表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/46

「いらっしゃい、セリナさん」


 応接セットに座る小柄なご婦人が、優しい声でおっしゃった。


「セリナ・レンフィールドにございます。本日はお招きくださり、ありがとうございます」


 礼をして待機。


「かしこまらなくていいのよ。こちらへどうぞ」


 うああああ、緊張するううう。お部屋が広くて、指し示されたソファに行くまでに、けっこうな距離を歩かなければならないのが緊張に拍車をかける。急に歩き方がわからなくなったああ! 右足と右手は一緒に出すものではなかったわよね!?

 苦心惨憺の末、なんとか腰を下ろした。


 ご婦人に顔を向ける。なるべくにこやかに~、にこやかに~、お顔引き攣っていないかしら……。

 おお、シュリオス様に似ておいでですね! ぐるぐる眼鏡を掛けているのが同じ! 表情がわからない! 困った!


 ご婦人は軽く手を振って、自分の侍女も私の侍女も下がらせた。ぱたんと扉が閉まると、おもむろに眼鏡をはずす。

 あ、緑の瞳が同じですね! お顔もなんとなく似ていらっしゃる。


 私を見つめて小首を傾げ、ふわりと笑んだ。

 ふわあああ、高貴ーー!! 後光がさしているようーー!! これぞ貴婦人の中の貴婦人ーーー!!! さすがシュリオス様のおばあ様です! 息が止まりそうな美しさが同じレベルです!


「お茶を淹れてもらえるかしら?」

「承知しました」


 ええ、気になっておりました! テーブルの上のティーセット。侍女に淹れさせないで部屋から出したのはどうしてかなー、と。


 もしかして、呼んだはいいけれど、気に入らなくて、「おまえに出すお茶はなくてよ」と暗に示すための小道具だったらどうしようと考えておりました。

 しかし只今、淹れよと命じられましたので、「お茶も満足に淹れられないの?」といびるための小道具かもしれないと疑っております。


 ……あれかな、刺繍したハンカチがいけなかったかな。紳士な孫がちょっと助けたからって、彼女面(かのじょづら)する小娘を、いびって二度と近付かないように釘を刺しておかないと、とか考えていらっしゃったりして。


 私、断じて、そんな畏れ多いことは考えておりません! シュリオス様と私では、身分、容姿、人品、何から何まで一つも釣り合わない! そんなシュリオス様に対してあるのは、感謝と尊敬の念ばかりです!


 どうやら今日は、それを知ってもらうのが、私の任務のようだわ。

 まずはきちんとしたマナーを披露して認めてもらい、お話を聞いてもらうところからね。なんの()(どころ)もない者のお話なんて、聞いてもらえなくて当たり前だもの。今まで修練してきたことを総動員して、興味を持ってもらえるように頑張りましょう!


 とはいっても、淹れたお茶を保温してある。おや、カップも温かい。注ぐばかりにしてあるわ。

 やわらかなタッチの花の絵が描かれた素敵なカップに注げば、まあ、なんて可愛らしいピンク色のお茶でしょう! これがお友達とのお茶会なら、きゃあきゃあ騒ぐところだわ!


「ありがとう。先日腰をやってしまいましてね、こうして座っている分には問題ないのですけれど、屈んでポットを持つのが辛いのです」

「まあ、大丈夫でいらっしゃいますか!? 今日のお約束のせいでご無理をされているのなら、」

「もう横になっているのは飽きました。それであなたに来てもらったのです。それより、このお色、可愛いでしょう? お茶を飲んでみてくださいな」

「ええ! はい! とっても素敵です! いただきます!」


 お茶に口を付ければ、まろみのある味わいに、馥郁とした匂いが鼻腔を満たす。ふわああ、おいしい!!


「ね、おいしいでしょう? さあ、お菓子もいただきましょう。私の分も取ってもらえるかしら。そこのりんごの焼き菓子がいいわ。クリームもたっぷり載せてちょうだいな」


 ご自分の好物をすすめてくださるだけでなく、私のお菓子の好みを聞いて、どれがいいかおすすめしてくださった。

 普通にもてなされている! 見たとおりの、優しくて上品で気さくで素敵なレディだった! いびられるかもなどと考えて、申し訳ございませんでした!!


 やっぱり、シュリオス様がおっしゃった、おばあ様は気難しいという噂は、冗談だったのね。んも~、半分本気にしてしまったではないですか……。


「セリナさん、そちらの籠には何が入っているのかしら?」


 家から持って来た籠について聞かれた。


「自分で刺した刺繍の小物や、集めた下絵を持ってまいりました。話題の一つにもなればと思ったのです。ですけれど、お見せするのが恥ずかしくなってしまいました。このお部屋にある物は、ジェダオ様が刺されたものなのですよね?」

「ラーニアでけっこうよ」


 わぁ。お名前を名乗ってくださった!


「ラーニア様」


 嬉しくて、用もないのに思わず鸚鵡返しに呼んでしまったら、応えていっそう笑みを深くしてくださる。


「そうです。この部屋のものは、すべて私が刺した物です。自由にどれを見てもかまいませんよ。気に入ったモチーフがあれば下絵を取らせてあげますし、刺し方のわからないものは教えてあげます。その代わり、あなたの刺繍も見せてちょうだいな。お気に入りを持ってきたのでしょう?」


 もともと見せるつもりで持ってきたもの。刺繍好きは、他の人が刺した刺繍が素敵だと思うと、下絵を取らせてもらうものですからね! 実はいいものがあったらお願いしようと、白紙と鉛筆も持ってきた。


 籠の中身を披露すると、ラーニア様は私の刺繍を褒めてくださって、いくつかの下絵も写させてほしいとおっしゃった。

 これも刺繍好きあるあるで、下絵は人に任せず自分で写す。だって、どのへんが必要で、どんなふうに刺すか、写しながら考えるものだから!


 ラーニア様が写している間に、私はお部屋中の刺繍をじっくり見せていただいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ