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 コンコン、と馬車の扉がノックされた。侍女が「はい」と答えると、扉が開かれる。外を覗けば、シュリオス様が手を差し伸べてくれた。


 ええ!? 公子自らがお出迎え!?


「ようこそ、セリナ嬢。よく来てくれましたね」

「お招きありがとうございます」


 手を借りて馬車を出て、略式ながら礼をする。応接間で対面だったら、しっかり深い礼をいたすのですが! なにぶんお外で出会い頭で、しかも手を離してくださらないので、シュリオス様と手を繋いで寄り添って申し述べるなんていう、親しいにも程があるご挨拶になってしまっておりますよ、いいのでしょうか……。


 そのままスマートにエスコートされ、歩きだす。


「足のほうはどうですか?」

「はい、あれから少しも痛みは出ませんでした。あの時はどうもありがとうございました。シュリオス様こそ、眼鏡はもう直ったのですね?」

「ええ。たいした故障ではなかったので。

 足はなんともないようで、よかったです。迂闊に招いて、無理をさせてしまったかもしれないと、心配していました」


 口元がにこりとしたので、私もにこりと笑い返す。


 それにしても、シュリオス様の眼鏡、昼の戸外でも、厚くてぐるぐる渦を巻いているのと、光が反射するのとで、その下がどうなっているのか、ちっとも見えないですね! 素顔で笑いかけられると、心臓がドンドコ躍りだして苦しくなるので、私にとってはありがたいですが。


 眼鏡さえなければ、お顔といい、家柄といい、完璧な紳士ぶりといい、未婚のお嬢さん達の垂涎の的になりなんですけどねえ。そうしたら、ヴィルへミナ殿下より素敵なお嬢さんとの出会いが、簡単に実現しそう。


 ……シュリオス様的にはどうなのかしら? ヴィルへミナ殿下のことを愛していらっしゃるのかしら? それとも、臣下としての義務?

 浮気していようがなんだろうが結婚するつもりというのなら、まずは殿下の前で眼鏡を取ることをおすすめするべきだし……。


 シュリオス様のお味方をしようなんて息巻いていたけれど、私の価値観で動いたら、ご意向に添わないことをしてしまう恐れもあるのだわ。

 危なかった! まずは、シュリオス様のご意向を確かめないと!


 でも、浮気現場を目撃してしまった仲間として、ご婚約者と必ずご結婚するおつもりですかとか聞けない……、いえ、目撃していなくても、そんなデリケートな質問できないわ。

 ううん、難しい……。


「どうしましたか?」

「え? はい? なんでございましょう?」

「心ここにあらずなようでしたので」


 うわああ、エスコートしてくださっているのに、失礼なことをしてしまったー!


「いえ、あの、その、……緊張していまして……」

「ああ、祖母が気難しいという噂を聞いたのですね?」

「え? 気難しくていらっしゃるのですか!?」

「おや、そちらではないのですか。では、私が気難しいという噂ですか?」

「いえ、シュリオス様は気難しくないです。お優しいです」


 とっても親切な紳士ではないですか! それより、おばあ様は気難しいんですか!? そんな噂聞いていなかった! 知らない! 私、気の利いた会話なんてできないですよ!? ご不興を買ったらどうしよう!!


「では、なんでしょう? 今日は冷徹だと噂の父も、社交界を牛耳っていると噂の母も出掛けていますから、顔を合わせる心配はありませんよ」


 えええ!? お父様は冷徹で、お母様は社交界を牛耳っているのですか!? たいへんなところに来てしまった!! 粗相をしたら、しがない伯爵家なんか潰されてしまう~~~~!!!


 青ざめた私を見て、シュリオス様はクスクス笑った。


「ただの噂です。二人ともごく普通の人達ですよ」


 なんだ、冗談だったのね!?


「本気にしてしまうところでした。もう、シュリオス様もお人が……」


 悪い。そう言いそうになったところで口を噤んだ。お友達じゃないのだった! うっかり忘れていたーー!!


「おや、早速バレてしまいましたね。実は私は人が悪いのです」


 ああああ、何を言おうとしたか、察してしまいましたね!? その上で、私の失言を冗談にしてくださったー! 紳士ー! 相変わらず紳士ー!!


 私は上手い切り返しが思い付かなくて、黙ってへにゃりと笑んだ。笑ってごまかすしかできない……。

 いいえ、そうだわ、一つ言える!


「シュリオス様のお人が悪いのでしたら、たいていの人は極悪人です」


 ははっ、とシュリオス様が声をあげて笑いました! 冗談ではないのですがね!? 冗談と思ってらっしゃいますね!?


 私の不満がわかったらしく、「あなたは本当にかわいい人ですね」と、優しい声で宥めるように言った。

 おお! そういう言葉で受け流すところは、たしかに人が悪いかもしれません!


「ほら、ね? 人が悪いでしょう?」


 眼鏡がなかったらウィンクでもしてそうな口調で言われて、私はとうとう笑いだしてしまった。

 こんなに楽しい会話をする方なのに、ヴィルヘミナ殿下はこの方とお話しされたりしないのかしら? 本当にどうして、こんな素敵な方との仲がこじれてしまったのかしら?


 扉の前で止まった。


「こちらが祖母の部屋です」

「ご案内、どうもありがとうございました」

「あなたはきっと祖母と気が合うと思いますよ。どうぞ楽しんできてください」


 その時、入室の許可が聞こえてきて、シュリオス様にそっと背を押されるままに、中に入った。

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