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キ、と何かが軋む音に、はっとする。確認したいのに確認するのが怖くて、ギシギシとした動きで首をめぐらせると、ワゴンを持って来たヴェステニアと目が合った。
み、見られたーーー!!!
「お嬢様の体が冷えてしまわれます。どうぞお部屋へ」
淡々とした口調で無表情に促される。私がシュリオスの頭にキスを降らせているところを見たのに、私を気遣う言いよう……。それがよけいにいたたまれない。
ただちに居間に入り、ソファに座って、問題のない令嬢を心がけた。
玄関で抱きしめ合っていちゃいちゃしていたのも、廊下でシュリオスの頭を撫でまわしていたのも、たまたまで! ところかまわず人目を憚らないことは、いつもはしないんです、信じてええええ……。
ヴェステニアは粛々とミルクを供し、暖炉の火の具合を確認すると、すみやかに出て行った。
できる執事すぎて、弁解する隙もない。いえ、私とシュリオスが何をしていたとしても、執事に弁解する必要はないのだけれど。見て見ぬふりをしてくれた話題を、わざわざ蒸し返すのもなんだし……。
……次回から気をつけよう。それしかないわ。
冷める前に、さっそくミルクをいただいた。
こんな夜遅くなのに、手抜きなく美味しい! さすがヴェステニアと言おうか、ジェダオ家と言おうか……。
そもそも居間の中が暖かい。シュリオスがいつ帰ってきてもいいようにしてあったのだろう。玄関や廊下の明かりもそうだ。財力のない家ならば、いつ帰ってくるかわからない主人のためだけに、煌々と灯されることはない。
本当に財力のある家なのだわ。私が教わってきた――同じ階級はもちろん、下位の貴族や商家に嫁いでも困らないように――経済観念では、上手く取り回せそうにない。そのへんは早いうちに、マデリナ様やラーニア様に教えを請わないと。
「セリナ、……セリナ、……セリナ?」
「え? はい! なんでしょうか?」
何度か名前を呼ばれていたらしい。あわてて答えた私に、苦笑する。
「もう遅いですね。お部屋まで送ります。お話は明日に……」
「眠くありません! お話を聞きたいです!」
今にも立ち上がりそうな彼の袖を、はっしと掴む。もう少しだけ一緒にいたいー!
「そうですか? たいした話ではないのですが……。実は、ヴィルへミナ殿下を招いて、お祝いを述べる機会を設けてはくれないかと、下々から声が上がっていまして。そこで、公爵家で茶会を開くことになりました。ついては、セリナにも私と出席してもらいたいのですが」
「下々?」
「いまだ王都に残っている子弟です。セリナが親しくしている友人方の兄弟や、レンフィールド家の所属するマルセール派からも、多く嘆願を受けましたよ」
そうして挙げられた名前に、まだ知り合いがたくさん王都に居たことに驚く。てっきり、もう帰ったと思っていた。
実家に居るのとは違うから気軽に行き来はできないけれど、茶会に来るなら会えるわね!
「承知しました。いつですの?」
「五日後です。ドレスはこれから作るのはさすがに間に合わないでしょうから、手持ちの物で我慢してもらうしかないのですが」
「我慢だなんて! どれも素敵ですのに」
社交はほとんどないはずなのに、夜会用だけでも十数着用意されていて、驚いたのよね。こういう急なことがあるからだったのね。
「よかった。あれらだと、私の方も揃いで用意してあるので」
「まあ。そうでしたのね」
「どれか着たい物はありましたか?」
「うーん……。主賓のヴィルへミナ殿下とドレスの色が被らないようにしたいのですが、こっそり知ることはできますか?」
「フレドリックが贈ったドレスを着るはずですから、わかります。私たちも明日、着ていくものを決めませんか?」
「ええ。用意は早い方がいいですものね」
やったー! 明日はシュリオスとたくさん過ごせそう。
それからもう少しだけお話しして、明日のこともあるから遅くならないうちにと寝室に送ってもらった。
そうして、扉の前で今日の最後にと少々長めのキスをして、ふわふわした気分のままベッドに入ったのだった。




