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 心臓のドンドコが鳴り止まない! 


 しばらく黙って歩いた。なにかもう、胸も頭もいっぱいで、何も話せない。……だって、気付いてみれば、隣を歩く人は見上げるような身長で、触れている腕は頼りがいがあって、家族ではない紳士にエスコートされるのは、シュリオス様が初めてで……。


「セリナ嬢」


 馬車の前で声を掛けられて、彼の腕に添えていた手を離した。


「エスコート、ありがとうございました。荷物も……」


 受け取ろうとしたのだけれど、籠は渡されずに手を取られて、腰にもそっと手をあてられ、押し上げられた。ステップを上るのを手伝ってくれる。


 流れるような動作ですね! さすがです! 紳士な振る舞いが板についていらっしゃる!


「そこ。気をつけてください」


 んうっ!? 囁き声に耳をくすぐられて、体がビクッとなった。ステップにつまづく。体が傾ぐ。転ぶうううう!

 と思ったのに、腰を引かれて、抱き留められた。


「大丈夫ですか?」

「だだだだ大丈夫です、ありがとうございます」


 抱きしめられたままステップを上っていく。


 なあああああ!? 頬がくっついている胸が広い! た、たくましくて、いい匂いいいい! 顔どころか、胸もお腹も腰も、あ、足まで、密着しているううう!?


 落ち着くのです、私! シュリオス様は、段の高さが違うところで声を掛けてくださっただけ! なのに、あまりにいいお声を受け止めきれなかった、自分の新米淑女ぶりに顔から火が出そう! これ以上、せっかくの気遣いを台無しにしては駄目! セリナ・レンフィールド、淑女の仮面を被るのですー!!


 そっと椅子に下ろしてくれた。前に膝をついて、急いたように眼鏡を外して、顔を覗き込んでくる。


「足は挫きませんでしたか? どこか痛いところはありませんか?」


 私はコクコクと頷いた。淑女の振る舞いをしなければと思うのに、それがどんなものだったか思い出せない。


 美しい緑の瞳が心配げに細められている。それ、私のためなのですよね……? ありがたいと申し訳ないと尊いがぐるんぐるんに混ざって、言葉が出ない……。


 頷いてみせただけでは、憂い顔を晴らしてもらえなかった。というより、口の利けない私の様子に、もっと心配そうになっている。


 大丈夫なんです、どこも痛くないんです、本当です、元気です! むしろ、憂い顔があまりに麗しくて、心臓がドッドッドッドッて、聞いたことないような音立てていて、息がしにくいだけで!

 どうにか早く心配ないことを伝えなければ!


 とっさに手を上げて、上げてからどこを掴もうかと考えて、手も目もうろうろとさまよわせた。

 肩? いえいえ、なんのつもり。二の腕? いいえ、勇気が出ない。胸? 無理ー! それは絶対無理ー!


「セリナ嬢?」


 シュリオス様がその手を取ってくださった。助かった! さすが紳士!

 ぎゅっと握り返して、大丈夫ですと心の中で叫びながら、安心していただけるようニコッとして見つめる。

 シュリオス様が目を見開き、動かなくなった。


 あれ!? 失敗した!? もしかして、私のお顔、引き攣っている!? 礼儀作法の先生が教えてくれたお顔になっていない!? ええええ? ええええ? ど、どうしよう……。


 永遠にも等しい時間が過ぎて、我に返ったように彼の視線がはずされる。

 いつもにこやかなシュリオス様が、気まずそう。いやああああー! 大失敗したああああーーー!!!


「あなたという人は」


 溜息のようにおっしゃると、シュリオス様の視線が戻ってきた。上目遣いだ。んん、ちょっと可愛いですね。

 握られた手が引かれていく。持ち上げられて、チュッと指の背に唇が落とされた。

 !?!?!?


 触れられたところから奔った何かが、心臓を射貫いた。バックンバックンと鼓動が暴れ、ぶわああと熱がせり上がってくる。どこもかしこも熱い。次々湧き上がる熱に、今にも破裂しそう。


 そんな私を見て、楽しそうにシュリオス様が笑んだ。ぱあっと光が放たれているかのような笑みに、息を呑むことすらできない。息を止めて見つめるしかできなくて、頭の中がガンガン鳴りはじめる。


 うあああー! ドンドコガンガン、ドンドコガンガンがやってきたー! どんどん大きくなっていくのが止められないー!

 ……だから。


「またぜひ遊びに来てください。楽しみにしています。祖母も、……私も」


 彼の顔が近付いてきて、頬に蝶が留まるようなキスをしていったときも、動けなくて。

 侍女が乗り込んできて、ぱたんと扉が閉まり、馬車が動きだしてしばらくしてから、ようやく呆然とキスされたところに手をやった。


 あれ? やはりここは、唇の上?


「にゃああああああーー!?」


「お嬢様!? いかがなさいましたか!?」


 ただのお別れのキスなのに、唇にされるかと思ってかたまってしまったとか、そんなわけないのに、体感的に三分の一は唇に引っ掛かっていた気がするとか、思わず奇声をあげてしまった理由を言えるわけもなく。

 ただただ自意識過剰な自分の恥ずかしさに悶えて、膝の間に突っ伏した。

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