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 今の季節に合わせて、初夏に咲く花や、よく見られる鳥や虫が刺繍されたものばかり。


「ラーニア様、もしかして季節ごとに変えていらっしゃるのですか?」

「ええ、私はあまり外に出られないものですから、手慰みに刺繍をすることが多くて。人にさしあげたりもするのだけれど、そういう相手も少ないものだから、たくさんたまっているのです」


 お体が弱いと聞いている。あまり社交界に出なくて、出てもあの眼鏡で表情がわからないと、なかなか打ち解けるのは難しいかもしれない。きっとそれで気難しいなんて言われているのだわ。だって、全然気難しい方ではないもの。


「これからも度々来てもらえると嬉しいわ」

「はい、ぜひ。もっと刺繍のお話を伺いたいですし、見せていただきたいです」

「趣味の仲間ができて嬉しいわ。……どう? どれか気に入ったものはあって?」

「どれもこれもです! このテーブルクロスの花びらのグラデーションの素晴らしいこと! あの、失礼ですが、裏を見せてもらってもよろしいですか?」


 どんなふうに糸を重ねているのか見たい!


「ええ、はずして持っていらっしゃいな。座ってゆっくり見ましょう」


 途中から本当に気兼ねなくお喋りしてしまった。年上で身分のある方というのを時々思い出しては気をつけるのだけれど、夢中になってくると、つい……。


 様々な色に染めた刺繍糸を見せてもらっているところでノックの音がして、誰かと思ったら、シュリオス様がいらっしゃった。


「おばあ様、そろそろお開きにしませんと」

「あら、もうそんな時間? まだ途中なのよ。そうだわ、今日はもう泊まっていけばいいのではないかしら。ねえ、セリナさん、泊まっていきなさい」

「駄目ですよ。私がレンフィールド伯爵と約束して連れてきたのですから。きちんと時間通りに送らないといけません。また来てもらえばいいでしょう」


「そうだったわね。セリナさん、今度は私から招待状を送るわ」

「はい、楽しみにしております」


「シュリオス、しっかり送ってあげてくださいね」

「わかっています。……これはセリナ嬢の荷物ですか?」


「はい、あとこれも」


 手元で広げていたものをまとめて入れると、シュリオス様が籠を手に取った。


「あ、自分で」

「レディに荷物を持たせられませんよ」


 爽やかに笑って(たぶん! 口元しか見えませんが、高貴な爽やかさが滲み出ていた!)、空いた手を差し伸べてくれた。その手を取ってソファから立ち、改めてラーニア様に向き直って、ご挨拶をする。


「たいへん楽しゅうございました。ありがとうございました。御前を失礼させていただきます」

「私も楽しかったわ。お気を付けてね」


 廊下に出ると、楽しかった時間が終わってしまったことに、一抹の寂しさを感じた。

 はー、夢みたい。初めて会った高貴な人と、こんなに親しくお話ししたなんて……。

 地に足が着かない感じで、ぼんやりと歩く。


「大丈夫ですか? 疲れたみたいですね。祖母はああ言っていましたが、付き合うのが大変ならば、私のほうからうまく諦めさせます」

「え? 違います! とても楽しかったです! ……その、あまりに楽しかったので、はしゃいでしまって。今は夢見心地といいますか……」

「祖母とは気が合いそうですか?」

「はい。畏れ多いことですが、つい気楽にお話ししてしまって……。こちらこそ、粗相がなかったか心配です……」


 思い返せば返すほど、ずうずうしくて馴れ馴れしかった言動しか見当たらない。うわああああ、淑女教育どこ行ったー!?


「祖母は社交辞令でまた会いたいなどとは言いません。はっきりと楽しかったと言っていたでしょう?」


 そうですね! ラーニア様はつまらないお世辞を言う方じゃありません!


「それに、あなたの快活さは好ましいと、私も思います」


 ふわっ、唐突に褒められた!? そういうことを、さらっと言えてしまうところが、ある意味お人が悪いですよ、シュリオス様! 心臓に悪いです!


「それと、あらためてお礼を。ハンカチをありがとうございました。素晴らしい刺繍ですね」


 彼がポケットチーフに触れた。えっ!? それ、私の刺繍したハンカチだったんですか!?


「お使いいただけて嬉しいです」


 もう、さっきから顔が熱い! きっと赤くなってしまっている!

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