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第十一話 第一の冒険旅行


第一の冒険旅行






色々と解決した翌日の午後、俺たちの予約席で新聞を読んでいると、優華が新聞をのぞき込んで来た。


そして憂鬱そうな顔をした。


「一課、二課、三課の事件を解決したから、

 四課の仕事も解決しろと言ってきそう…」


俺が言うと、優華は申し訳なさそうだが何とか笑みを作ってうなづいた。


「暴力団とは懇意にしてないからな。

 本物には会ったことがないはずだ」


俺が言うと優華は、「本物だった人?」と言って、母と楽しそうにしてテレビを見ている彩夏を見た。


「ある意味、悪いことをしない親分的存在…」と俺が言うと、優華は心からの笑みを俺に向けた。



俺はまったく今の話とは関係ないのだがふと気づき、「母さん」と呼ぶと、母は体をびくつかせてゆっくりと振り返った。


「後ろめたさがある」と俺が言うと、「きっとそう…」と母は言ってうなだれた。


「時間がある時は家族水入らずの夕食も必要だと思うんだよ」


「はい、先生、明日はそうしますぅー…」と言ってうなだれた。


何がどう今の俺が先生なのかはよくわからないが、「それほど気にしなくていいから…」と言うと、「はい、お兄ちゃんっ!」と優華風に言ってテレビ画面に顔を向けた。



千代と父が仲睦まじく予約席に現れた。


すると母がすぐに父に食事の件を聞き父は、「任せる」とだけ答えた。


さすがに母はどうすればいいのか迷ったようだ。


あまりにも父が言葉足らずなのだが、本来は食事を作ろうと思うはずだ。


しかし今の母の場合、青春を謳歌しているので第一は自分のしたいことになっている。


よって、母としては具体的に言ってもらわないと悩みこんで動けなくなってしまうのだ。


最近は朝食も彩夏が作ってくれるので、母はここしばらくキッチンには立っていない。


俺が口を挟んでもいいのかと考えていたら、「お父さん、もう少し言葉を重ねようよ…」と千代が困った顔をして言ってくれた。


「あ、ああ」と父は言い、面目なさそうな顔をして少し考えて、「俺の希望は、家で毎晩家族とともに夕食を摂ることだ」と妙に固い口調で言った。


だがわかりやすいので母は、「できるだけがんばるのっ!」と言って父に笑みを向けた。


父は千代に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


しかし、千代が最愛の娘のようなので、うれしそうではある。


―― なんとかなったな… ―― と俺は思って、千代に笑みを向けた。


その千代は、母たちに混ざってテレビを観はじめた。



「さあ、ご注文をどうぞっ!」と優華は仕事モードになって、みんなに注文を聞き始めた。


今日は彩夏は仕事だったので夕飯の支度はしていない。


よって、このレストランのうまい料理を堪能することになる。


「洋食スペシャルディナーで」と俺が言うと、「料理長、張り切っちゃうわっ!」と優華が言って俺に笑みを向けた。


もちろん料理長は優華の父の正造だ。



新聞を見入っていると、視界の端にいる客が妙に猫背になっているように感じたので、すぐに顔を上げて辺りを見回した。


「はは、なるほどな」と俺は言ってから立ち上がって、どう見ても一昔前の強面の暴力団員に見える男を見た。


少々西欧風な顔に変えると、超有名ハリウッド肉体派俳優になりそうだと思い、頼もしく思えた。


そして笑みを浮かべて、俺は部屋を出た。


男は俺を見つけて少しかわいらしい笑みを浮かべたが、周りを見てかなり困った顔をした。


「あなたの席はあの透明の檻ですから」


「…あ、いいの?」と、男は子供口調で言って、子供のような笑みを浮かべた。


「いいに決まってます、さあ」


俺は言って、男を先導した。



室内にいる俺の仲間たちは一瞬驚いたようだが、すぐに笑みに変わった。


俺は男に席を勧めて、そのとなりに座った。


「名前を教えてください」と俺が言うと、「あ、うん…」と言って男はかなり申し訳なさそうな顔をした。


「松崎マモルだよ」と、少年のような笑みを俺に向けた。


俺は数回うなづいてから、「マモル… 文字は?」「あ、護衛の衛だって」とすぐに答えた。


「そうか、衛、これからよろしくな」


俺の口調が気に入ったようで、衛はさらに笑みを深めた。


「少々確認したいことがあるんだけど、食事の後でな」


「うんっ! ボク、おなかすいちゃって…」と衛が言うと、優華が笑顔でメニューを衛に渡した。


女性恐怖症は完全に抜けているようで、衛はごく自然に優華からメニューを受け取った。


もっとも、触れられるとかなり困ってしまうだろう。


「あ、タクナリ君は何にしたの?」と聞いてきたので答えると、俺と同じものを注文した。


―― まさに男友達っ!! ―― と思い、俺は心の中でガッツポーズをとった。



うまい食事を終えて、衛を正面にして俺と千代は話しを聞くことにした。


さすがに千代が怖いのか、衛はあまりいい顔はしていない。


しかし許容範囲のようなので、俺は二人に笑みを向けて本題に入ることにした。


「まずは、取り調べで聞かなかったことがある。

 だが、後で考えると、

 聞かなくて正解だったのではという思いのあることなんだ」


俺が言うと衛は、「クラクさんって言ったんだ…」といきなり俺の父の名前が出てきた。


山田国一を生きた男のおもちゃとして扱ったのは、子供が生まれた三人だけではなかったと俺はふんでいた。


継野菖蒲も、どこからか聞きつけて山田を性的なおもちゃとして楽しんでいたようだ。


山田が覚えているだけでも、10人は下らないという。


この別口の女たちは、常に仮面をかぶっていたという。


それは女性同士も、どこの誰だかわからないようにするためだ。


「一人の女が、苦楽さんと言った」


俺が復唱すると、「うん、そうなんだよねぇー…」と言って衛は嫌悪感よりもどことなく菖蒲に対して哀れみを感じているような表情をしている。


「きっとね、ボクをクラクって人とすり変えて快楽の中にいたと思うんだ。

 それに、泣いていたからね。

 だから、かわいそうっていう気持ちもあったんだ。

 もちろん、されていることはすっごくイヤだったけどね」


俺は数回うなづいて、衛に礼を言った。


「ここからが大問題なんだよ」


俺が言うと、千代も衛も真剣な顔をしてうなづいた。


「もし、その10人の誰かとこれからの一般生活の中で出会った時、

 どうなってしまうのか想像した?」


俺が言うと、衛は悲しそうな顔をした。


「今考えるとね、みんなかわいそうな人たちだったって思うんだ…

 だから、出会っても無視できるって思う」


俺も千代も今の衛の言葉にウソはなく、ごく自然な言葉だと感じた。


「じゃあ最後だ」と俺が言うと、「北条美知子ちゃん、だよね?」と衛はすぐに答えた。


北条美智子は、山田の最後のターゲットだった、12才の少女で山田の娘だ。


「よし、合格だ」と俺が言うと、「えっ?」と衛が驚きの声を上げた。


「まったく動揺を感じなかった。

 しかも自分から名前を言った。

 色々と聞いてしまって、悪かったね」


俺が言うと、「ううん、なんでもないことだよっ!!」と衛は胸を張って言った。


「僕はね、今日から、タクナリ君のためだけに生きて行くんだっ!!

 絶対に迷惑はかけないからっ!!」


衛は胸を張って言ったが、俺には少々不安が過ぎった。


「俺を絶対に悲しませない自信があるのか?」と俺が少し厳しい口調で聞くと、衛は一気に困った顔に変わった。


「…ボク、間違えていたって思う…」と衛は肩をすぼめていった。


「盾になって守られるほど、悲しいことはないからな。

 それに、できれば傷つくな」


俺が言うと、千代も衛も深くうなづいた。



三人だけだった部屋を開放してから、これからの衛の仕事の話しをした。


基本時には彩夏たちの護衛。


その仕事がない時は優華の指示を仰ぐ。


よって、俺は衛を優華に託したことになる。



妙に張り切っている衛は、優華とコミュニケーションを取って、ほぼ無理やり、このレストランでの警護の仕事の説明を聞くことにして、警備員たちがが詰めている部屋に行った。


「逞しくて何よりだけど、子供しか出てきてないな…

 子供からやり直すということでいいのかなぁー…」


俺が言うと千代は、「当然じゃない…」と言って俺をにらんできた。


「深い意味はあるわよ」とさらに千代に言われて、「おっしゃる通り」と言って、俺は千代に頭を下げた。


まず第一に、真剣に生まれ変わった気持ちになって子供から成長を始めること。


その次には、自分の犯した罪を思い出さなくすることにある。


忘れてはならないことだが、思い出してしまうと体が動かないことになる事態も発生するはずだ。


だがそれは、『俺を悲しませない』という防波堤がブレーキの役割となるはずだ。


よって、この件に関してだけは、判事としてはうなづけない事項に当たる。


だがこの先、善行を行いみんなを笑顔にすることが、衛の罪の償いでもあり、使命でもあるのだ。



今日のところは衛は今まで住んでいる家に帰ってもらうことにした。


だが明日中に引越しをして仕事をしたいと衛は言ってきた。


もちろんこの件は父の承諾も得ている。


全てが発覚した時には大問題となるのだが、戸籍などは全て加藤がうまくやってくれているようだ。



家に戻ってから風呂に入り、みんなにおやすみを言ってから部屋に入ってすぐに部屋を飛び出した。


さらにはドアを閉めてドアレバーを強く引き、「千代っ!!」と叫んだ。



千代は猛然たる勢いで階段を駆け上がってきた。


「侵入者っ!!」と俺が叫ぶと、千代はすぐにドアを開けて、とんでもない光のライトを室内に浴びせた。


完全に目潰しになるので、この光を浴びた者は動けなくなるはずだ。


千代は肩の力を抜いた。


「警視総監秘書の前川由香里」と千代は言って、あきれた顔をしている。


かなり魅力的な顔だが、妖艶さの方が勝っている。


服装はぴったりとした黒装束で、年齢は30才前後だろうと感じた。


送り込んできたのが誰なのかは当然すぐにわかる。


俺はすぐに五月に電話をした。


ほぼ同時に、遠くからサイレンがなった。


「うっそぉー…」と由香里は言ったが、あまりにもライトがまぶしいので、逃げ出そうにも窓もドアもどこにあるのかわからないようだ。


千代は素早く移動して、由香里を寝転がせ背後をとって、両腕を後ろに回して抑えこんだ。


「お見事」と言ってから、俺は部屋の明かりをつけた。


特に何かした様子はなく、部屋はいつも通りだと感じた。


「盗聴器とか…」と俺は言ったが、由香里の表情に戸惑いはなく、捕まって警察を呼ばれたことの方に驚いているようだ。


「警視総監からのプレゼントと聞かされてここに忍び込んだ。

 セキュリティー会社、替えた方がよさそうだな…」


「私って、捨て駒?!」「俺に聞くな、警視総監に聞け、聞けたらな」と俺が言うと、由香里は悔しそうな顔をして、「全部暴露してやるっ!!」などと言って騒ぎ始めた。


「きっとな、あんたの証言しか得られないから、

 やめておいた方がいいと思うな。

 証拠とか、物理的なものってとってる?」


俺が聞くと由香里は、「ちくしょうっ! ちくしょうっ!」と言って苦渋に満ちた表情で叫んだ。


「次があったらきちんと証拠を握っておくことだね。

 だけど、それすらも恐れて、

 今あんたがしているように家に忍び込んで隠滅するって思うけどね。

 隠す場所はきちんと考えておいた方がいいぞ」


俺が言うと、「アドバイスしなくていいのよ…」と千代は少し怒った顔をして言った。



五月たちが到着したようで、父が案内して二階に上がってきた。


「女狐っ!!」と五月が叫んだが、由香里は泣いているだけだ。


「大物が侵入したんだなぁー…

 元公安だ。

 聞いたと思うけど、今は警視総監の秘書」


「兼女だそうです」と俺が言ったが五月は驚きもしなかった。



ここで身体検査が始まった。


もちろん男は部屋から出て、千代と婦人警官が行なった。


やはり、セキュリティーキーはオレたちが持っているものと同じものだ。


「前回の一件で、別のコードにしたと言っていたから、

 また取引でもあったのかもな」


父は平然として言った。


「ま、あまり気にしなくてもいいんじゃないのか?」と父は言って、一階に降りて行った。


「夫婦そろって、気にしない教の信者だった…」


俺が言うと千代も困った顔をしていた。



警官たちが帰り、我が家に静寂の時が訪れた。


重装備のセキュリティー会社の社員が三名訪れて、コードの変更を行なってくれた。


だが、社に戻り今のコードを登録したとたんに盗まれることになるはずだ。


末端の社員を責めてもどうしようもないので、俺は極力笑顔で対応した。


仕事が終ってから、話しを聞かせてもらった。


このような騒ぎが起きていないのかということをだ。


当然話してくれるはずはないと思ったが、社長の一任で警察に渡すことがあると聞いたことがあると答えた。


もちろんそれは、犯人検挙のためなのだろうが、大問題になるのではと感じた。


俺は礼を言ってから帰ってもらった。


俺は玄関も見て、―― 鍵も替えないとな… ―― と思った。


堂々と玄関から侵入していたので、窓などは破られていなかった。


夜中などにキーを使ってセキュリティーを外し、玄関の鍵穴から型取りでもしたんだろうと感じた。


「ファレルボ君でも飼おうかな…」と俺が言うと、「あー、かわいいって思う…」と千代は喜んで言った。


「なんだそれは…」と父が聞いてきたので、「わが社開発のロボット犬だよ」と答えると、父は妙にうれしそうな笑みを浮かべた。


「父さんが興味があるのなら買ってくるけど?

 値は張るけどかなり高性能だ。

 電話にも対応できるからね。

 当然、留守番もできる。

 110番や119番にも対応してるから、

 一人暮らしでも安心なんだよ」


俺が言うと、「任せる」と本当にうれしそうな顔をして言った。


父へのプレゼントとして買ってこようと思い、傷だらけのパソコンを開いて予約状況などを確認した。


警察から戻ってきたパソコンは、ボディーの傷以外はどこも壊れていなかった。


『名誉の負傷』を負った仲間として、使うことにしたのだ。



「どのカラーがいい?」と俺はモニターを父に向けると、「これだっ!!」と言って父は笑顔で叫んだ。


これがどういうことなのかほぼ理解できたので、「ああ、そうするよ」とごく普通に言うと千代が、「…どういうことなのよ…」と小さな声で言った。


「父の名誉のために話さない」と俺が言うと、「すまんな…」と父は申し訳なさそうに千代に頭を下げた。


「あ、いいの」と千代は言って、少し考えてから笑みを浮かべた。


「俺がこう育ったこともよくわかるだろ?」と俺が言うと、「まあね…」と千代は言って俺に笑みを向けた。


「どういうことなのよっ!!」と彩夏が騒ぎ始めたことは言うまでもない。


… … … … …


出社すると、今日も俺は囲まれた。


会社帰りに付き合うこともままならないので、出社してすぐに様々なことを聞かれる。


昼休みや休憩時間は勉強の時間に当てているので、特別なことがない限り、誰も俺に近づいてこない。


今日の帰りにでも、ファレルボを取りに行こうかと思っていたら、広報の小山悠子が荷物を持って部屋に入ってきた。


そして笑顔で俺を見てまっすぐに歩いてきた。


「あれ? 取りに行こうと思ってたんですが、わざわざすみません」


俺が言うと、「ううん、社に用があったから別にいいの」と言って、少し大きめの箱を俺の机の上に置いた。


箱は、『フレンドリー・ファレルボ』とかわいらしいロゴを印刷した装丁になっている。


子供から大人まで、年齢に関係なく大いに楽しめる、大人気のロボットペットだ。


「ああん、その代わり、デートとか…」と言われたので、「俺よりも優秀な、伊藤先輩を推薦します」と俺は堂々と言った。


「えっ?! そうだったの?!」と悠子は驚きの声を上げて、伊藤を見た。


伊藤は、『余計なことを…』といった顔をして俺を見た。


悠子はすぐに伊藤に寄り添って甘い声をかけ始めた。



伊藤は大学でも先輩だったのだが、工学部だったので面識はなかった。


伊藤は不得意だった広報営業部を望んで入社を果たしたのだ。


よって、開発にも技術にも長けた広報営業マンだ。


俺のこの職場でのライバルとしては不足のない好人物なのだ。



一日の仕事を終えて、―― 何事もないように… ―― と願いながら最寄り駅に着いた。


しかし、やはり好かれているようで、尾行者がいた。


今日はファレルボを持っているので走るわけにはいかない。


よって、家に帰りながら話し聞こうと思って、ゆっくりと歩き始めた。


すると、『ピピィーッ!!』と笛がなると同時に、尾行者は駅に向かって駆け出した。


当然、笛を吹いたのは、駅前交番の巡査だった。


俺が頭を下げると、敬礼のポーズで見送られた。


巡査部長が出てきて俺の姿を見てすぐに、巡査は自転車に乗って俺の後を追ってきた。


特に話しかけることもないようで、今はボディーガードとしてついてきてくれているようだ。


「申し訳ないね」と俺が話しかけると、「奪われては大変ですのでっ!!」と巡査は言って、俺が持っているファレルボの箱を見た。


かなり値が張るものなので、高級品には違いない。


「しかし、人相の悪そうな刑事でしたね」と巡査が言った。


「多分、今回は組対か所轄の四課だと思うよ」と俺が言うと、「そうだと思っていました…」とわがことのようにうんざり感満載で言ってくれたことがうれしかった。



家に帰りついて巡査に礼を言って別れ、セキュリティーを解除して門扉を開けて、玄関の鍵を開けた。


セキュリティーが面倒なのだが、さすがに判事の家なのでこれは当然のことだ。


しかし、盗み出されて困るようなものは家には持ち込んでいない。


俺も父と同じ事をしていたと改めてうれしく思った。



意識をしたが、家の中に不振な気配は感じられなかった。


俺はリビングのテーブルの上にファレルボの箱を置いてから、安心して二階に上がり、部屋のドアを開けた。


当然誰もいない。


だが俺は念のために、クローゼットを開けた。


やはり誰もいない。


昨日の今日なので確認しておくことは重要だ。



素早く着替えて、二階のほかの部屋も確認した。


当然だが誰もいない。


しかし、俺のとなりの部屋に、ダンボールが三箱置いてあった。


二箱は標準的な大きさで、ひと箱はそれらよりもひとまわり小さいものだった。


これだけが食品の商品の印刷のある箱だったので少し気になった。


きっと衛の引越し荷物だろうと漠然と思った。



一階のリビングに入って、箱からファレルボを取り出した。


ペイントはダルメシアンのような白地に黒いぶちがあるものだ。


モバイルパソコンを立ち上げて、ファレルボをワイファイ接続して、設定してからきちんと動くことを確認した。


充電量が足りないようで、ファレルボはしっぽを振りながら歩いて充電器に座って収まった。


―― 心強い番犬だ ―― と思いながら、よく考えると母がいないことが気になった。


―― まさか、だけど… ――


母はレストランの厨房で料理を造っているとすぐに気づいた。


母にとって俺の友はみんな家族だ。


母に指摘する言葉を当然吐けないので、父には俺から伝えようと思い、父の帰りを待った。


だが父は家で食事を摂ると言った。


キッチンを見ると鍋などが妙に少ない。


レストランで造ってここで食べる魂胆だろうと思って、やっと解決した。



父が帰ってきたが、かなり残念そうな顔をしたので、俺が説明すると微妙な笑みを浮かべた。


そしてファレルボを見つけた途端、「ディックッ!!」と父は叫んだ。


ディックと呼ばれたファレルボは、『ワンッ!』とリアルに鳴いてしっぽを振り始めた。


名前の設定は人間の声で認識するのだが、そのモードにはしていない。


問題点としてあげておこうと思い、ディックと名づけたファレルボの頭をなでている父のうれしそうな顔を見ていた。



母たちが家に帰ってきて、リビングに入ってきた。


「デリバリーだけど、きちんと造ったよっ!」と母は言いわけがましく俺に言った。


そして彩夏たちはリビングを出て行ったが、「君たちも食べて行きなさい」と父が言うと、その言葉を待っていたかのように席についた。


もっとも今の父はかなりの上機嫌なので、この言葉が出たはずだ。


今日はもう外出しないだろうと俺は感じた。


千代は今日はいつもよりも一時間ほど早い帰宅をした。


その後をついてくるように、衛が申し訳なさそうな顔をしてリビングに姿を現した。


―― 衛の残存思念でも感じた? ―― と俺は思い、衛を見た。


「あ、荷物は?」と俺が聞くと、「二階の真ん中の部屋だよ」と答えた。


どうやら間違いはないようだ。


「あ、そうだ。

 箱がひとつおいてあったけど…」


―― 昨日の騒ぎでっ!! ―― と俺は思い、すぐに二階に駆け上がった。


千代は何事かと思いついてきている。


二階の真ん中の部屋に入って、小さなダンボールを手に取った。


「やけに重い…」と俺が言うと、「呼ぶわね」と言って千代は外に出て電話をかけ始めた。


衛が部屋をのぞいて、「あ、それだよ」と言った。


「うちのものじゃないと思う。

 昨日の女の置き土産かもしれない」


俺が言ったと同時に、遠くでサイレンの音がした。



五月は鑑識官も連れてきていた。


千代が状況を説明したのだろう。


「あの女狐の供述はふたりで入ったということだった。

 よって、もうひとりがここにこの荷物を置いたんだろうな。

 初対面だったようで、男ということと特徴しかわかっていない」


五月が現状の説明をしてくれた。



鑑識の調べによると、危険物ではないと判断されて、鑑識官がガムテープをはがしてふたを開けた。


覗き込むと、安価な紙製のファイルが何冊か入っているように見えた。


鑑識官がファイルをめくると、『岐阜城下町連続殺人事件』と書いてあった。


「ああ、これ…」と俺が言うと、「何やったんだ?」と父が苦笑いを浮かべて言った。


「12年前、ですよね?」と俺が聞くと、鑑識官はページをめくって確認してから、「はい、そのようですっ! さすが、タクナリ君ですっ!!」と言われて、―― きっと勘違いしている… ―― と思い、苦笑いを浮かべた。


ほかのファイルも全て俺が携わったもので、全部で12冊あった。


全てがその概要と顛末を記したコピーだ。


そして箱の底には、『警察官になりたかったんだろうが!!』と紙に書き殴りの文字があった。


「はは、懐かしいなっ!

 だけど、どこで知ったんだろ…」


俺が言うと、みんなは俺に大注目していた。


「小学三年生の時に、警察官になりたい、

 って関西弁で話した記憶があるんだ」


俺が言うと、「今からなれっ!!」と五月と彩夏に同時に叫ばれてしまった。


「関西弁?」と千代が不思議そうな顔をして聞いてきた。


「夏休みに、父の赴任先に遊びに行ったんだよ。

 すっかり関西弁にハマちゃって、

 しばらく抜けなかった。

 休み明けの宿題に、将来したい職業の作文があってね。

 それを教室で読んだ記憶があるんだ。

 千代とはクラスが別だったはずだから、

 当事の記憶があっても知らないと思うよ」


「うん、記憶はうっすらとあるけど、その記憶はないわ。

 初耳だし…」


千代は言って、俺を見上げて妙にうっとりとした危険な香のする顔で見てきた。


「警視総監様の本題はこっちの方だったようだな…

 このついでに、女が面倒になったので切った。

 悪いやつだよなっ!!」


俺が言うと、警察関係者はかなり困った顔をした。


「この事件は自慢されて聞かされた」


五月が渋い顔をして、一番上の連続殺人事件のファイルを取った。


「一緒に捜査したのは五月さんだけだと思いますよ」


俺が言うと五月はかなりうれしそうな顔をした。



「どうして私、ずっとお菓子造ってたんだろ…」と彩夏が嘆くように言った。


「お土産代を浮かせるために、

 現地の和菓子の体験和菓子造りを

 ずっとしてたんじゃないか…」


俺が言うと、「うっ! 叱られるっ!!」と彩夏は言って首をすくめた。


この事件の全貌は、優華の洗脳の書に当然書かれている。


千代は話しに入ってこられないのでふくれっつらをこれ見よがしに俺に見せている。



「やっぱ、執念深いヘビのようだ、陰湿だし…」


俺が言うと、優華はかなり困った顔をしてうつむいた。


俺は優華の肩を抱いて一階に降りた。


「ちょっと…」と千代はクレームぽく言った。


そして千代は優華が泣いていることに気づいた。


「俺は予告して母さんとふたり大阪に行ったんだけどな、

 優華はたった二日しか我慢できなかったようで、

 大阪に行くって父ちゃんと母ちゃんに泣いて訴えたんだ。

 その気持ちがよみがえったんだろうな」


「はあー、筋金入りのブラコンなのね…

 他人なのに…」


千代は言ってから、「しょうがないわね…」と言って俺に笑みを向けた。



冒険旅行を岐阜に決めたのは、書店でガイドブックを立ち読みしていた時だ。


自由研究としての歴史探訪とそれぞれの趣味だ。


彩夏はお菓子作り体験で、爽太郎は城下町にマリア像があることを知って興味を持った。


俺はやはりちょっとした登山と城見物で、優華は、リス村が気になったようで、満場一致で目的地が決まった。


~ ~ ~ ~ ~


俺が小学六年生の夏休みの終わりに、冒険旅行に行くことを提案した。


しかし唯一の問題がある。


それは千代だ。


俺も含め、優華たちは少々裕福な家庭なのだが、どこで調べたのか彩夏が、「金銭面で問題があるの」と、妙に大人びた言葉で言った。


どうやら、この頃から情報の取得には長けていたようだ。


よって、俺、彩夏、爽太郎、優華の四人で旅に出ることに決めた。


爽太郎が中学生なので、父兄の代わりということで、四人の保護者からは許可が出た。


もっともリーダーは彩夏なので、俺たちは彩夏についていくだけだ。


岐阜県に行くことに決まり、三泊四日の予定で、宿泊は母の懇意にしている旅館に決まった。


子供だけなので、通常であれば泊めてもらえないはずだが、母からの願いなので断るわけにもいかなかったのだろう。


現地に着いた俺たちを出迎えてくれたのは、なんと連続殺人事件だった。



マリア像を見終えて、町の中心に向かってメインストリートを歩いている時、所々に花が供えてあった。


紙に包んだ花なので、ここで誰かが亡くなったということのようだ。


しかし、あまりにも多すぎるので、妙な寒気が俺を襲った。



交番の近くの空き地に看板があった。


『夜間外出禁止』


これを見てすぐに俺は、―― 殺人事件 ―― の文字が頭を過ぎった。


そして優華は何かを感じたのか、俺の腕を強く握り締めていた。


「だけど、同じような場所で…」


俺が言うと、優華が震えた。


あまり言葉にしないでおこうと思い、花を供えてある間隔を見ると、ほんの百メートルしかないように感じた。


―― ここで殺す意味がある… ―― と思い、興味を持った俺は、地図を広げて郷土歴史資料館に行った。



現地に着くと初老の学芸員がいたので、「昔、この城下町で起きた、悲しい事件を探しているんですけど」と俺は聞いた。


木下という名札をつけた学芸員は、「ああ、それだったら」と言って俺に笑みを向けて言った。


実はこの学芸員に会ってから、頭がピリピリしていたのだ。


―― 事件に関係ある ―― と俺は漠然と思った。



木下は、一冊の薄い古い本を出してくれた。


「優秀な武士がいたんだ。

 木下籐衛門といった。

 時代は安土桃山時代で、戦国の世だった。

 木下が優秀なので、何とか消し去ろうとした者たちがいて、

 君たちも見てきたのだろうが、大通りのあの場所で、

 辻斬りと見せかけて殺したんだよ」


木下のあらすじを聞いて本を開くと、まさにその内容が詳しく書いてあった。


誰がこの話しを伝えたのかはよくわからないが、木下藤衛門を襲った者の名前はすべて記してある。


「復讐とか…」と俺が言うと、木下は妙な笑顔を作り、「あるかもなぁー…」と言った。


「昔話になぞらえた殺人事件が時々ありますよね?

 警察とか聞きに来ないんですか?」


俺が言うと木下は、「来てないよ」と妙に幼い声で言ったような気がした。


優華もだが、爽太郎までもが、俺の腕にしがみついてきた。


「悲しい話だけど、現実に事件があると、

 お嬢ちゃんたちにはちょっと怖かったようだね」


木下は笑みを見せたのだが、優華も爽太郎も、今にも泣きそうな顔をしていた。



俺は外に出たがっている優華と爽太郎を尻目にして、本を見ながら簡単に顛末を書き記してから、木下に礼を言って本を返して、郷土歴史資料館を出た。


ここでふたりはついに、大声で泣き始めた。


―― 犯人断定… ―― と俺は思った。


現在の事件の内容がまるでわからないので、近くにある図書館に入った。


新聞コーナーに行くと、今日まで毎日のように殺人事件の記事が書かれている。


内容を読むと、警察官も数名犠牲になっている。


被害者の死因は全て、日本刀により斬られたことによる失血死だ。


当然、大勢の警官が警備をしているのだが、一番少ない場所で警官たちを刀の峰で殴りつけ昏倒させてから、縄で縛った被害者を斬っている。


犯人は冷静で几帳面だが度が過ぎていると感じた。


執拗に殺害現場にこだわる怨念としか思えなかった。



そして、俺の書き記したノートを出して、被害者の名前を比べると、苗字が全て一致していた。


このあと、郷土の歴史のコーナーに行くと、木下が見せてくれた本があった。


作者は、『木下藤一郎』とあり写真もある。


学芸員の木下に間違いない。


作者の紹介文に、『剣道五段』と『木下籐衛門の末裔』の文字を見つけた。



図書館の出口に、岐阜城のパンフレットがあった。


すると、また頭にピリピリ感が襲ってきた。


その原因はパンフレットに展示物紹介写真として載っている、刀が原因だと感じた。


人を斬る決意をするたびに、岐阜城に行って刀を拝借していたのだろうかと漠然に考えた。


「交番、行こうか」と俺が言うと、優華も爽花も、泣き顔のままうなづいた。



近くにあった交番には、若い巡査が立っていた。


「あのー、連続殺人事件のことですけど…」と俺が言うと、警官は神妙な顔をして俺たちを見た。


優華も爽太郎も俺にしがみついてまだ泣いているので、真に迫っているとでも思ったのか、真剣な顔をして、俺たちを交番に入れてくれた。


警官にノートを見せて、それを読んですぐに警官は電話の受話器を取った。



「岐阜城にも行きたかったけど、いい予感がしないからやめておくよ」


俺が言うと、優華も爽太郎も勢いよくうなづいた。


ここは危険だとと感じた俺は、彩夏を迎えに行って旅館に戻り、父に電話をした。


父は警察に連絡してくれたようで、警官が四名が旅館に来て、留まってくれた。


優華と爽太郎は落ち着きを取り戻していた。


彩夏は何があったのか聞きたそうにしていたが、聞くとふたりが泣き出すのではないかと思ったようで何も聞かなかった。



「もう大丈夫だから」と無線で連絡していたひとりの警官が言った。


「これから取調べをするけど、

 今起こっている事件の犯人を逮捕したんだ。

 本当に、ご協力に感謝します」


警官は丁寧に、オレたちに言って敬礼をしてくれた。



新聞発表では、木下籐一郎は精神を病んでいたと載っていた。


きっと、木下籐衛門を殺害した苗字の者たちを探し、無差別に殺していたんだろう。


~ ~ ~ ~ ~


優華の想いのひと言として、『ただただ怖かった』とあるだけで、現在の気持ちとしては何も語られていない。


俺は、比較的厚みのあるファイルに素早く目を通した。


やはり木下は城から刀を拝借して、殺人を繰り返していたようだ。


木下を捕らえたのは、岐阜城に向かう狭い道だった。


どうやら今度は俺たちがターゲットに選ばれてしまっていたようだ。


―― 俺の予感はなんなんだろうか… ―― と考え込んでしまった。


「警官になれということなんじゃないのか?」


俺の考えていることを察した五月が言ったが、俺は無視した。



「あ、そういえば…」


俺はあることを思い出した。


実は後にも先にも、爽花が俺にしがみついたのはあの時だけなのだ。


「あの時の爽花、胸、あったよな?」と俺が言うと、爽花は恥ずかしそうな顔をして、「体はね、ほぼ女だったの…」とここで始めて告白した。


「ああ、それで…

 指も女性そのものだし、肩も背中も…」


俺が言うと爽花は、「どちらかというと、あの頃は男装していたように感じるわ」と少し笑って言った。


「ま、だからこそ、優華も彩夏も女だと信じ込むよな。

 だけど優華はいまだに胸がねえ…」


俺が言うと優華はふぐのようにホホを膨らませた。


「兄ちゃんは本当に心配だ。

 胸がねえせいで嫁にいけねえとか…」


「それでいいもん?!」と言って、優華は俺の腕を抱きしめた。


五月も夕飯を一緒にすることになって、少々大人数で楽しんだ。



「その次が青森か…

 これも、耳にたこができるほど聞かされたな。

 なにしろ、謎を解いたのが中学一年生…

 そして、苗字しかわからなかったから、

 礼も言えなかったと神足が言ってたぞ」


五月が言って、俺をにらんだ。


「このファイル、コピーを取るのに時間がかかったでしょうね。

 資料を探すだけでも一苦労だ。

 もっとも、警視総監は命令しただけでしょうけど」


「ま、そうだろうな」と五月が言って、ついに楽しそうに食事をしている衛を意識し始めた。


今までは警視総監のことを中心に話しをしていたが、当然のように誰なのか気になっているはずだ。


俺は察して、「松崎衛です、俺の友人」と紹介すると、五月は自己紹介を始めた。


「警察はタクナリ君に迷惑をかけ通しだからな。

 俺が守りに来たんだよ。

 凶悪犯からも、警察官からもな」


衛は人格は入れ替えずに、異様に低いドスの効いた声で言った。


そして、眼光鋭く五月をにらみつけた。


今の衛はまさにその筋の者そのものだった。


「本当に申し訳ない…」と五月はすぐに謝った。


衛は黙々と食事を再開した。


だが、気になるものが目に入ったようで、笑顔になった。


「あれ? 犬がいるよ?」と衛が子供の声で言ったので、俺は少し笑ってしまった。


五月は全てを察して驚きの表情を浮かべたが、何も言わすにその顔を笑みに変えた。


「ディックというんだ。

 仲良くしてやってくれ」


父が上機嫌で言うと衛は、「うんっ! そうするよっ!」と元気よく言った。


「きっとね、警察官よりも役に立つよっ!!」


衛が言うと、みんなは大声で笑った。



父はディックとコミュニケーションを取るようで、やはり今日は外には出ないようだ。


五月はあいさつをして帰って行った。


衛は仕事をするようで、仁王のようになっていて、店の入り口の脇に立った。


客の大人は怖がるのだが、逆に子供は必ず衛にふれている。


―― 同じ子供仲間 ―― などと思っているのかもしれない。



予約席に入り椅子に座ってから一息ついて、「警察官になりたい」と俺は関西弁のニュアンスで言った。


「うおおおおおおっ!!」と彩夏が雄たけびを上げた。


「まだ何とか自然に聞こえるな」と俺が言うと、「なれっ! 今すぐにっ!」と彩夏が俺に迫ってきた。


「あっ!!」と爽花が何かを思い出したようで声を上げてから俺を見た。


「掲示板っ!!」とさらに爽花が叫んだ。


俺には記憶はないが、どうやら俺の作文は掲示板に張り出されたようだ。


よって、俺たちに近い誰かが父兄などに話した可能性は十分にある。


もし、授業参観などがあると、父兄は直接知ることもできるはずだ。


「解決したから、もう言わない」と俺が言うと、「まったくわからないんだけど?」と優華が俺の顔をのぞき込んで言った。


「記憶にないはずはないと思うんだが…」と俺が言うと、「知らなかったって思う…」と優華はかなり残念そうな顔をして言った。


「優華の父ちゃんは言わなかったんだな…

 きっと知っていたと思うんだけど…」


優華は聞き込みをするようで、駆け足気味に部屋を出て行った。



「掲示板にね、上級生たちが集まっていたの。

 みんな真剣に掲示板を見ていたの。

 そしてみんな、肩を落として教室に戻って行ったの…

 拓ちゃんの字が、あまりにもきれいだったから。

 まだ三年生なのに…」


作文の内容よりも、書いた文字に興味を示したことがわかって、俺は苦笑いを浮かべたことだろう。


「爽花に硬筆習字を習っていたからだろ?」と俺が言うと、「それもあるんだけど…」と爽花は含みのある言葉を告げた。


「拓ちゃんはね、

 異様なスピードで上達して先生役ができるほどになったの。

 お父さんたちも驚いていたの。

 だからね、人間ロボット二号は拓ちゃんなのっ!!」


爽花は言い終えてから大声で笑った。


人間ロボット仲間だったと知った千代は俺の腕にしがみついた。


「だとすると俺は、脳記憶よりも肉体記憶に長けている…」と俺が言うと爽花は、「学習塾にはそれほど関係ないことだったからね」と爽花はさびしそうな顔をして言った。


「となると俺は、技術面にもある程度の能力があると言えるはず。

 頭で勉強するのではなく、体を使って叩き込む」


俺が言うと爽花は、「山際さんがほめていたの、覚えてないの?」と爽花が聞いてきた。


「大人になったと言ってくれたことと、

 有名人に会えたと言ってくれたことしか覚えてない」


俺が言うと爽花は考え込み始めた。


俺が言ったこと以外は優華の洗脳の書には書かれていなかった。


だから記憶の呼び起こしがない。


よって、優華がいない時に言われたんだろうと察した。


「ウサギのしっぽを作っている時に、

 器用だなぁーって言って感心されていたの。

 それに、中学二年の時に、大きなもの造ったじゃない、

 小学校で…」


「ああ、大きいのは机の天板だ。

 刑事の目をごまかすことができる、

 組み木細工を仕込んであるんだよ。

 木工細工の本を読んでいて、すげえなと思っていると、

 父さんが小学校の用務員の山際さんに教えてもらえばいい

 って教えてくれたんだよ。

 その時は何も感じなかったけど、

 今思えば、父さんが特技まで知っていると考えると、

 山際さんと父さんは親密な関係だった。

 となると、父さんたちも

 俺たちと同じ関係だったと考えてもおかしくない。

 山際さんはこの界隈では大人にとっては超有名人。

 警視総監を勤めていた人だからな」


俺が言うと爽花は知っていたようだが、情報通の彩夏は知らなかったようで、驚きの顔を俺に向けている。


「きっとね、もうどこにもいない素晴らしい人だって思うの。

 だからね、その山際さんが認めてそして驚かせた

 拓ちゃんは本当にすごいって…」


爽花は美しい顔に涙を浮かべた。


「泣かれると弱いから止めて欲しいな。

 それに、千代にも殴られそうで怖ええ…」


俺は言ってから千代の顔を見ると、笑みだがホホが引きつっていた。


爽花は首を横に振って、「自分にウソをついていたせいだから…」とさびしそうに言った。


「本当に、ウソをついちゃいけないんだって、

 今、はっきりとわかったような気がしたわ…」


爽花は肩を落として涙を流し始めた。


「…ぅー…」と千代が小さくうなって困った顔をした。


さすがにライバルとはいえ女性なので、多少の感情移入があったようだ。


「情けはかけねえっ!!」


俺はここできっぱりと宣言した。


当然、彩夏避けの言葉でもあるからだ。


「うん、うん、私のせいだもの…

 でも、やり直したい…」


爽花はポツリとつぶやいた。


「それができるのは、一度死んだ人だけだ。

 それに、誰にも背負えないものを背負ってやり直すんだ。

 とんでもねえ、精神力と経験がねえとできねえって思わねえか?」


俺が言うと、爽花はこの程度のことはわかっていたようで、顔色は変えず、小さくうなづいた。


だが、言ってもらいたかったという気持ちはあったはずだ。


俺は子供たちにじゃれ付かれて少し困っている顔をした衛を見た。


衛はさらに大きくなると、俺は信じて疑わなかった。



優華が憤慨した顔と態度で厨房から姿を見せると、申し訳なさそうな顔をした正造が小さくなって、優華の後ろをついてきている。


「お父さんが話したんだってっ!!」と優華は俺たちを叱るように言った。


「優華、落ち着けよ…」


俺は極力穏やかに言った。


「その時はもうひとりの兄ちゃんは

 知っていたかもしれないじゃないか…」


俺が言うと、正造ははっとして顔を上げた。


「…ああ、そういえば…

 眉ひとつ動かさなかったな…」


正造が思い出しなからゆっくりと言った。


「菖蒲伯母さん情報かもしれねえな」と俺が言うと優華は一気に肩を落とした。


「警察に引き入れるのに、この言葉は必要ないと思ったのか、

 もう忘れていたんじゃないのかなぁー…」


俺が言うと、「だったら、いいんだけど?」と優華は言って、俺たちに謝って、そして正造にも謝った。


「警官になった俺たちの先輩、とか…」


「うっ! それが一番あるっ!!」と彩夏が叫ぶように言った。


爽花も笑みを浮かべてうなづいている。


「文字にも驚いたんだろうが、作文の内容を読んで、

 警察官になった人がいたとしたらうれしいな…」


俺が言うと、爽花は珍しく携帯を出して誰かに電話を始めた。


相手は爽花の同級生だった三島巡査だ。


「誰が知っていても問題なかったんだよ」


俺が言うと、優華が一番申し訳なさそうな顔をしてうつむいた。


爽花は礼を言って電話を切った。


「誰にも話してないって。

 理由はもったいないからってっ!!」


爽花は言って、大声で笑い始めた。


自分だけの記憶に留めておきたいと思ってくれているようで、俺は今までで一番ありがたく思った。


「会うと言われ続けそうだけど、

 今の道を選んだのはその後にあるからな」


俺が言うと爽花はわかったようだが、優華、彩夏、千代にはわからないようだ。


「警察官自体は俺が見て俺が感じて、なりたいって思っただけなんだ。

 大阪で大事件があった時に、

 大勢の制服警官が真剣な面持ちで警戒していた。

 その記憶が少しだけよみがえった」


「そうね、見た目の憧れ…」と爽花が少しうつむいて瞳を閉じたまま言った。


「だが、今の俺はそうではない。

 俺の手で成し遂げたことを仕事にしようって思ったんだよ」


三人にはまだわからないようで、うらやましげに爽花を見ている。


「宿題な」と俺が言うと三人は、―― それはないっ!! ―― といった顔をして俺を見た。


爽花は愉快そうに声を上げずに笑っていた。


… … … … …


「うー… わかんないぃー…」


千代は俺のとなりで、ベッドに寝そべったまま言った。



仕事帰りに千代からのメールを見つけて、いつものホテルにやってきた。


待ち合わせ場所ではいつも通りの千代だったのだが、愛の営みが終ると昨日の宿題を今考え始めたのだ。


「恋人特権?」


千代は優華のマネをして言った。


「だったら爽花はどうなるんだ?」と俺が聞くと、「…浮気、許しちゃってもいいかなぁー…」と真剣な顔をして言った。


「俺はやめておきたいな。

 爽花は誰か一人と結ばれて欲しい。

 だが、彩夏はわからん。

 彩夏の方が、かなりあっさりしているからな。

 逆に俺が捨てられそうでイヤだ」


俺が言うと、「それはわかるんだけどねぇー…」と千代は言って、足をベッドから下ろした途端、「あっ! ウレタンマットッ!!」と叫んで俺を見た。


「なんだそれは?」と言って、俺は一応とぼけておいた。


「犯罪者になれるわ」と千代にしらけた顔をされて言われてしまった。


俺のとぼけ方がかなりうまかったのだろう。


「実は子供が提案した、学校の階段安全改修!!」と千代はうれしそうな顔をして、俺に抱きついてきた。


「正解だ。

 あれがなかった場合、

 警察官の道を歩んでいたのかもしれない。

 その後に企画書なんて作ったことないからな。

 高校卒業まで、勉強と陸上に明け暮れていただけだ。

 今の道を決めたのは、大学に入る前だ。

 だが当然、漠然とは決めていたから経済学部を選んだ」


「だけど実は理工学系がベストだった」と千代に言われて、「そうらしいな」と俺は言って、かなり残念な思いが沸いた。


「帰ったら彩夏のご機嫌を取ろう。

 あいつ、また乱暴になってきているからな」


俺が言うと、「あー、そうだぁー…」と言って千代も賛成してくれたようだ。



大急ぎで家に帰ろうと最寄り駅をで降りると、やはりまた人相の悪そうな団体がいたので、振り切るようにして家まで突っ走った。


当然千代もついて来る。


遥か後ろから、高らかに響く笛の根が聞こえたが、お構いなしに俺たちは走った。


そろそろ来るだろうと思っていたら、やはり家の前でも待ち構えられていた。


家に入れるものかといった勢いで、門扉をふさぐようにして三人の男が立っている。


「今日は先約ありで忙しいっ!

 急いでいるんだよっ!!」


俺が叫ぶと、刑事に見える男三人は知らん顔をした。


「仕方ない警察を呼ぼう」と俺が言って携帯を出すと若い男が俺の腕を強くつかんだので、半歩下がってから腹を思いっきり蹴り上げてやった。


「ゴッ!!!」とチンピラ風の男はうなって、力なく地面に倒れた。


「正当防衛成立?」と俺が言うと、「あ、手首が赤くなってるから成立っ!!」と千代が言った。


「さあ、俺を邪魔する者どもよ。

 警察、呼ぶぞ?」


残ったふたりはあまりのことに、「お、おお、覚えてろよっ!!」と言って、蹴り上げた男を残して走って逃げた。


刑事のはずなのだが、捨て台詞を残すとはけしからん、などと思い少し笑った。


だが俺に、一抹の不安が過ぎった。


「おい、まさかだが、警官じゃないのか?」と俺が言うと千代は、「ううん、所轄の刑事」と平然とした顔で言った。


「名前は知らないけどね、見たことあるわ。

 もちろん丸暴」


千代が言ったので、懐を探ると警察手帳を持っていた。


顔が同じなので偽者ではないようだ。


そして間違いなく、所轄の第四課の刑事だ。


「石坂さんのところじゃないのかな…」と俺が言うと、「あ、別。都心でも少し田舎の北の方」と千代が答えた。


千代の答えに俺は少々気になった。


「そんなところに組事務所ってあるのか?」


「ないんだけどね。

 金儲けの施設でもあるんじゃないの?」


千代が言うと、なんとなくだが理解できた。


―― 賭博場やその他もろもろ ―― と考えた途端、俺の頭に閃いた。


「こいつ、多分殴られ役だ」


俺が言って、完全に意識を失っている男の手を持ち上げた。


「実力を計るためっ?!」と千代がようやく気づいた。


「全員ぶっ倒すだけだったら楽なんだけどな。

 拳銃とかはなしで」


俺が言うと、千代は妖艶な笑みを俺に向けた。



しばらくしてから五月がやってきたので、刑事を引き渡した。


「暴力団の資金源の根絶。

 俺に賭博場で戦えと言ってきている。

 警視総監にケンカを売った腹いせ。

 まずは、警視総監と殴り合ってからと伝えておいてください。

 命あってのものだねだぞ、ともね」


五月は少しだけ笑いながら、「ああ、一言一句間違いなく伝えておこう」と笑い声を高らかに上げてから、パトカーに乗り込んだ。



五月たちを見送ってから家に入ろうとしたら、父が走り去ったパトカーを見送っていた。


「やあ、父さんおかえり」と俺が言うと、「ああ、ただいま」と父は答えてすぐに千代を笑顔で見た。


「お父さん、今日は遅かったのね」と千代が聞くと、「たまにだが付き合いがあるんだよ」と少し苦笑い気味で言った。


「千代にはきちんと話すのに、母さんには言葉足らず…

 まさか照れてる?」


俺が言うと父は少しだけ顔を赤らめたような気がした。


「そうかもな…」と父が言ってから、俺たちは家に入った。



着替えてから二階から降りてリビングに行くと、父は早速ディックと遊ぶようだ。


「あ、ディックだけどね。

 少々問題ありなんだ」


俺が言うと父は、「何がだ?」と妙に心配そうな顔をして俺を見てから、しっぽを振ってるディックを見た。


「ありえないことが起きたんだよ…」と父に言って詳しい話しをした。


父は少し驚いたが、調査してもらうことに賛成してくれた。


技術部にいる大先輩が近所に住んでいるので、都合がいい日を指定して欲しいと言われている。


ありえないこととは、やはりモードを変えないと名前の登録はできないということだ。


だが、それは表向きで、実はこれはありえないことではなく、かなりの低確率で動き出すプログラムが動いたということらしい。


このプログラムは新しい人工知能のテスト用に入れ込んでいるそうだ。


俺が社で技術部に電話連絡した時に、技術部の連中たちから歓喜が上がったのだ。


「さらにね」と俺が言った時に、ディックはすでにそれをしていた。


「ファレルボはね、ジャンプできないはずなんだ」


俺が言うと父は、「なにっ?!」と言って叫んだ。


「今はね、ディックは全ての鎖を解かれているんだけどね、

 高確率で壊れるそうなんだよ。

 その理由は、修理に出してもらいたいから。

 そして調べて、パワーアップしてから返品」


俺が言うと、「ああ、それは合理的だな…」と父は言って少し笑った。


「まさかだけど、走ったりもするの?」


「始めは歩いていただけだったのだがな、

 昨日から走り始めて一緒になって廊下を走っている」


父はうれしそうな顔をして俺に言った。


「数ヶ月はもつけど、あまり暴れさせない方がいいよ。

 ひどく壊れたら交換扱いになっちゃうから。

 記憶のコピーはできるけど、

 ボディーは交換することになるから、

 微妙にディックじゃなくなるって思うから」


「あ、ああ、十分に気をつけて、大人しく遊ばせよう」と父は言って、ディックの目の前で指を一本立てた。


ディックは癒やしモードに入った。


癒やしモードは寝転んだり、充電器に接続したまま、愛嬌よく手足などを動かし、かわいらしい仕草を楽しむモードだ。



俺と千代はグルメアイランドに来た。


今日も衛は出入り口で仁王立ちしていて、子供相手に動く遊具と化している。


「やあ、ふたりとも、おかえりなさい」と衛はかなり低い声で言った。


「ああ、ただいま。

 人気者になってよかったな」


俺が言って笑みを向けると、「あははは、まあね…」と少し小さな声で子供っぽく答えた。



予約席に行くと、彩夏が妙な笑みで俺を見ていた。


その反面、優華は泣き出しそうな顔をしている。


「あ、そうだ、彩夏」と俺が言うと、「デートかぁ―――っ?!」と言って立ち上がって、ガッツポーズをした。


「今からおまえの菓子づくりを見たい。

 できれば和菓子で、細工ができるもの」


俺が言うと、俺に絡めれば何でもよかったようで、腕を引かれて厨房に連れて行かれた。


彩夏は妙な興奮状態にあったはずだが、今は落ち着いて美人度を満点に上げて白あんを練り始めた。


「白兎…」と俺が言うと、ほんの少しだけ千切って食紅を振りかけ、軽く練った。


「ああ、この薄紅色、いいな」と俺は言った。


白兎の目になる部分だ。


俺は彩夏の作った団子に、へらを使ってウサギを刻み始めた。


俺と彩夏は競うようにして作り始め、気づくと30分ほど経っていた。


彩夏は満足したのか、立ったまま涙を流していた。


「ちょっと造りすぎたな…」と俺は言って、商売でもするのかというほどの数のウサギまんじゅうを見て苦笑いを浮かべた。



優華が小さな透明の折りを持ってきて、俺の造ったものと彩夏の作ったものをひとつずつ折に詰め始めた。


そして店内に出て、「本日限りのサービスですっ!!」と優華が言ってオレたちが客のテーブルに折りを置いて回った。


店内は広いので20分ほどかかったが、俺たちはいい達成感を味わった。


だが、客の様子がおかしい。


「まさかだが… リアルすぎたか?」と俺が聞くと、彩夏は真顔で何も言わずにうなづいた。


リアルなので、折りのふたすら開けずに鑑賞しているだけだ。


「食べ物なんだけどな…

 造れば造るほど、うまくなるし楽しくなったからな」


「も、もう…

 結婚するしか…」


彩夏が妙な事を言い始めたので、俺はゆっくりと歩き、予約席に戻った。



千代に折りを渡すと、「うっわっ! 小さいウサギッ!!」と言って、やはり鑑賞を始めた。


「いや、食べて欲しいんだけど…」


俺が言うと千代は、「いやよぉー…」と言ってにらまれてしまった。


「それは残忍な行いだわ…」と千代はわけのわからないことを言い始めた。


「まんじゅうだぞ?」と俺が言ったが、千代は首を横に振るだけだ。


満足するまで放っておこうと思い、俺は優華に夕食を注文した。



ほとんどの客は、土産としてなのか折りを持って帰っている。


彩夏がいないと感じた。


厨房をのぞくと何かを造っているようだ。


俺は優華に言って、食事をすることを伝えてもらうことにした。


「それよりもね、わからないの?」と優華は言って泣き出しそうな顔をした。


俺が今の仕事を選んだ理由の件だ。


「じゃ、俺をこれからずっと兄として付き合うこと」「考えるもんっ?!」と優華は言って、憤慨の様相で厨房に行った。



外を見ると、衛がいない。


そして爽花もまだ着ていないようだ。


爽花は、時々遅いことがある。


よって、夜道は危険だと思った衛が迎えにでも行ったのかと思ったが、優華の命令に従うことになっているので、予定の行動だと感じた。


もし休憩ならば、衛はここに入って来るはずだ。


―― 爽花の教え子たちの送り届け… ―― と思い、後で優華をほめてやろうと思った。



その優華が部屋に入ってきたが、俺に申し訳なさそうな顔をして見てきた。


「邪魔するな、とか言われたのか?」


俺が言うと優華は、「口調は穏やか?」と言って苦笑いを浮かべた。


「だったら彩夏自身に任せようか。

 何を造っているんだ?」


「またウサギ?

 気に入らないみたいなの?」


数個残っているウサギのまんじゅうが入っている折りを見て俺は、「うーん…」とうなってしまった。


何がどう違うのかは判断できかねたが、しいて言えば俺の造った方がすっきりとしているような気がした。


そして、彩夏の作った方は少々大きい。


ほかのものと見比べてもほぼ同じのような気がした。


俺はふたを開けてから、彩夏の作ったものを口に運んだ。


「あっ?!」と優華が叫んだ。


「なんらよぉー…」と俺はうまいまんじゅうを味わいながら言った。


「お兄ちゃん、ひっどぉーいぃ?」と俺は優華ににらまれた。


「どんなによくできていてもまんじゅうはまんじゅうだ。

 食べない方がひどいと思う。

 造った人に失礼だろ?」


俺が言うと、「それもそうだわ?」と言って優華は俺の隣に座って、折りのふたを開けて、「ごめんなさい…」と言ってから口に運んだ。


「血が…」と俺が言うと、「いやんっ!! もう、お兄ちゃんっ!!」と言って、優華ににらまれた。


幼いころに、ひよ子まんじゅうを食べる時によく言っていた。


こうやってかわいい妹をいじめるのは、好かれている兄の特権だ。



「ところで、衛に何か指示を与えたのか?」


俺が言うと優華は、もうひとつまんじゅうを手にして、「うん、送り迎えお願いしたの、やっぱり怖いから」と言って、まんじゅうを口にした。


そして、「えっ?」と言って不思議そうな顔をした。


今食べたのは俺が造ったものだ。


俺は折りに残っている俺が造ったウサギをつまみ、口に運んだ。


「ああ、なるほろ…」と俺は言って、何が違うのかよくわかった。


「詰め込みすぎていない。

 やけにスムーズに食える。

 食感がいいって感じだな」


俺の意見に優華も同意してくれた。


彩夏が作った方は、少し重い気がした。


あんは同じものなのに、握り方ひとつで違うものなんだなぁーと、感慨深く思った。



その彩夏が俺をにらみながら部屋にやってきた。


まさに、『どうすればいいんだっ!!』と言わんばかりの勢いだ。


俺は何か言われる前に席を立った。


そして、立ち止まった彩夏を連れて、厨房に戻った。


俺は手を洗ってからビニール手袋をつけた。


「俺とおまえの差は、この手袋の厚みと思っていい。

 それほどの差はないんだが、口に入れると大違い」


俺が言うと、彩夏は美しい顔をさらに引き締めてうなづいた。


「じゃ、どの程度の強さで握っているのか、

 俺の指に触れろ。

 できるだけ多い方がいい。

 力は入れちゃダメだ。

 慎重にな」


俺が言うと、彩夏は神妙な顔をしてうなづいた。


そして、触れているのかいないのかわからないほどの指の感触を感じた。


俺はゆっくりと指を動かして成形を始めた。


早く動かすと、指が外れるからだ。


彩夏は俺の指を教師して、指が外れないことだけを意識している。


「柔らかい…

 腫れ物に触るほどに…

 だけど、メリハリがある。

 まるで、硬いものを握っているように止める…」


彩夏は確認できたことを口に出していい、「わかったわ」と言って、指を放してから、手を洗い、ビニール手袋を手にはめた。


「彩夏、もうワンサイズ小さい手袋の方がいい。

 手になじんでないだろ?」


「う、うん…」と彩夏は言って、手袋を外して、小さいものをはめた。


「窮屈だけど、これを克服しないとできない」


「後で素手で造って食べてみな。

 それが一番うまいはずだ」


俺が言うと、「うん、そうするわ」と彩夏は輝ける笑みを俺に向けて言った。


俺が手袋を外してごみ箱に入れると、「一緒にいて…」と彩夏に懇願の眼で見られた。


「今のおまえは魅力的だ。

 ずっとそのおまえなら、いうことを聞いてもいいぞ。

 これが、俳優や女優がすぐに別れる理由だろ?」


俺が言うと彩夏は全てを悟ったような顔をしてから、悲しげな顔を俺に向けた。


「千代だけにはあんまそれがねえんだよ。

 どんな時にでもだ。

 超一般人?」


俺が言って少し笑うと、彩夏は目に涙を浮かべてうなづいた。


「それだと女優ができなくなるけど、考えてみるわ」


彩夏はまだあきらめていないようだと感じ、俺は笑みを浮かべてから、「ひとつだけな」と言った。


彩夏は気に入らないようだが、小さくうなづいて、ゆっくとまるで味わうようにまんじゅうを造り始めた。


最後にへらを入れる段階で、「ここも同じ感覚で。へらがまんじゅうから離れるか離れないかのかなり弱い力でつまむ」と俺は言った。


彩夏は少し思案してから、指の強さの調整を始めた。


そして、へらを入れ終わり、「はぁ」と小さくため息をついた。


「私、知っていたはずなのに…

 初心に戻るわ」


彩夏はいい笑顔を俺に見せて言った。


「まだまだ若いが、経験はベテラン以上だからな。

 昔の自分と戦うように向かい合った方がいいな」


俺が言うと、「うんっ!」と言って、子供のような笑みを浮かべた。



厨房を出ると、鋭い視線を感じた。


そしてピリピリ感が俺を襲ってきたが、先に視覚がそれを捕らえたので消えてしまった。


俺は部屋に戻り、「殺意か?」と少し笑みを浮かべながら千代に言った。


「ただのやきもちですけど?」と千代は言ってからそっぽを向いた。


「食べられないんですけど?」と千代は言って、透明の折りに入っているまんじゅうをにらみつけた。


「かわいいからな。

 だけど、食べてやってくれたら、

 俺がうれしい気分になる」


俺が言うと、「う、うん…」と千代は言ってまた折りとにらめっこを始めた。



テーブルの上を見ると、数個あった折りがなくなっている。


「優華おまえ、全部食ったのか?」と俺が言うと、優華は上目使いで、「ついつい?」と言って苦笑いを浮かべた。


俺は千代を見て、「優華にとられるぞ」と言うと、千代は慌てて折りのふたを開け、またにらめっこを始めた。



「千代が思ったように、彩夏は俺好みに近づくかもしれないが、

 情けはかけないからな。

 だけどもし、今の千代の幸運が逃げたのなら、少々マズイかもな」


俺が言うと、「そんなこと知ってるぅー…」と千代は軽い口調で言って、ウサギのまんじゅうを指で摘まんで眼を閉じてから口に運んだ。


「うっ! おいひいっ!」と千代は言って、目を丸くした。


「それはライバルが造った方だ」と俺が笑いながら言うと、千代はいやというほど俺をにらみつけた。


そして口直しとばかり、俺の造った方を口に運んで、微妙そうな顔をしたが、「んんっ!!」と言って笑みを浮かべた。


「れんれんひがふっ!!」「なに言ってんのかよくわかんね」と俺は言って少し笑った。



優華が注文した食事を運んできてくれたので、俺は勢い勇んで食べ始めた。


千代もウサギのまんじゅうを満喫してから食事を始めた。


珍しく母がテレビ画面を見ていない。


テレビの前にいるのだが、俺の顔をのぞき込むようにして見ている。


「父さんが浮気をしている…」と俺は言って、うまそうなから揚げにかじりついた。


優華、彩夏、千代は、目が落ちてしまうほどに見開いて俺を見ていた。


特に千代は、今日の父の遅い帰宅を怪訝に思っていたはずだ。


「…うん、そう…」と母が認めると、「えええええっ?!」と三人は一斉に叫んだ。


「と言っても、父さんのつきあっている相手はディックだけどな」と俺が言うと、三人はかなりの勢いで俺をにらみつけた。


「ディックのことしか口にしない」と俺が言うと、母は小さくうなづいた。


「想像でしかないけど、たぶん間違っていない」と俺は前置きをしてから母に説明した。


四人はうなだれた。


一番感受性が強い優華は、少しだけ泣き声をあげている。


「犬のダルメシアンのディックは父さんを守って死んだはずだ。

 父さんがファレルボを見た瞬間に、奇跡が起こったんだよ。

 父さんはディックがよみがえったと感じて、

 深い愛情を流し込んだんだと俺は思っているんだ」


俺が言うと、「動く可能性が低いプログラムが動いた…」と千代はつぶやくように言った。


「データは取れているからな。

 バックアップも取ったし。

 時間はかかるかもしれないけど、

 新しい人工知能が誕生するはずだ。

 まるで人間と変わらないロボットが生まれるかもしれない」


俺が言うと四人は感慨深くうなづいている。


「だけど、それでいいのかと俺は思っているんだ。

 人間が怠惰にならないかと思ってな」


俺が言うと、四人は一気に俺をにらんだが、母と千代は首をもたげた。


ふたりは俺の意見に賛成してくれたようだ。


「ロボットにその人工脳を組み込むと、

 まるで人間のように仕事をしてくれる。

 では、人間は何をするのか。

 最終的には全てをロボットがしてしまい、

 人間は何もすることがないので、好き勝手に遊ぶことになる。

 だが当然働きたい者は働くが、

 ロボットの方が効率がいいので切られる。

 働きたくても働けなくなるはずなんだよ。

 そしてSFの世界のように

 ロボットと人間が戦うことになるんじゃないのかなぁー…

 これって、不毛だと思うぞ」


四人は俺の説明を聞いて、深くうなづいている。


「だから、解明できない方がいいのかもなぁー…

 父さんが起こした奇跡とした方が、

 人類にとって明るい未来があると思うんだよ」


「その方がいいもんっ?!」と優華は真剣な眼を俺に向けて言った。



爽花と衛が仲睦まじく部屋に入ってきた。


俺はふたりにも、今話した内容を話した。


「その通りになりそうだわ…

 ずっと先のことだろうけど…」


爽花も俺に意見に賛成してくれた。


「一番困るのはな、人間と同じというところにある。

 いいやつもいれば、悪いやつもいる。

 育て方を間違えると、恐ろしい凶器にも変わるんだよ」


六人はそれも認めたように深くうなだれた。


「進みすぎた科学技術は考えものだ。

 だけど、今を生きている俺たちには欲があるからな。

 結局は未来のことなんて誰も考えずに、

 目先の手柄を欲するものなんだよ」


優華が俺をまっすぐに見て、「止めればいいもん?!」と叫んだ。


「そのつもりだぞ。

 またびっしりと、メリットデメリットを書き込んだ

 提案書を作ることにする」


「ああっ!!」と優華と彩夏が叫んでから深くうなだれた。


「遅せえっ!!」と俺は叫んでから大声で笑った。


… … … … …


翌日の夕方、俺は大先輩の技術部の細田を連れて家に帰った。


今日は尾行者はいなかったので、現在対策会議中といったところだろう。



数分後に父も帰宅して、許可を得てディックの記憶のコピーをとった。


そのあとすぐに、ディックの改良手術が始まった。


細田がパソコンからボディー解除モードを送ると、ディックはゆっくりと寝転んで、左足だけを上げてゆっくりとボディーが開いた。


「…ディック…」


父は心配そうな顔をしてつぶやいた。


「お客様の前でこのようなパフォーマンスをするのです。

 まさに手術をしているのだと思ってもらうことにしているんですよ。

 そうすればさらにかわいがってもらえると思っているんです」


細田が言うと、「はい、その通りだと感じました」と父は穏やかに答えた。


「今回、現在開発中の猫型ロボットの

 フレンドリー・ロアプリンセス用の関節機構を組み入れます。

 人間など、生物とほぼ同じような仕組みで、

 ファレルボよりも軽いので壊れることはないと推測しています。

 当社で対応年数を計算した結果、家電製品ではありえない、

 20年という試算が出ました。

 社としては最終的には売れなくなってしまうのですが、

 その時にはまた新しい機構が誕生しているでしょうけどね」


当然この件は回ってきていて知っている。


そろそろ広報会議に上がる新商品なのだ。


「次は猫ですかっ!!」と父はまたうれしそうな顔をして言った。


―― ただの動物好き? ―― と漠然と思った。


ディックが反応しないので、きっとその通りだろうと感じた。


もし、新しい人工知能が働いている今、父が愛情をもって叫んだとすれば、ディックは確実に反応していたはずだ。


それは嫉妬として。


新しい人工知能は伊藤も携わっていた。


俺は伊藤に未来の不安を語ると、バツが悪そうな顔をしていたが、全てを認めた。


あとは社がどういった対応をとるかにかかっている。


「ああ、ですが、息子から聞いたのですが…」と父は前置きしてから、父なりの未来への不安を語り始めた。


細田は笑顔でうなづいて、「それは私も感じているのですよ」とだけ答えた。


父は満足そうにして、細田に礼を言った。



ディックの手術は成功したようで、今は元気に走り回っている。


「はは、本物の犬と同じだ」と俺が言うと、「まったく驚いたね…」と細田は言った。


その深い笑みに俺は頭を下げた。


「重量があるので、猫型よりも移動速度は遅いんだ。

 このデータはこの先大いに役立つよ」


細田は笑顔で言って帰っていった。



「問題はね、母さんが嫉妬をしていることだよ」と俺が言うと、父もディックも困った顔をしてみつめあっている。


俺は少しだけ笑ってしまった。


「皐月も仲間に入れてやろう…」と父が仕方ないといった顔をして言うと、『ワンッ!』とディックが鳴いてしっぽを振り始めた。



翌日出社すると、「あっ! 松崎君っ!!」と言って俺の職場に細田が現れた。


ごく一般的な少し小さめの段ボール箱を抱えている。


「…ロアプリンセス…」と小さな声で言って俺に渡してくれた。


どうやらモニターを取れということらしい。


細田は、「じゃ、お願いするよ」と言って笑みを浮かべて部屋を出て行った。


社運まではかかっていないが、未来がかかっているわが社の製品だ。


これは確実に他言無用だと感じた。


当然のように、「なんだよそれ…」と言って伊藤が聞いてきた。


どうやら新AIの開発者の一人なのだが、伊藤は聞かされていないようだ。


当然、技術部の細田とは面識があるので、ある程度のことがわかっていれば、俺に質問することはない。


「…あ、愚問だった」と伊藤は言って、パソコンのモニターを開いた。


伊藤が知らないので、極秘調査だろうなどと察したようだ。


「金属の鎖が欲しい…」と俺が言うと、伊藤は先が輪になっている二本のワイヤーと小さな南京錠、鍵をひとつ俺に渡してくれた。


「ああ、どうも」と言って俺は受け取ってから、ワイヤーを十字に絡めて机の足にも通して鍵をかけた。


「鍵がひとつしかありません」


俺が言うと、伊藤は俺を見ずに、もうひとつの鍵を俺に手渡してくれた。


やはり伊藤にもかなり興味があるようで、こっそりとのぞこうとでも思ったようだ。


「…猛獣姫…」と俺がつぶやくように言うと、伊藤はパソコンの画面を見ながら笑みを浮かべてうなづいた。



仕事が終って、最寄り駅に到着して、少々考えごとをした。


今日も尾行はいなかった。


さすがにダンボールを抱えたまま走ることも戦うことも少々難しいので、事情を説明して、交番の巡査に家まで送ってもらうことにしたのだ。


交番をのぞくと、都合よく五月がいた。


扉を開けて、「サボりですか?」と俺が五月に聞くと、「君を待っていたんだよ…」と仏頂面を俺に見せた。


「ですけど、尋ねてきたのは俺です」


「君の家に、警視総監が来ているから

 すぐに通報されるからここで待機していたんだ」


「あ、今日は少々まずいので、お引取り願いたいんですよ」


俺は言って、ダンボールを少しだけ抱え上げた。


「ふーん、珍しいね…」と五月は言った。


社の貴重なものは家に持ち込まないことは、五月は家宅捜索などをしていて知っているはずだ。


それを思って出た言葉のはずだ。


「家には番犬がいるので安心です。

 何かあれば警察にも連絡してくれるので」


俺が言うと、五月もファレルボのことは知っていたようで、小さくうなづいた。


「君の家には散々迷惑をかけたからな。

 離島勤務覚悟で少し強めの態度に出よう」


「はい、申し訳ありません」


俺たちは歩いて俺の家に移動を始めた。



家のほぼまん前に黒い巨大な車を見つけたのだが、衛が車の背後にいて後輪を持ち上げていた。


「どんな力だっ!!」と言って俺は大声で笑った。


五月は驚きの顔を衛に向けている。


「あ、友情パワーだよ!」と衛は平然と答えてくれた。



うしろのドアが開いて、伝令役の警官が低姿勢で俺に歩み寄ってきた。


「オレから話すっ!!」と五月が鋭く言うと、警官はすばやく姿勢を正して敬礼のポーズを取った。


「衛、もういいよ」と俺が言うと、「うん、そうだね」と衛は言ってそのまま手を放した。


『ドーンッ!! キィキィ…』とかなり大きな音がして、車は四輪とも地面に降りた。


車の中はかなりの大騒動になっていたはずだ。


「衛も来てくれ」と俺が言うと、「もちろんだよ」と言って俺は門扉を開けて衛とともに家に入った。


今日は家で食事の支度をしたようで、母と彩夏が笑顔でお帰りを言ってくれた。


キッチンをのぞくと、今日はやけに食事の量が少なく感じたが、四人分だと少し余る程度の量だと感じた。


どうやら今日は家族四人で食事をするということのようだ。


「優華ちゃんのお兄ちゃん?」と母は外の道路の方角に指を差して言った。


「そうだよ。

 警察にでも通報したの?」


俺が言うと、彩夏が手を上げた。


その通報を受けて、五月は待機していたようだ。



車の轟音が聞こえた。


どうやら車は移動したようだ。


荷物をリビングの机の下において、「触れると死ぬ」と彩夏に聞こえるように言った。


「そんなもの持って帰んないでよ…」と彩夏は少し笑いながら言った。


もちろん、重要なものなので触るなという意味で俺は言ったのだ。


彩夏もその程度のことはわかっているはずだ。



俺は着替えをせずに外に出た。


五月は腰に手を当てて警視総監の乗った車を見送っていた。


「離島?」と俺が言うと、「納得はしていなかったがな、それは免れたようだ」と五月は答えた。


「衛君が怖かったようだぞ」と五月は少し笑いながら言った。


「俺もさすがに驚きましたからね。

 あれって重量、二トンほどはあるんでしょ?」


俺がうと、五月は笑顔でうなづいた。


「荒事の依頼で、潜入調査。

 面が割れているから変装しろとさ。

 当然今までにそんなに危険なことはさせていないと言って突っぱねた。

 さらにマスコミに公表すると脅した。

 多少は気持ちが治まったようだから、何とか帰ってくれたんだ」


「ま、死なないとわかっているのなら引き受けますけどね。

 その事件解決は相当な代償が必要なはずです」


俺が言うと、五月は大きくうなづいて、俺に頭を下げてくれてから署に戻って行った。



すると父と千代が仲良く帰って来たのだが、俺を見つけた千代は急ぎ足で俺に近づいてきた。


「はめられたはわっ!!」「なにを?」と言って俺は千代の下半身を見た。


と同時に、俺の腹に千代の掌底がねじ込まれたが、『ボンッ!!』という音とともにはじき返した。


よろめいた千代を父が背中を押さえて支えた。


「うーん、痛てえ…」「その程度なのっ?!」と俺は千代にかなり責められた。


「音からして、普通の人なら死んでるだろうな」と俺が言うと、千代はほっと胸をなでおろした。


「いつも仲がいいな」と父は言って大声で笑ってから家に入って行った。


「おおらかな父になったなぁー…」と俺が言うと、「警視総監にはめられたのよっ!!」と千代が言った。


もう茶化すのはやめて、「新しい女に引き止められた?」と俺が聞くと、千代は憤慨した顔でうなづいた。


「確実に怪しいと思った千代は、

 俺に電話をかけようと思ったがかけられない。

 なんとその場所には、妨害電波が流されていたのだっ!!」


俺が緊迫したナレーション風に言うと、白い目でにらまれたがその通りだったようで、あきれた顔をしてうなづかれた。


「そして開放されて父と駅で遭遇して、

 気にしない教の信者にゆっくりと帰ることを進言された」


千代はさすがに愉快になったようで、かなりの大声で笑った。


「いろいろとあったぞ」と俺は言って千代とともに家に入った。



俺たちは着替えて、リビングに集合した。


衛と彩夏がまだここにいた。


千代が詳しい事情を知らないのですべてを話した。


「また背中から銃弾じゃない…」と千代があきれ返った顔をして言った。


「潜入捜査自体、おかしな話なんだよ。

 もっとも、賭け試合の証拠が欲しいのはわかるんだけどな。

 証拠をつかむには潜入するしかない。

 しかも選手としてが一番ベストだ。

 変装をして潜入とあのバカは言ったそうだが、

 スパイ映画のようにうまく行くはずなんかねえんだよ」


俺がかなり憤慨して言うと、「ディックが怖がっている」と父が困った顔をして言ったので、俺は少し笑った。


これも、気にするなということらしい。



話しが終ると、「終わりでいいの?」と衛に確認された。


「ああ、今のところはな」と俺が衛に笑みを向けて言うと、衛は彩夏を抱えて、「じゃ、またあとで」と言って外に出て行った。


彩夏が今頃になって、「なんでっ?! なんでっ?!」と言って外で騒ぎ始めた。


「すっげえ気の利く男友達で助かった」


俺が言うと、父たちは笑顔でリビングの出口を見ていた。


「食後に少し見てもらいたいものがあるんだ」


俺が言うと、母がなぜだかロボットダンスを始めたので、全員で大笑いした。


「何か隠しているの?」と俺が母に聞くと、「浮気の証拠写真とか…」と母が言うと父は、「ぷっ!」と吹き出した。


「浮気してるんだったら緊張もするよな」と俺が言うと、「心配して欲しい…」と言って肩を落とした。


「あんまり面倒なことを言わないで欲しいんだけど…」


俺が言うと、「お兄ちゃん、遊んでくれないんだもんっ!!」と俺の母のはずだが、完全に妹になって言った。


「あーあー、じゃ、何して遊ぶんだ?」


俺は超めんどくさそうに言った。


「俳優ごっこっ!!」「絶対やんねえっ!!」と俺はすぐに答えた。


母の魂胆がやっとわかったので即答できた。


「誰と約束したんだ?」


犯人はわかっているが、俺はあえて聞いた。


「あのね、あのコマーシャルの完全版を見てね、

 すっごくオファーがきたのっ!!」


リアルドラマのCMのことだろうと感じた。


「それに足が速いし強いしっ!!

 正義のヒーローッ!!

 彩夏ちゃんがヒロインッ!!」


もう彩夏の魂胆は見えたので、「正式に断るよあとで」と俺が言うと、母は一気に塞ぎこんだ。



食事を終えて、「母さんは動物とか好き?」と俺が聞くと、母は照れた顔をして父を見た。


俺たちはまた大声で笑った。


「動物には違いないけどな、その場合普通は人間って言うと思うぜ。

 犬とか猫とか…」


俺が言うと母は考えることなく、「猫好きっ!!」とまるで幼女のようにもろ手を上げて言った。


「理由聞いていい?」「面倒見なくていいからっ!」と母が答えたので、また俺たちはくすくすと笑った。


「ここに猫がいる」と俺が言うと、「ええええっ?!」と言って母は喜びの声を上げた。


「母さんに預けるけど、家から出してはいけない。

 外に逃げ出すことはないから、

 ウソをついてもすぐにわかる」


俺が言うと、「あははは…」と母は空笑いをした。



俺はテーブルの下から箱を持ち上げて、テーブルの上にいた。


ダンボールを空けて中身を取り出した。


サンドイッチされた発泡スチロールの中には、丸くなって寝ている白い猫がいた。


「うわぁー…」と母と千代が同時に言って、顔を見合わせて笑みを浮かべた。


設定をするとすぐに、白い猫は徘徊を始めた。


バッテリーの充電量は足りているようで、今は必要ないようだ。



母が必死の顔をして白い猫を追いかけていった。


猫は少し急ぎ足で廊下に出て、素早く二階に上がったようだ。


もちろん母も追いかけていった。


「なるほど…

 かなり素早いし、走れる、飛べる、猫そのもの」


父はうなづきながら言った。


「わが社の製品だけど、かなりの驚きだね」と俺はかなりあきれて言った。


「いい交換条件だったな」と言って父は笑みを俺に向けた。



( 第十一話 第一の冒険旅行 おわり )


( 第十二話 日本の新しい力 につづく )


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