで走り、追いかけている警官の前に出て、一気にスピードを上げた。
ペイントボールをぶつけることなく追いついてしまったので、引ったくり犯がはいているスケート靴を蹴り上げてやった。
「キャッ!!」という女の叫び声が聞こえて、女は歩道を二転三転して寝転がった。
すぐに警官が駆けつけ、女を逮捕した。
盗んだ獲物は、少々厚みのあるファスナーつきの財布だ。
「危ないやつの財布を盗ったんだな…
おまえ、殺されるぞ…」
俺が言うと今頃になって怖くなったのか、女はがたがたと震え始めた。
「だがな、こういう時はいいことがあったりするんだよ」
俺は警官に言って財布を開けてもらった。
現金も入っているのだが、白い粉も入っていた。
「よかったな。
怪我の功名」
警官はすぐに、所轄署に連絡をした。
俺とエリカは、応援が到着するのを待った。
サイレンを鳴らした覆面パトカーが現れ、その筋のような男たちが四人降りてきた。
そしてしばらく俺とエリカを怪訝そうな顔をして見てからすぐに、素早く敬礼をしてくれた。
「俺たちは帰りますので。
事情はこちらのお二人がよく知っていますから」
俺が言うと、俺たちはすぐに解放された。
そして、借りたペイントボールをコンビニエンスストアに返して、帰宅することにした。
日本警察署内は暗雲がたちこめていた。
だが、五月が情報を仕入れたようで、みんなに説明を始めた。
「なかったことになったと思うぞ」と俺が言うと、「じゃ、また明日にでも」とエリカは言って俺に妖艶な笑みを浮かべた。
翌日の新聞に、『タクナリ君、快足で犯人逮捕!!』と少々気恥ずかしい記事が載っていた。
さらには、覚せい剤の流通ルートも判明したようで、所轄署は大いに喜んでいるようだ。
俺の頭上から記事を見ている茜は、「松崎君の愛人でもいいかなぁー…」などと言ってきたので、俺は丁重に断りを入れた。
「予感とかあったんだぁー…」と俺は言われて、―― どうしよう… ―― と思い、黙秘権を行使した。
( 第十四話 パワーアップ おわり )
( 第十五話 日本の危機を救ったヒーロー につづく )