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ラーニア様がどことなく悲しげに言う。
「あなたがそんなことを言ったと知ったら、それこそ能力が暴走しかねません。魔王体質の者は、これと決めた伴侶に強く執着します。魅了の体質と密接に絡みついた気性は、とても激しいものです。
シュリオスにはあなただけなの。あなたを失うとなれば、何をするかわかりません。あの子を本物の魔王にするも、眠らせておくも、あなた次第なのですよ。それを忘れないで。お願いですから」
ラーニア様が言い終わるかどうかというタイミングで、マデリナ様に切々としたまなざしで手を握られた。
「人と関わることをやめ、何に対しても距離を置いて、淡々と過ごしていたあの子が、なりふりかまわず欲しがったのが、あなたなのです。どうか、あの子のそばにいてあげてください」
よかったあああああー! 結婚前から離婚の覚悟をしなければならないかと思ったあ! なにがなんでも離れない気でいていいなら、苦労をともにする覚悟をすればいいのだもの。離婚は頑張れないけれど、一緒に生きるためなら頑張れる!
「嬉しいです。私で良いとおっしゃっていただけるなら、喜んでおそばから離れません」
「わかってもらえたようでよかったわ。聖女は総じて鈍いから、わかってもらうのに苦労するのよね」
ふーっとラーニア様が気が抜けたみたいな溜息を吐いて、カップを手にした。
「せっかくのお茶が冷めてしまうわ。さあ、飲みましょう」
あら!? ラーニア様にも鈍いって言われたー!? 時々、お友達にもそう言われて笑われるのだけれど、あれって単にからかい文句ではなかったの!? 私って本当にそんなに鈍いのかしら!?
『鈍い』の真意を聞きたくて、気もそぞろに口を付ける。
んっ、美味しい! それに、一服したら少し気持ちが落ち着いてきた。
カップを戻し、姿勢を正して、ラーニア様に問いかけた。
「あの、つかぬ事をうかがいますが、私はそんなに鈍いのでしょうか?」
『鈍い』と断言されるほど機微にうといとすれば、社交で大失敗しかねない。自分がそういう人間だと承知して、何か方策を考えなければならない。
「ああ、言い方が悪かったわね。あなたは聡いし、頭の回転も速い。人の気持ちにうといということもありませんよ。
ただ、聖女体質の方は、好意に対してだけ鈍いのです。あんなにあからさまにシュリオスに口説かれていたのに、あなた、まったく響いていなかったでしょう?」
「あからさま……?」
え、そうだったかしら?
やっぱりねー、というまなざしに、そんなわけがないという気持ちがふくらみ、言い返さずにはおれなかった。
「ですが、まさか婚約者のいる方に言い寄られるなんて思ってもみませんでしたので」
「端から見て、それはもう気のせいで済ませられないくらいあからさまでしたよ」
「そうはおっしゃっても、伯爵家の特に秀でたところもない娘が、公爵家のご立派なご子息に好意を持たれるなんて大それたことは考えられないものです」
「セリナさん」
急にマデリナ様に厳しいお声を掛けられ、思わず背筋がピンと伸びて、「はい!」と答えた。
「自分を卑下するのはやめなさい。あなたは、シュリオスが選び、公爵家が認めた次代の公爵夫人です。それとも、シュリオスが取るに足らない女性を選ぶとでも?」
「……いいえ」
そうだった。シュリオスもそう言ってくれたのだった。「聖女なら誰でもよかったわけではない、あなただからだ」と。
「あなたはもっと、自分自身を価値あるものとして扱わなければいけません。シュリオスがあなたを大事に思うと同じだけ」
う。そ、そうか、そうよね。粗末なものを彼に愛してもらおうなんて、それこそおこがましい。彼に愛されるに相応しい女性にならないと……。
「セリナさん、今、もっと努力しなければと思ったでしょう?」
ラーニア様に言われて、大きく頷く。
「はい! 誠心誠意精進いたします! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
「違うの。あなたはそのままで充分素敵よ。マデリナさんは、もっと自信を持ってと言いたかったのよ。ね?」
マデリナ様が頷く。ラーニア様が続けた。
「私の夫も同じでした。とても素敵な人だったのに、無自覚だったの。私が愛するほどの人よ? 素敵でないわけがないではないの。私、率直に彼を褒めたし、良いところをたくさん指摘したわ。けれど、礼を言うだけで、信じてはくれなくて。
だから、どれだけアピールしても、『眼鏡を拾ったご縁で、派閥も身分も越えて多くの者と友誼を結ぼうとする心と見識の広い公女に、友人として遇されている』と思われてしまって、大変だったのよ」




