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「いらっしゃい、セリナさん」
応接セットに座る小柄なご婦人が、優しい声でおっしゃった。
「セリナ・レンフィールドにございます。本日はお招きくださり、ありがとうございます」
礼をして待機。
「かしこまらなくていいのよ。こちらへどうぞ」
うああああ、緊張するううう。お部屋が広くて、指し示されたソファに行くまでに、けっこうな距離を歩かなければならないのが緊張に拍車をかける。急に歩き方がわからなくなったああ! 右足と右手は一緒に出すものではなかったわよね!?
苦心惨憺の末、なんとか腰を下ろした。
ご婦人に顔を向ける。なるべくにこやかに~、にこやかに~、お顔引き攣っていないかしら……。
おお、シュリオス様に似ておいでですね! ぐるぐる眼鏡を掛けているのが同じ! 表情がわからない! 困った!
ご婦人は軽く手を振って、自分の侍女も私の侍女も下がらせた。ぱたんと扉が閉まると、おもむろに眼鏡をはずす。
あ、緑の瞳が同じですね! お顔もなんとなく似ていらっしゃる。
私を見つめて小首を傾げ、ふわりと笑んだ。
ふわあああ、高貴ーー!! 後光がさしているようーー!! これぞ貴婦人の中の貴婦人ーーー!!! さすがシュリオス様のおばあ様です! 息が止まりそうな美しさが同じレベルです!
「お茶を淹れてもらえるかしら?」
「承知しました」
ええ、気になっておりました! テーブルの上のティーセット。侍女に淹れさせないで部屋から出したのはどうしてかなー、と。
もしかして、呼んだはいいけれど、気に入らなくて、「おまえに出すお茶はなくてよ」と暗に示すための小道具だったらどうしようと考えておりました。
しかし只今、淹れよと命じられましたので、「お茶も満足に淹れられないの?」といびるための小道具かもしれないと疑っております。
……あれかな、刺繍したハンカチがいけなかったかな。紳士な孫がちょっと助けたからって、彼女面する小娘を、いびって二度と近付かないように釘を刺しておかないと、とか考えていらっしゃったりして。
私、断じて、そんな畏れ多いことは考えておりません! シュリオス様と私では、身分、容姿、人品、何から何まで一つも釣り合わない! そんなシュリオス様に対してあるのは、感謝と尊敬の念ばかりです!
どうやら今日は、それを知ってもらうのが、私の任務のようだわ。
まずはきちんとしたマナーを披露して認めてもらい、お話を聞いてもらうところからね。なんの見所もない者のお話なんて、聞いてもらえなくて当たり前だもの。今まで修練してきたことを総動員して、興味を持ってもらえるように頑張りましょう!
とはいっても、淹れたお茶を保温してある。おや、カップも温かい。注ぐばかりにしてあるわ。
やわらかなタッチの花の絵が描かれた素敵なカップに注げば、まあ、なんて可愛らしいピンク色のお茶でしょう! これがお友達とのお茶会なら、きゃあきゃあ騒ぐところだわ!
「ありがとう。先日腰をやってしまいましてね、こうして座っている分には問題ないのですけれど、屈んでポットを持つのが辛いのです」
「まあ、大丈夫でいらっしゃいますか!? 今日のお約束のせいでご無理をされているのなら、」
「もう横になっているのは飽きました。それであなたに来てもらったのです。それより、このお色、可愛いでしょう? お茶を飲んでみてくださいな」
「ええ! はい! とっても素敵です! いただきます!」
お茶に口を付ければ、まろみのある味わいに、馥郁とした匂いが鼻腔を満たす。ふわああ、おいしい!!
「ね、おいしいでしょう? さあ、お菓子もいただきましょう。私の分も取ってもらえるかしら。そこのりんごの焼き菓子がいいわ。クリームもたっぷり載せてちょうだいな」
ご自分の好物をすすめてくださるだけでなく、私のお菓子の好みを聞いて、どれがいいかおすすめしてくださった。
普通にもてなされている! 見たとおりの、優しくて上品で気さくで素敵なレディだった! いびられるかもなどと考えて、申し訳ございませんでした!!
やっぱり、シュリオス様がおっしゃった、おばあ様は気難しいという噂は、冗談だったのね。んも~、半分本気にしてしまったではないですか……。
「セリナさん、そちらの籠には何が入っているのかしら?」
家から持って来た籠について聞かれた。
「自分で刺した刺繍の小物や、集めた下絵を持ってまいりました。話題の一つにもなればと思ったのです。ですけれど、お見せするのが恥ずかしくなってしまいました。このお部屋にある物は、ジェダオ様が刺されたものなのですよね?」
「ラーニアでけっこうよ」
わぁ。お名前を名乗ってくださった!
「ラーニア様」
嬉しくて、用もないのに思わず鸚鵡返しに呼んでしまったら、応えていっそう笑みを深くしてくださる。
「そうです。この部屋のものは、すべて私が刺した物です。自由にどれを見てもかまいませんよ。気に入ったモチーフがあれば下絵を取らせてあげますし、刺し方のわからないものは教えてあげます。その代わり、あなたの刺繍も見せてちょうだいな。お気に入りを持ってきたのでしょう?」
もともと見せるつもりで持ってきたもの。刺繍好きは、他の人が刺した刺繍が素敵だと思うと、下絵を取らせてもらうものですからね! 実はいいものがあったらお願いしようと、白紙と鉛筆も持ってきた。
籠の中身を披露すると、ラーニア様は私の刺繍を褒めてくださって、いくつかの下絵も写させてほしいとおっしゃった。
これも刺繍好きあるあるで、下絵は人に任せず自分で写す。だって、どのへんが必要で、どんなふうに刺すか、写しながら考えるものだから!
ラーニア様が写している間に、私はお部屋中の刺繍をじっくり見せていただいた。