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 お邪魔するのは本日で三回目。少々慣れてまいりました! 豪勢な馬車も、宮殿のようなお屋敷も、何度見てもすごいとは思えども、初めて目にしたときの衝撃はなくなってきました。人間慣れるものですね!


「ごきげんよう、ラーニア様!」

「まあ。セリナさんは今日も元気いっぱいね」


 ラーニア様が眼鏡を外して、ころころと笑う。高貴なのに可愛らしい。素敵です! こんな貴婦人に私もなりたい!


 さっそく刺繍の続きをば! ラーニア様のテーブルカバーがあんまりにも素敵だったので、同じ物を作りたい!

 うっとりするような曲線と色遣い。いつもなら、針を持っただけで夢中になるのに、実のところ、今日は全然集中できない。


 刺繍に関係ないことでお話ししたいことがあるので、どうやって切り出そうとか、どう言えば失礼ではないかとか、さんざん考えてきたのに、やはり言いだしにくくて、ぐるぐる考えてしまう。


「どうしたの? 上の空ね」


 見抜かれてしまった。

 布と針をテーブルの上に置く。でも考え直して、膝の上に置いた。またすぐに刺繍に戻るかもしれないから。


「……実は、ご存じでしたらお聞きしたいことがあって。……その、余計なお世話とわかってはいるのですが……」

「何を言っても怒ったりはしないから、さっさとおっしゃい」


 ぴしゃりと急かされる。ラーニア様は優雅だけれど、少々気が短くてシャキシャキした方。奥歯に物の挟まったような物言いは、好まれない。


「はい! ヴィルへミナ殿下とシュリオス様のご関係が、あまりよくないように見受けられまして。その、どうしてだろうと」


 ラーニア様にじっと見つめられた。それはそうですよね。ひょんなことから親しくしていただいていますが、所詮、関係のない小娘。高貴な方々のことにクチバシを突っ込むなんて、何を言っているのかと思いますよね。私も思います!


「それを聞いて、どうするの?」


 もちろん、そう来ますよね! 待っておりました、お答えしますとも! むしろ答えさせてください!


「シュリオス様ほどの紳士はそうはいません。それに、本当にお優しくて、困っているところを助けただけの私のような者にも、わけへだてなく愛情深く接してくださいます」


 実を言うと、少々距離感が近すぎるかしらと思う。

 シュリオス様はあの眼鏡と殿下の婚約者ということで、年頃の女性には遠巻きにされている。たぶん、親しくなった若い娘は私くらいなのではないかと思うので、それで、若い娘にこんなに近しく親切にすると相手が誤解したりしかねないと、わかっていらっしゃらないのかなあ、と。


 私だって、初めに困ったところを助けていただいて、シュリオス様がどれほど紳士でお優しくて親切か知らなかったら、もしかして特別に好意を持たれているのかと思ってしまったに違いない。


 少々、いえ、かなり心臓に悪いので、できたら早く殿下と親密になってくださるか、新しい婚約者を見初めていただきたい。そして婚約者とそれ以外の令嬢との距離の違いを覚えていただきたい……。


「そんなシュリオス様ならば、ご婚約者がお相手でしたら、きっと、もっと細やかに接するのではないかと思うのです。なのにうまくいってないように見えるのは、何か些細なすれ違いがあるのではないかと。でしたら、それを解消するお手伝いができないものかと思いまして」


「あなたはシュリオスに殿下と結婚してほしいと思っているの?」


 静かに問い返されて、そのご様子に、あまりお気に召さないお話をしてしまったようだと察する。


「そういうわけではないのですが……。ですが、今のままでは、シュリオス様にとっても殿下にとってもお辛いことが多くなってしまいはしないかと……」


 言いながら、これは国王陛下の決められた政略結婚で、必要ならば周囲の偉い方たちが何か手を打っているはずで、私みたいな小娘の出る幕はない、ということに今さらながら気付いて、血の気が引いてくる。

 私、何様のつもりだったのかしら!? よけいなことを口にしたーーっ!!!


「あ、あの、私のような者が申すことではございませんでした。申し訳ございません。どうかお忘れください」


 椅子から下りて床に膝をつき、平身低頭謝罪する。


「セリナさん、セリナさん、怒ったわけではないの。ああ、もう、頭を上げて」


 ラーニア様がわざわざ席を立って、私の手を取ってくださった。


「あなたがシュリオスのためを思ってくれたのは、嬉しいわ。……ほら、ソファに座るのですよ」


 手を引かれて、おずおずと座り直した。でも、申し訳なくて、恥ずかしくて、涙が出そう……。


 シュリオス様のためと言いながら、あの心臓に悪い距離感をどうにかしてほしいと思っていた。それって、シュリオス様のためじゃなくて、私のためじゃないの……。

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